【コラム】アストーリの急逝で広がる悲しみ…同僚MF「あなたは永遠にキャプテン」

2018年3月6日(火)21時19分 サッカーキング

突然訪れたアストーリとの別れ。イタリア中に悲しみが広がっている [写真]=Getty Images

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 31歳の若さで急逝したフィオレンティーナのキャプテン、ダヴィデ・アストーリ。悲しい報せの影響は続いている。UEFA(欧州サッカー連盟)は5日、今週行われるチャンピオンズリーグとヨーロッパリーグの各試合開始前に、1分間の黙祷を捧げることを公式発表した。また、アストーリの葬儀は8日の午前10時から、フィレンツェのサンタ・クローチェ教会で営まれることになった。

 アストーリはウディネーセ戦の前日の3日、ウディネの宿泊先で夕食後にチームメイトたちとユヴェントスやナポリの試合を観戦した後、GKマルコ・スポルティエッロの部屋でプレイステーションをしてから自身のシングル・ルームに戻った。その後、アストーリがスパイクを置き忘れているのを見つけたスポルティエッロが携帯電話でそのことを知らせ、「取りに来て」と伝えた。アストーリからは「明日の朝、行くよ」と返信があり、これが最後のやり取りとなった。午後11時半ごろのことだったという。

 U−21イタリア代表のドクター、カルロ・トランクイッリ氏はスポーツ選手の突然死について次のように述べている。

「35歳以下のイタリアの五輪種目やプロスポーツ選手たちは、6カ月ごとに健康診断を受けている。サッカーについていうと、このようなシステムでイタリアでは“突然死”のリスクは89パーセントない、という統計が出ている。他国と比べてもリスクは低いと考えている。しかし、100パーセントというのは決してありえない」と専門医からの見方を示した。

 ベルガモ近郊で1987年1月に生まれたアストーリは、14歳でミランのプリマヴェーラに入り、フランコ・バレージ監督の下でプロを夢見た。憧れはアレッサンドロ・ネスタとパオロ・マルディーニ。真面目で練習熱心な少年は2008年9月、21歳の時にカリアリでセリエAデビューを果たした。2011年10月には当時ナポリのエセキエル・ラベッシとの接触プレーで腓骨(ひこつ)を骨折し、全治2カ月の重傷と診断された。だが、その後はチェーザレ・プランデッリ監督が率いるイタリア代表メンバーにも招集され、14試合出場1得点を記録。セリエAでは289試合出場7得点だった。本人は自身について、「長所でもあり欠点でもあるのが落ち着きすぎているところ」と話していたという。また、家族はフランチェスカ夫人と2歳の愛娘ヴィットリアちゃんがいる。

 ユヴェントスのGKジャンルイジ・ブッフォンは「エレガントで人間ができていた」と、印象を語った。ミランのDFレオナルド・ボヌッチも「彼の笑顔を見れば、どんなにいいやつだったかがわかる。あの世でも微笑んでプレーしているんだろうな。さみしいよ……」と喪失感をつづった。トリノのFWアンドレア・べロッティは「君が僕たちと同じ場所に存在してくれて感謝するよ。ゆっくり休んで」と静かに悼んだ。FWアントニオ・カッサーノも「代表で知り合った。礼儀正しくて、シャイだったよな。ショックだ」と別れを惜しんだ。

 また、プライベートでは芸術鑑賞や劇場へも足を運んでいたという。チームメイトのMFリカルド・サポナーラはインスタグラムに長いメッセージを寄せた。

「ああ、キャプテン! フィレンツェに戻ってきてくれ。まだ“ラ・ラ・ランド”を最後まで見ていないじゃないか。見終わって、いつものように映画批評をし合おうよ。あなたとのような関係を築ける人はほかにいない。ああ、僕のキャプテン。あなたは永遠に僕のキャプテンだ」

文=赤星敬子

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