「何もかもうまくいくミラクルはない」。スズキ流の“地道”な開発スタイル/2019年型GSX-RR開発の裏側

2020年3月5日(木)19時9分 AUTOSPORT web

 大殊勲、と言っていいだろう。2019年シーズン、チーム・エクスター・スズキのアレックス・リンスは、猛威を振るったマルク・マルケス+ホンダRC213Vに立ち向かい、2勝をもぎ取ったのだ。第3戦アメリカGPは、単独首位走行中のマルケスが転倒したことによる勝利だった。だが第12戦イギリスGPは、マルケスと最終ラップまでバトルを演じ、最終コーナーで見事に裏をかくライン取りで完勝。スズキGSX-RRの機敏さが、鮮やかで気持ちのいい優勝を演出した。


「ウチが得意なコースでしたからね」と笑うのは、チーム・エクスター・スズキでテクニカルマネージャーを務める河内健氏だ。全戦を回り、現場で取り仕切っている。


「ただし、緊張感がなかったわけではありません。シルバーストーン・サーキットではほとんどのコーナーを得意としていましたが、そうではない部分もあった。『無理するなよ……』と祈るような気持ちでした」。


 一方、プロジェクトリーダーの佐原伸一氏は残念ながらテレビ観戦だった。「興奮しましたね!」と佐原氏。「テレビを観ながら、思わず椅子から立ち上がりましたよ!」

チーム・エクスター・スズキの河内健テクニカルマネージャー(左)と佐原伸一プロジェクトリーダー


 2011年をもってMotoGPへの参戦を休止し、2015年に復帰したスズキ。2016年にマーベリック・ビニャーレスが1勝を挙げた。2017年はイアンノーネとリンスというラインアップで、0勝。表彰台にも立てなかった。2018年、リンスは表彰台に5回、イアンノーネは4回立ったが、やはり0勝。2019年にリンスが挙げた2勝は、苦しい状況から起死回生を図って改善に取り組んだ2シーズンがあってのものだった。


 スズキは2015年の復帰以降、1チーム2台体制を採り続けている。ファクトリーチーム、サテライトチームの合計で、ホンダが4台、ヤマハ4台、ドゥカティ6台、KTMが4台を走らせていることからすれば、最小単位と言える。台数が少なければ、それだけ得られるデータが少なくなるため、マシン開発においては不利とされる。スズキと同様に2台体制で臨んでいるアプリリアがなかなか上位勢に入れないことからも、その難しさが窺える。

2019年型スズキGSX-RR(右フロント)
2019年型スズキGSX-RR(左フロント)


 台数だけを考えれば、ざっとホンダ、ヤマハの1/2規模の体制でMotoGPに臨み、2勝を挙げたスズキ。佐原氏は「よそに比べて小さい規模でやってるのは確かです」と率直だ。


「少人数のレース集団でどうやってライバルに立ち向かうかと言えば、経験を生かしながらしっかりと地道な開発をして、ライダーのパフォーマンスを100%引き出せるいいバランスのマシンを作るしかありません。コンパクトな体制から飛び道具を繰り出すのはなかなか難しい。地道であることが、今のうちの状況には合ってるのかな、と思います」


 確かに、GSX-RRは2018年型と2019年型とでは大きな変化がないようにも見える。「地道」という言葉通りの印象だが、そこには後述するスズキの狙いどころが隠されている。そして実際のところは、エンジンを中心にまったくの別物となっていたのだ。

2019年型スズキGSX-RR(右リヤ)
2019年型スズキGSX-RR(左リヤ)


「2018年型のエンジンと比べると、2019年型は燃焼諸元、ピストン形状、シリンダーヘッド形状、カムタイミングなど、変えられるところはすべて変えました」と河内氏。「ライダーは常にパワーを求めますからね。ただ、2019年シーズンは開幕前にだいぶどたばたしてしまいました」


 2018年シーズン終了直後、新しい仕様のエンジンをテストしたリンスに、「パワーは出ている。でもコントロール性に劣る」と指摘された。「ベンチテストでは良好なパワーカーブが得られていたんですけどね」と河内氏。


「実走すると、ライダーの評価はもうひとつだった。何がいけないのか、頭を抱えましたよ」。ライダーの繊細なセンサーが、エンジンの弱点を鋭く見抜いたのである。急きょ組み合わせを変えて別の諸元に作り直し、2018年12月に開発ライダーのシルバン・ギュントーリがテスト。年が明けて2019年2月にリンスが改めてテストし、ようやくゴーサインが出た。

カウルを外した2019年型スズキGSX-RR


 佐原氏は「エンジン開発陣としては苦労して馬力を絞り出したんですが、取り分としてはそのすべてを使うことはできなかった。それでも最終的には良い評価が得られたので、胸を撫で下ろしました」と振り返る。ライダーのインプレッションを重要視して、開発の狙いを修正していくのがスズキの開発スタイルだ。それは車体の開発に関しても当てはまる。


■「苦肉の策」だったフレームのカーボン巻き


 2018年シーズン途中から、リンスとイアンノーネは新しいフレームを実戦使用していた。「カーボン巻き」と呼ばれ注目を集めた仕様だ。実際はアルミフレームにカーボンを接着しているのだが、いわば「苦肉の策」だった。


