【妄想コラム】夢はボクサーvsロータリー!? 水素が内燃機関を救うのか
前後のオーバーフェンダーにセンター出しマフラー。さらにグリルセンターのカローラを示す『C』のエンブレムが、『T』をモチーフとしたトヨタのエンブレムにかわっている。目の前にあるカローラ・スポーツのルックスはこのまますぐにでも、ST-TCRクラスへ参戦できそうだ。
プロジェクト発足が2020年末に決定して、超速で開発体制を整えてトヨタ東富士研究所で製作された水素エンジン・レーシングカーのトヨタ・カローラ・スポーツは、4月24日に東富士研究所内のテストコースで初めて転がし、4月26日に実質的なシェイクダウンテストを富士スピードウェイで実施、そしてその翌々日、4月28日にスーパー耐久公式テストに臨み、メディアへの公開も同時に実施した。
白いボディに公式テストの朝にステッカーを貼るくらいのギリギリの完成だった(シェイクダウンの月曜にはボディの一部はまだ黒かったらしい)。
通常の新規レースプロジェクトだとしても相当なスピードだが、次世代動力源を用いた未知の部分だらけのプロジェクトとしては恐ろしいくらいのスピードで、怖いのは我々メディアだけではなく、それ以上にいちばん怖いのは担当開発者だろう。量産開発では考えられない乱暴さだとも言える。試作初期段階で他の競技車両に混ざってテストを実施。しかも同時にメディアに公開するというのは、通常ではあり得ないことだ。
プロジェクトの責任者でもあるGAZOO Racingカンパニーの佐藤恒治プレジデントは「モリゾウ(トヨタ自動車豊田章男社長)が『責任は自分が取る』と言ってくれているから、我々は思い切りやるだけなんです」と笑う。
■現状富士2分切りは遠いかも しかし忘れてはいけない2006年十勝24時間
走り出した新設ST-Qクラスのカローラ・スポーツのラップタイムは2分04秒くらいと、ホンダ・フィットやマツダ2が走るST-5クラスよりは少し速い程度。GRヤリスに搭載される1.6リッター3気筒ターボのG16E-GTS型エンジンが搭載されていることを考えると、現状の水素エンジンはガソリンに遠く及ばない。
コーナーで排気音を聞いていると上のエンジン回転領域までは使ってはいない。スーパー耐久のコントロールタイヤであるハンコックのスリックタイヤとクルマのキャパシティが完全に余っている状態のようだ。なおかつ現状水素の充填は10〜11周に一度は必要となり、水素ステーションでの充填にも分単位で時間を要する。現時点では富士24時間においては“自己との戦い”以外できそうもない。
「だったら、これは単なるエコへの取り組みのアピールだけが目的なのでは?」と決めつけたくもなるが、ここで思い出さなければいけないのが2006年の十勝24時間レースだ。レクサスGS450hをレースカーに仕立てて参戦。ハイブリッドシステム冷却のためにドライアイスをレース中に交換しながら走った。『ハイブリッドがレースに使えるようになるのは、相当先であろうし、ガソリン車相手にレースできるようになるとは思えない』これがこの時の正直な感想だった。
しかし、その後の取り組みと戦績はご存知の通りだ。翌年にはGT500用スープラにハイブリッドを搭載し十勝を制すると、WEC世界耐久選手権でトヨタTSシリーズに採用され、世界の頂点であるル・マン24時間レースを2018年に制覇。どのような技術規則下で戦うかの条件次第の面もあるとはいえ、ノンハイブリッドやディーゼルにスピードで肩を並べるのには2006年から10年を要することはなかった。
自動車メーカーの本気の取り組みを侮ってはいけない。まして今回はトップの号令でプロジェクトがスタートしているのだから、さらに開発スピードに加速がついている上に、耐久レースやツーリングカーの知見はすでにWECやWRCを通じて社内に存分に蓄積されている。
■見た目どおりにTCRマシンに肩を並べる日は来るか
現に、東富士での台上試験と実走テストは同時並行で実施されているという。24時間を走り切る耐久性を確保した上で、出力や燃費をどこまで伸ばせるか、問題が起きれば原因を探求して検討を加えて改良して、再びエンジンベンチに掛ける作業をしながら、実走でのテスト(しかも衆目の前で)にも臨んでいるのだから、担当エンジニアにとってはハードだ。そこだけを注目すればF1やWECなどトップカテゴリーのような開発状況になっている。
