同じにはならない「セカンドマシン問題」。2027年以降の新マシン規則/MotoGPの御意見番に聞くフランスGP

2024年5月17日(金)12時2分 AUTOSPORT web

 5月10〜12日、2024年MotoGP第5戦フランスGPが行われました。スプリントではフランセスコ・バニャイアのトラブルがありましたが、決勝では、ホルヘ・マルティン、マルク・マルケス、バニャイアのドゥカティ3強が表彰台を奪いました。


 そんな2024年のMotoGPについて、1970年代からグランプリマシンや8耐マシンの開発に従事し、MotoGPの創世紀には技術規則の策定にも関わるなど多彩な経歴を持つ、“元MotoGP関係者”が語り尽くすコラム、2年目に突入して第30回目となります。


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–先週末の結果はマルティン選手が1-1で完全優勝、マルク・マルケス選手が2-2とこちらもドゥカティでの初優勝が一層現実味を帯びてきましたね。レース自体も前回同様に大変見ごたえのある内容でした。


 金曜のプラクティスの時点では兄弟揃って調子が出なくて、グレシーニ・レーシングは他のドゥカティ陣営にかなり遅れをとっていた感じだったけれど、スプリントの絶妙なスタートで流れが一気に変わったね。レースでも同じように素晴らしいスタートだった。あれがいつでもできるなら予選で頑張る意味は何なのって他のライダーは思うよね(笑)


–スタート時の俯瞰映像やオンボード映像を改めて見直すと、マルケス選手の進む方向に道が開けていくようなそんな感じがしました。


 全く同感だね。おそらくマルケス選手は一流のサッカー選手のように、フィールドにいるライダーの位置とこれから進む方向に関しての予測情報が俯瞰映像で見えているんじゃないかな。前方でスタートしたファビオ・クアルタラロ選手が進路変更して大きく空いたスペースをうまく使ってスルスルッと前に出るところなんか今更だけど天性のものを感じるね。

マルク・マルケス(グレシーニ・レーシングMotoGP)/2024MotoGP第5戦フランスGP


–今回はホルヘ・マルティン選手とフランセスコ・バニャイア選手の一騎打ちの構図を予想したのですが、スプリントではアプリリアのマーベリック・ビニャーレス選手に端を発した、いわゆる「セカンドマシン問題」でバニャイア選手が早々にリタイアしてマルティン選手が優勝しました。どちらも予選Q2でクラッシュしていたのに、こんな風に明暗が分かれてしまった要因はどこにあるのでしょう?


 ちょっと横道にそれるけど、バニャイア選手がクラッシュした時は火災の怖れが有ったようで、ライダー自身が消火器持って駆けつけるという光景に感動してしまったよ。その昔、転倒したのをマシンのせいにして蹴りを入れてるシーンが大映しになって顰蹙(ひんしゅく)を買ったライダーがいたけれど、彼は本当に人間が出来ているね。


 まあ、マシンがそんな状態だったからスプリントはセカンドマシンでというのは当然のなりゆき。不運だったのはセカンドマシンで一度も走っていないので、ぶっつけ本番で問題が露見した時は手遅れだったという事だね。


 マルティン選手の場合は憶測の域を出ないけれど、ダメージが軽微だったのでスプリントまでに修復したんじゃないかな。もちろんセカンドマシンに乗り換えても問題が出るとは確率的に考えにくいけどね。


–スタートでウイリーするし加速しないしブレーキングもおかしい、このまま走るのは危険とまでバニャイア選手が感じた原因は何だと思いますか?


 本人も言っているけど2台のマシンを完璧に同じフィーリングにするのはそもそも無理なので、違和感のある部分はライダーがアジャストする訳だけれど、あれはそのアジャストで何とかできる範囲ではなく、明らかに何かがおかしかった。


 一番可能性の高いのは、セカンドマシンにファーストマシンのECUセッティングを移植する際に何らかのトラブルがあったんじゃないかな。もしそういう類のトラブルだったとしたらファクトリーらしからぬ失態という感じは拭えないね。


–今回のようなケースは別として、職人技で造られたファクトリーマシンでも2台を同じフィーリングにするというのは難しいんですか?


