「卵を供出せよ」国家の奇っ怪な命令に失笑、激怒する北朝鮮国民
先月初め、北朝鮮の北部山間地にある両江道(リャンガンド)の金正淑(キムジョンスク)郡の各家庭に、人民班長(町内会長)を通じて次のような指示が下された。
「1世帯あたり卵を4つ納めよ」
この突拍子もない指示を受けた現地住民は失笑しつつも頭を抱えている。
その背景にはこんな「美談」があると、現地のデイリーNK内部情報筋が説明した。
ベトナムでの米朝首脳会談を終えた金正恩党委員長は、先月5日午前3時ごろに平壌駅に到着した。少年少女2人から花束を受け取った金正恩氏は、跪いて2人に話しかけた。「何か食べたいものはないか」と尋ねたところ、2人は「卵が食べたい」と答えたという。
それに対して金正恩氏は「子どもたちに卵を充分に食べさせよ」「党が責任を持って愛育院(孤児院)など子どもの施設に卵を供給せよ」と指示したという。
地方政府が中央から自主的に卵を調達せよとの指示を受けたのか、上役の覚えをよくするための忠誠競争に走っているのかは不明だが、子ども向けの施設に供給する卵を、農村の各家庭に供出させることで賄おうとしているのだ。
そんな指示を受けた農村では轟々たる非難が巻き起こっている。
「状況がまだマシな都会で卵を供出させるのなら、市場で買えば済む話だが、生活の苦しい農村で卵を4つも供出することは容易ではない」「自分の子どもにも食べさせられない卵を、どうして他人の家の子に与えなければならないのか」
なぜこんなことになってしまうのか。問題の根底には、故金日成主席が税金制度を廃止してしまった事実がある。
故金日成氏は1974年2月、朝鮮労働党中央委員会第5期第8次全員会議において、古い社会の遺物である税金制度を完全になくすことについて討議、決定することを指示した。それを受けて最高人民会議は同年3月、「税金制度を完全になくすことについて」との法令を発表し、4月1日に世界初の税金のない国になったことを宣言した。この日は「税金制度廃止の日」に定められている。
北朝鮮経済が曲がりなりにも回っていた時代には、中央から配分される予算で、地方政府も運営できていた。ところが、1990年代後半の大飢饉「苦難の行軍」を境にして、その予算が途絶えてしまったのだ。そのため、インフラの使用料、募金などの名目で、法的根拠のない物品が税金と同様に、国民から頻繁に徴収されることになった。
困っているならば税金制度を復活させれば良いと思う向きもいるだろうが、「遺訓政治」が国是となっている北朝鮮で、先代、先々代の指導者の「業績」とひっくり返すことは極めて困難だ。提案者は不敬罪に問われ、処刑されるリスクもある。
そこで税金制度には手を付けずに、法的な裏付けのない事実上の税金が徴収され続けるのだ。
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