 河内氏は「フレームの諸元を変えたいんですが、いちから作ると時間もお金もかかりますので……」と苦笑いする。「それに、剛性を変えるためにアルミ溶接でパッチを当てると、熱が加わって歪みが生じ、寸法の精度が出ないというデメリットもあるんです。そこでカーボンの接着を試みたんです。アルミパッチよりは容易に剛性のセッティングができるようになりました」

カウルを外した2019年型スズキGSX-RR(右後ろ)


 ライダーからも「ブレーキングスタビリティが上がった」という評価が得られた。だがそれは「カーボンだから」と言うより、「フレームの剛性がワンステップ上がったから」と開発者たちは捉えている。スズキはもともと剛性値をあえて下げることで曲がりやすいフレームを作ってきた。だが、エンジンのパワーアップに伴ってやはり剛性を高める必要が出てきた。


 その時、カーボン接着により効率よく剛性アップ方向のセッティングが可能になったのだ。カーボン接着なしの仕様もテストしたが、2019年はリンスもジョアン・ミルもカーボンが接着されたフレームを選んだ。仕様違いが3種類ほど用意されたが、シーズン中は事実上1諸元で通したと言う。


■目に見えないフェアリングの苦労


 見た目にも分かりやすい技術的トピックスとしては、空力フェアリングが取り沙汰されることが多い。2019年型GSX-RRも、2018年型に比べてより大型の空力フェアリングが目立つ。だが佐原氏は「重視したのは、ベースとなるカウルそのもののデザインです。実は2018年型から結構変わっているんですよ」と言う。


「空力フェアリングがなければ特に際立った特徴のないカウルに見えますが、しっかりとCdA値(空気抵抗係数×前方投影面積)が考えられています。また、単体でもダウンフォースを発生する形状です。いいベースができたと思っています」

2019年型スズキGSX-RRの空力ウェアリング


 実際、2019年シーズン第14戦アラゴンGPでは他車との接触によりリンスは右側の、ミルは左側の空力フェアリングを失っての走行を余儀なくされたが、レースを完走している。さらに第18戦マレーシアGPでもリンスは再び接触により右側の空力フェアリングを失ったが、5位でフィニッシュした。リンスは「空力フェアリングがなくても走れたってことは、効果がないんじゃないのか……?」と若干疑い気味だったと言う。


 笑いながら佐原氏が振り返る。「我々としては『取れてもちゃんと走れるように、苦労してベースのカウルを作り込んでるんだぞ』ってね(笑)。もちろん実際は差があるんですけどね」。河内氏も「コーナーの進入がしづらくなったり、ウイリーしやすくなるなどの弊害はあるようです。でも、空力フェアリングが取れたら走れなくなるんじゃないかと思っていたらしくて(笑)。『走れたじゃないか』と驚いたようです」


■スズキ流の“地道”なマシン開発


 ベースからしっかりと作り込む。これは量産車からMotoGPマシンまで貫かれているスズキの開発姿勢だ。GSX-RRの強みについて「バランスの良さ」と佐原氏と河内氏は口を揃える。


「(こういう記事を)読む方たちからすると、『コレ!』という目玉がないからつまらないかもしれませんね」と河内氏は笑う。「でも、細かい変更を積んで積んで、ちょっとずつ良くしていくしかないんです。新しいパーツを投入すると、必ずいい面もあれば悪い面もある。悪い面が出ないようにすると、いい面の伸びしろも少なくなってしまう。それでも、バランスを崩さないように手堅い開発をするのがウチのやり方です」


 佐原氏は、「もちろん、『アレをやりたい、コレをやりたい』という技術者もいます。でも、『地に足を着けた開発しようよ』と言うんです。『遠回りに見えるようで、実はその方が確実に前に進めるから』と」


 結果として「飛び道具がない」と謙遜する両氏だが、例え一足飛びの飛躍が見られなくても、実直な作り込みによって得られた堅実な好バランスは、そう簡単には崩れない。また、テクニカルレギュレーションによる制約の厳しさや、タイヤのワンメイクなどにより大胆な発展が遂げにくいMotoGPマシンの開発事情も、コンパクトな体制のスズキには幸いしている。

MotoGP:チーム・スズキ・エクスターが2020年型GSX-RRを発表


 2020年型GSX-RRも、地道な開発が施され、堅実な進化を遂げている。2020年シーズン開幕前のテストでは、スズキで4年目となるリンスはもちろん、2年目のミルも好調さをアピールした。特にカタール公式テストは3日間の総合成績でリンスが4番手、ミルが6番手。新しいミシュランのリヤタイヤとのマッチングが良好なことは明らかで、開幕戦カタールGPの中止が惜しまれるところだ。


「バランスはもちろん今後も重視していきます」と佐原氏。


「一方で、バランスを重視しすぎると、新しいトライが難しくなる。どうしてもバランスが崩れてしまいますからね。何もかもがうまく行くというミラクルはないんです。でも、どこかのタイミングでパフォーマンスを高めるためのトライは必要になる。そのための準備はできていますし、アイデアもあります。具体的なことは申し上げられませんが、2020年シーズンのうちに新しいことに挑戦したいと思っています」


 スズキGP参戦60周年となる2020年は、2019年シーズン以上のステップアップに期待がかかる。


2019年型スズキGSX-RRの細部ショットはコチラ



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