石川遼優勝プレーバック 世界最小ストローク「58」、薗田峻輔との死闘…【国内男子ツアー丸わかり】

2024年3月22日(金)12時30分 ALBA Net

石川遼の過去の優勝をふりかえる(撮影:岩本芳弘)

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国内男子ツアーが来週の「東建ホームメイトカップ」からいよいよ開幕する。そこで、ツアーを彩る選手たちのデータを様々な観点からチェック。今回は石川遼が挙げた優勝を振り返る。【7勝目〜12勝目】


2010年 中日クラウンズ


名古屋ゴルフ倶楽部和合コースで伝説が生まれた。6打差18位タイから最終日をスタートさせた石川遼が、歴史的な大逆転優勝を飾った。赤いパンツスタイルの勝負服に身を包んで登場した石川は1番、2番と連続バーディを奪うと、4番でもバーディを奪う最高のスタート。5番でもバーディを奪って迎えた6番では、セカンドでグリーンを外すもアプローチを直接放り込みチップインバーディを奪った。「あのチップインで何かが変わりました」。ここから”石川劇場”が始まる。

中盤の8番から11番まで立て続けにバーディを奪うと、難関の14番ではグリーン外から約10メートルをパターで放り込み、2つ目のチップインバーディ。15、16番でも伸ばすと、最終18番のバーディチャンスは逃したが、たった1日で圧巻の12バーディを奪取した。驚異の“58”を叩きだし、2位に5ストロークの大差をつけて優勝をもぎ取った。

米ツアーではデビッド・デュバル(米国)、日本ツアーでは倉本昌弘が“59”ストロークを記録していたが、これを18歳7カ月の若さで更新。この大会は未だに語り草で、石川が和合に戻ってくるたびに話題となる。そのとき小学生だった金谷拓実や蝉川泰果も「石川遼さんの58が印象的です」と話すほど、ゴルフ界に衝撃が走った出来事であった。


2010年 フジサンケイクラシック


最終日に杉並学院高の先輩・後輩による死闘が繰り広げられた。2位に3打差をつけてスタートした石川は、出だしでつまずくとあっという間に先輩・薗田峻輔にとらえられた。後半は10番、11番と連続バーディを奪い波に乗ったかに見えたが、直後の12番でボギー。スコアを伸ばせずにホールを消化していくにつれ、「置いていかれるという不安があって。それがパッティングの狂いがでた一つの要因になっていたかもしれません」。そして、首位の薗田と2打差で迎えた17番でバーディを逃した所で、さすがの石川も「あきらめかけました」。

しかし、17番を終えた時点でリーダーボードを確認すると、薗田が最終ホールボギーでトータル9アンダーになっていることがわかった。最終ホールでバーディならプレーオフ。「一度消えかかった闘志が燃えはじめた」。最終18番、左のバンカーから放たれたセカンドショットは奇麗な放物線を描き、ピン手前1メートルに。割れるような歓声と拍手を、両手を広げて受け止めた石川はここでバーディを奪い、先輩・薗田の背中を土壇場でとらえた。

迎えた薗田とのプレーオフ。1ホールごとに交互にチャンスにつけ、見ている観衆は2人の世界に引き込まれていった。3ホール目では先に打った石川のバーディパットがカップに蹴られ、残すは薗田の1.5メートルのバーディパット。「先輩が打った瞬間、コロがりを見て正直入ったと思いました。決まったと思った」。しかし、このパットもカップに蹴られた。ここでも決着はつかず、迎えた4ホール目。移り気な富士桜の神は、石川にほほえんだ。

「(プレーオフ4ホール目)先輩がパーパットを外す予感はありませんでしたし、次のホールにいける心の準備は出来ていました。それだけに衝撃は大きかったです」と最後は薗田が1メートルのパーパットを外した。突然の終戦に優勝の実感が湧くまで時間がかかった石川だが、先輩との死闘を「夢のような時間」と表現した。


