スーパー耐久マシンフォーカス:ドライビングスキルを要求するGT4マシン。KTMクロスボウGT4

2021年2月2日(火)17時50分 AUTOSPORT web

 全8クラスが競うピレリスーパー耐久シリーズのなか、GT4マシンによって競われるST-Zクラスは、2018年のクラス創設以来、年々車種バラエティが増え、2020年シーズンの全5戦では8車種、10台がエントリーした。


 不定期にお送りしている“スーパー耐久マシンフォーカス”。第4回目となる今回は『KTMクロスボウGT4』の特徴、特性をご紹介しよう。


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 オーストリアの二輪メーカーであるKTMが手がける四輪自動車『KTMクロスボウ』をベースとしたFIA-GT4マシン『KTMクロスボウGT4』は2016年からデリバリーが開始され、オーストラリアGT選手権やドバイ24時間など、数多くのレースに参戦してきた。


 日本ではクロスボウ市販モデルの正規輸入販売を行っているKTMカーズジャパンがエントラントとなり、2019年シーズンよりピレリスーパー耐久シリーズのST-Zクラスに参戦している。


 2020年には初のアップデートが施されたEVOモデルが登場し、第1戦富士24時間レースでその姿を見ることができた。


 しかし、第2戦スポーツランドSUGOに現れたKTMクロスボウGT4は、昨シーズンまでを戦った2016年仕様の姿であった。それは何故なのか。


 KTMカーズジャパンの渡邊信太郎エンジニアは「EVOキットをつけた富士24時間では2016年仕様よりも2秒遅くて勝負になりませんでした」と明かす。


「クロスボウGT4はストレートスピードが遅く、SUGOでもメルセデスAMG GT4にと比べると約10km/hの差がありました。でも、1周走ってくるとトップタイムだったのです。この状態から弱点のストレートスピードを上げようということで2019年の暮れから2020年仕様のEVOキットが販売されました」


「ピストンやコンロッドも変えてエンジンパワーは公称30馬力上がっています。ただ、EVOモデルではリヤウイングがなくなり、さらにタイヤも細く、外経も小さくなりました。するとダウンフォースが減り、コーナリングパフォーマンスまで下がってしまったのです」


 2016年モデルはフロントタイヤが275/645R18、リヤタイヤが305/660R18だったが、EVOモデルのタイヤサイズは前後とも265/645R18となる。


 標準ホイールはどちらもOZ Racingのマグネシウムホイールだが、2016年モデルはセンターロック、EVOモデルは5穴となり、ハブ交換に加え、ホイールも新たに購入する必要がある。


「2020年シーズンは第1戦の富士24時間こそEVOモデルで走らせましたが、とても使えた代物ではなかったので、第2戦は2016年仕様に戻したところ、元通りの速さを取り戻しました」


 2016年仕様の場合、最大出力は340〜350馬力ほどだが、EVOモデルとなると370〜380馬力を発する。クロスボウGT4のエンジンはアウディ製の2リッターTFSIターボ。パワーは出るがトルクがなく、燃料を満タンにした際の重量増の影響は大きいということだ。


 なお、EVOキット単体の価格は、1000万円少々となる。

2020年シーズン、富士24時間の1戦のみ2020年仕様となったKTMクロスボウGT4
2020年仕様はリヤウイングの形状、ホイールの5穴化、フロントスプリッターの形状など、外観の変化も大きい
第2戦以降、再び2016年仕様に戻ったKTMクロスボウGT4
ベースとなったKTM X-Bow Rはオープントップのロードカー


■乗り手のドライビングスキルを要求するGT4マシン


 スーパーGTでは紫電MC/RT-16、マクラーレンMP4-12C GT3などのエンジニアリングを担当してきた渡邊氏は、クロスボウGT4が初めてのFIA-GT4マシンだったが、GT4というカテゴリーに関しての印象は明るい。


「GT3が“買えるレーシングカー”として始まりましたが、現在では速くなりすぎてアマチュアの手に負えなくなりつつあります。それで生まれたのがGT4ですよね」


「GT3と同じく“買えるレーシングカー”なので、基本的にはガソリンを入れれば走れる状態で売られています。2000万円を超えるスポーツカーが多数あるなか、それらよりも安く、サーキットを走るための安全装備もFIAの基準のものが付いています」


「高級スポーツカーを買ってそのままサーキットを走るより、GT4マシンを買って走る方がレーシングライクで走れますし、安全装備もあって、そう簡単には壊れない。そういう点でものすごくいいカテゴリーだと思います」


 KTMカーズジャパンと渡邊氏はクロスボウGT4でのレース活動2年目を迎えている。1シーズン戦った上でのクロスボウGT4という車両の特徴を聞いた。


「車両の幅に対して全長がとても短く四角いです。乗りやすいクルマはトレッドに対してホイールベースの割合というのが大体決まっていて、タイヤサイズとかも『大体このあたりだったら乗りやすいな』というのが、車両を設計する側にはあります」


「メルセデスAMG GT4あたりの前後のトレッド比はかなり乗りやすいと思います。逆に、これが四角くなればなるほど、動きはトリッキーになります」


「四角いと動きはすごくシャープになりますが、ブレーキを踏んだ際の安定性が足りません。さらに、エンジンがリヤにあり、ほかを全部カーボンで作っているのでリヤヘビーになります」


「そのため、フロントの荷重が足らないので、フロントタイヤが全然温まらず、挙動がトリッキーになりスキルを要求されるタイプの車両となっています」


「高橋一穂オーナーはチャレンジングなクルマを好むのですが、ストレートが遅い、コーナーが速いというのはスーパーGTのマザーシャシーと全く同じですね」


 トリッキーな挙動からスキルが要求され、アマチュア向きのGT4というカテゴリーにおいて特異な性質を持つクロスボウGT4だが、ドライバーの行うクルマの荷重変化に対して、素直に動くという利点がある。