初戦である富士24時間は、まずは確実に完走してデータを持ち帰るのが大きなテーマであることは間違いないだろうが、その先、1年後にどこまで到達しているのだろうか? 4本搭載しているミライ用水素タンク(2本は搭載性確保のため短い)の水素充填量は現段階においては、許容量の半分も使用していないという。安全を充分に確保した設計をしているものの、24時間レースにおける想像もしない未知のトラブルが出る可能性を考慮した措置だ。
さらに、水素の燃焼速度の速さをメリットに出力を伸ばしたいものの、異常燃焼をどう制御するのかが課題であり、まだまだリーンバーン領域を詰める必要があるという。もしも、リーンバーンの追求がうまくいって燃費が現状の2倍になり、信頼性が確保できてタンクへの水素充填量が2倍になったら合計4倍。単純計算で最大周回数は40周となり、依然として水素充填時間は要するものの、1スティントの距離だけはガソリン車に対して遜色がなくなる。
また、その効率を燃費ではなくパワー側に振ることができれば、ラップタイム向上も期待できる。1年後か、2年後か、あるいはもっと先になるのか、予選だけはクルマの見た目同様にTCRクラスの車両と肩を並べるところまで到達したとしたら、誰もがその将来性に期待が持てるようになるだろう。
そうは言っても、現状水素の生成に必要なコストは大きく、そこがクリアされない限り、レースに限定しても実用化は困難なのも事実であろう。この点においては産業界だけでなく大学や国もさまざまな取り組みをしており、このような記事を見つけた。
産総研 人工光合成で海水から水素・酸素を高選択で製造 – 日刊ケミカルニュース(chemical-news.com)
太陽光を利用して海水から水素と酸素を取り出すのだという。果たして実用化できるのか、実用化までにどれくらいの時間を要するのか次報を待つしかないものの、これ以外の取り組みにおいても、どこかで大きなブレイクスルーが生まれて水素の生成コストが劇的に下がる可能性がないとは言えない。だとするならばそれまでに水素エンジンがレースの世界で実用化されていれば、『走る実験室』としてのモータースポーツの価値が維持できることになる。水素エンジンは通常のガソリンエンジンからの変更点が少なく、燃料電池に比べて製造コストが低く、大型バスやトラックでの採用が期待されている。
■水素とロータリーの相性がいい理由
では将来的にトヨタは水素で世界を戦うのか? FIA主導でそうした動きがあれば当然取り組みが検討されるであろうが、まったく違う方向性も考えられる。今後、他社も含めた自動車メーカーがモータースポーツに取り組むプラットフォームとして、広く採用されることを目指す可能性もある。
では将来的にトヨタは水素で世界を戦うのか? FIA主導でそうした動きがあれば当然取り組みが検討されるであろうが、まったく違う方向性も考えられる。今後、他社も含めた自動車メーカーがモータースポーツに取り組むプラットフォームとして、広く採用されることを目指す可能性もある。
水素エンジン自体は1990年代から取り組みがあるが、ここでレース参戦までこきつけたのは直噴の燃焼コントロール技術が向上したことと、ミライの市販によって車載状態での水素貯蔵および供給技術が確立されたことが大きいという。こうした技術をある程度共有することができれば他の自動車メーカーも水素エンジンでのレース参戦が可能になる。
例えば、水素タンクや配管などはワンメイクとして、エンジン開発をある程度自由に許せば、現状のスーパーGT GT500で採用されているNREのように、各メーカーはエンジン燃焼技術にフォーカスして戦うことができるだろう。
車体やレースフォーマットはTCRに準じて、水素エンジンのスプリントレースができたら楽しい(プライベーターはガソリン車OKとすれば台数も確保できる)。ちなみに水素エンジンの異常燃焼克服の課題のひとつとして、燃焼室内の1カ所だけが熱を持ってしまう現象の発生が挙げられるという。その点でロータリーエンジンはその機構上、燃焼室が移動していくため熱が分散して有利のようだ。
トヨタとのアライアンスを考えると、マツダがロータリー、スバルが水平対向エンジンでカローラスポーツに対抗する日が来るかも……と妄想すると、将来への希望が持てる。自動車メーカーの本業も含めて、カーボンニュートラルに向けて決して電動化一択が正解ではないはずだ。やはり音と匂いはモータースポーツになくてはならない……とここまで書いて気づいた。排気の匂いを嗅ぎ忘れた(申し訳ございません)。排気口から出るのは水蒸気だけでも、おそらく富士24時間ではオイルの焼ける匂いが少しはするはずだ。
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