2010年 三井住友VISA太平洋マスターズ


最終日を首位タイからスタートした石川遼が7バーディ・2ボギーの「67」をマークし、トータル14アンダーで勝利を手にした。スタートホールの1番をボギー発進とするも、その後は2度の3連続バーディを決めるなど後続を寄せ付けないゴルフで、2位に2打差をつけて危なげなく逃げ切った。2007年には同大会でベストアマを獲得。およそ3年でプロとして栄冠に輝いた。



2012年 三井住友VISA太平洋マスターズ

御殿場で2年ぶりVを遂げた。単独首位スタートの石川は前半2つのパー5でバーディを奪取。首位をキープし折り返すと、10番から怒とうの3連続バーディを奪った。一時は後続と4打差をつけたが、13番パー3で3パットのボギーを叩き一歩後退。15番では5メートルのバーディパットを沈めるが、16、17番で痛恨の連続ボギーを喫し、松村道央に1打差に詰め寄られる。

そして迎えた最終18番パー5。ティショットでフェアウェイをキープすると、残り228ヤードのセカンドを5番ウッドでピン手前6メートルに乗せてイーグルチャンスにつける。松村はこのホール、惜しくもイーグルを逃しバーディでフィニッシュ。石川もイーグルは逃したが、しっかりとバーディを奪って逃げ切り。トータル15アンダーで2年ぶりの勝利を挙げた。

石川はこれでツアー通算10勝目。この年の9月に行われた「キャノンオープン」で池田勇太がマークしたツアー最年少記録を更新した。


2014年 長嶋茂雄 INVITATIONAL セガサミーカップ

互いに譲らぬ名勝負に7991人のギャラリーが沸いた。6アンダー・単独3位から最終日をスタートさせた石川遼が6バーディ・2ボギーの「67」をマーク。トータル10アンダー・首位に並んだ小田孔明をプレーオフで退け、2年ぶりの通算11勝目を挙げた。

この日の石川は2番ホールで3パットのボギーを喫した。逆転に向け暗雲が立ち込めるが、続く3番パー5で10メートル以上のロングパットを沈めてすぐさまバーディ。悪い方に傾きかけた流れを引き戻すと、前半上がり2ホール連続バーディを奪取した。首位を走る小田と1打差に迫り、サンデーバックナインに入った。

バックナインに入った石川は13番バーディで首位タイに浮上した。続く14番で3パットのボギーを叩き後退してしまったが、1打差で迎えた最終ホールに値千金のバーディを奪取。土壇場で小田に追いつき、プレーオフに持ち込むと、1ホール目と2ホール目は互いにバーディを奪ってドロー。互いに譲らず一進一退の攻防が続いた。

そして迎えたプレーオフ3ホール目。互いにティショットを右のラフに打ち込むと、ここでは両者ともレイアップを選択するが、フェアウェイの絶好のポジションをキープした石川に対し、小田のボールは池ギリギリのラフに。これを寄せきれずに小田がパーとしたのに対し、石川は1メートルに寄せてバーディ。3ホールまでもつれ込んだプレーオフを制して、石川が大逆転勝利を飾った。


2015年 ANAオープン


米ツアーに本格参戦して3シーズン目の石川にとって、これが国内男子ツアーのシーズン初戦だった。小田孔明と並ぶトータル13アンダーの首位で最終日をスタートさせると、5番で最初のバーディを奪取。その後はバーディとボギーを交互に繰り返す展開となるが、13番、14番で連続バーディを奪った。ダボを叩いた小田を一気に置き去りにすると、その後も安定したプレーでツアー12勝目を挙げた。

石川は「コースとの戦いだった。(この勝利は)本当に大きい。勝負どころで隣ホールまで曲げたり、まだまだなところもあるけど、アメリカでも勝てるようプレーしたい。きょうのプレーをきっかけに。また一つ自分のゴルフを大きくできるように頑張っていきたい」と優勝の喜びを語った。


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