 これまで2度、富士24時間で搭乗した小林崇志は、2019年に搭乗した際に「めちゃくちゃ面白いクルマです」と評したと渡邊氏は語る。


「速く走ろうとすると、オーバーを出さずに、ギリギリアンダーを出しながら、リヤを滑らせながら走るというドライビングが要求されます。だから小林は『練習するために欲しい』って言っていましたね。ドライビングのスキルを上げるという目的においてはものすごくいいクルマだと思います」


「ドライバーが荷重をコントロールする、それによってタイヤの接地圧を考えながらドライブするということがクロスボウはできます。限界が高すぎるとやはりアマチュアドライバーには扱えなくなりますが、クロスボウGT4はそれがバランスよくできるので、小林はすごくいいと話していました」


「ただ、その1年後にEVOモデルに乗ったら『これはいらない』って言っていたので、やはりEVOモデルはだめなんだなと思いました(笑)」


 レギュラードライバーを務める加藤寛規も、2016年仕様に対し「やはり、乗りやすくていい」と評したという。


 シビアな挙動はありつつも、プロフェッショナルドライバーにとって、2016年仕様のクロスボウGT4はバランスが取れたいいクルマなのだ。


 クロスボウGT4の魅力はドライビングスキルの向上に最適という点だけではない。車両価格が約2000万円でありながら、ボディ全体に高価なカーボンパーツが豊富に使用されている点も忘れてはならない。価格に対する“お得感”はGT4のなかでも唯一無二のものだろう。

KTMとライター・エンジニアリングが開発・製造するKTMクロスボウGT4。モノコックはダラーラ製だ
ルーフから伸びるポリカーボネートは一体成形。飛行機のキャノピーを製作している会社によるもので、歪みがない高い精度を誇る
車両の幅に対して全長がとても短く四角いKTMクロスボウGT4。リアフレームを延長し、ホイールベースは市販車から17mm拡張されている
サスペンションはオーストリアのダブルピー・サスペンション製。バイク用の大容量ダンパーだ
フロントアクスルのプッシュロッドは市販のまま。なお、ブレーキはAPレーシング製だ


■スリップストリームがとても効く理由


 そのスタイリングからボディ下面からもダウンフォースが出ているのではと感じさせるクロスボウGT4だが、車高が高いこともあり、地面効果は少ない。


 リヤウイングもスポイラーとしての役割は発揮しつつも、大きくダウンフォースを生じさせることもないという。


 ほかにはないデザインが魅力であり、最大の特徴でもあるクロスボウGT4だが、そのフロントデザインゆえに空気だまりが発生し、抵抗となっているという。


「クロスボウGT4は元々の抵抗が大きいので、かなりスリップストリームが効きます。富士スピードウェイのストレートを単独で走って230〜240km/hしか出なくても、スリップに入るだけでいきなり10km/hとか上がります」


 富士のようなロングストレートのあるサーキットでは、特に前方の車両のスリップに入るか否かでかなりタイムが変わってくる。予選で上位グリッドを狙う上で、トウを得ることは必須となるだろう。


 これまでに取り上げたGT4マシン同様、クロスボウGT4のエンジン、そしてミッションのマイレージは長い。GT4では市販車のミッションを流用するケースが多いが、クロスボウGT4はホリンジャー製6速シーケンシャルレーシングミッションを搭載している。


「エンジンは日本のレースであれば半年に一度オーバーホールするレベルです。ミッションに関しては1年行けますね。うちの場合、エンジンは2機ありますので、シーズン途中に変えるくらいです。耐久レースではなく、全戦スプリントレースだったらエンジンとミッションともに1シーズンはノーメンテナンスで行けます」


「基本ノーマルエンジンなので、レーシングエンジンみたいなシビアになるようなことはしなくていいし、ミッションもおそらく意図的にトルク容量が大きなものをチョイスしていると思います。だから、ミッションに関しては全く壊れたことがありません」


「信頼性の不安というのはないですね。唯一、2019年の富士24時間でエンジンがブローしたくらいです。あれはオルタネーターのベルトが飛んで、タイミングベルトの中に巻き込んでバルブタッチして壊れました。基本的に故障に対する不安は、ほぼありません」と渡邊氏は語った。


 新型コロナウイルスの感染拡大の影響を受け、全5戦での開催となった2020年シーズンのピレリスーパー耐久シリーズでは、KTMカーズジャパンのケーズフロンティア SYNTIUM KTMは2度の3位表彰台を獲得も、2019年の第4戦もてぎに続くクラス優勝獲得とはならず、シリーズランキング6位で終えることとなった。


 KTMクロスボウGT4というクルマは、独特なスタイリングに加え、乗り手にスキルを要求する特性を持ったGT4らしくないGT4マシンであったと感じるとともに、GT4というカテゴリーの難しさを痛感させる一台ともなった。

MoTeCのダッシュロガーの右のディスプレイはGT300クラスに参戦するロータス・エヴォーラMCにも付いている約400万円のバックモニター
成績に応じたハンデウエイトは助手席の足元に搭載。BoPのウエイトは燃料タンクの下に搭載される
アウディ製の2リッターTFSIターボを搭載。2016年仕様の場合、最大出力は340〜350馬力ほど
ラジエーターはモノコック後方に。カウルがある影響で、冷えにくいという
エアロダイナミクスというよりは、ビジュアル重視という印象を受けるフロント
市販車にも通じたデザインゆえに、ドラッグとなりそうなフロントデザインとなっている

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