 我々は、大量生産された製品は基本的に「同じもの」と受け止めてるけど、計測してみると実際には微妙な違いがあるわけで、一品料理だからと言っても微妙な違いを可視化出来ない部分まで同じにするのは難しいね。何らかの手段で計測できる部分については大量生産品より高い精度で追い込めるけどね。例えば、エンジンは基本的に同じ部品を使って組み立てるけれど、性能や特性はかなりばらつくよ。


 もちろん計測条件の違いや誤差とかもあるけれど、敏感なライダーはこの違いを感じ取るんだ。マシンの違いに敏感なライダーにも二通りあって、違いを許容できないタイプと違いを受け入れて自分を合わせていくタイプがある。僕の印象ではビニャーレス選手が前者のタイプでバニャイア選手が後者のタイプなのかな。

予選後のインタビューに応えるフランセスコ・バニャイアとホルヘ・マルティン/2024MotoGP第5戦フランスGP


–ところで、先日発表のあった2027年以降のテクニカルレギュレーションについてお話を伺いたいのですが、ご意見番的には今回の様々な変更をどのように受け止めていますか?


 正直に言ってしまうと、今回の変更はちょっと期待外れかな。「安全性」の向上に関してはエンジンの排気量を850ccに下げただけだしね。チームへのGPSのデータ提供もリアルタイムではないので安全面には寄与しないしね。


 もう一歩踏み込んで後方からの接近車両のアラートを出すシステムとか期待したんだけど、興行主が相当額の投資をすべき案件が何も無いってのは悲しいね。


–その他にも空力パーツの制限、ライドハイトシステムとホールショットデバイスの禁止、燃料が22→20L、年間のエンジン台数が7→6基に、最低重量が157→153kgに削減とかありますが、これらは安全性には寄与しないと……


 空力パーツに関しては現行の幅600mmが550mm、先端50mm後退は空力効果を低減してオーバーテイクをしやすくという狙いだから、安全性にはあまり寄与しないと思うよ。最低重量の変更にしても運動性能の向上が狙いだからね。


 ま、エンジンが少し軽くなってライドハイトデバイスとか外せばその位は軽くなるという見込みの数字だよね。この中では燃料の2L削減が850cc化とセットで重要な項目だね。


–2007年に排気量が800ccに変更された際には燃料は21Lに制限されていましたよね。


 あの時はエンジンの高回転化の方向で開発が進んだから、エンジン性能はすぐに990ccと遜色ないレベルに回復してしまったので、何のための排気量変更だったのと言う議論もあったね。


 その苦い経験から今回の20Lという数字が出てきたと思うけれど、まだ少し踏み込みが甘い感じはするね。だって燃料消費は排気量に依存するから、ちょっと乱暴だけど排気量が15%減なら燃料も15%減でもやれないことはないはず。


–でも排気量が小さくなると回転数で出力を稼ぐので燃料消費は増えますよね。それくらいは素人の僕でも分かりますよ。


 まさしくそこなんだよね。そこをおさえないと排気量低減は意味が薄れるんだよ。今回は前回の轍を踏まないように、ボアも81mmから75mmに制限したのがキモだね。


 現行ルールではストローク/ボア比は約0.6、新ルールでも同じく約0.6なので、平均ピストンスピードという指標で考えると、これ以上回転数を上げて出力を稼ぐのは厳しいはずなんだ。もちろん平均ピストンスピードという指標自体がどんどん変わってきているのも事実なので、なんらかの技術的なブレイクスルーがあれば高回転化も可能なんだけどね。


 ただし仮に達成できたとしても、今度は燃料の壁が控えているので、その性能が発揮できるシーンは限定的ということになるね。


–なるほど、ここぞというところでフルパワーを発揮してそれ以外はエコモードって感じですかね。レース展開を複雑にする要素にはなりますけど、レースとエコは馴染まない気もしますね。


 いやそうも言っていられない事情もあるんだよ。今回の技術規則変更を解説したビデオの中で「Road Relevant」ってキャッチフレーズがさりげなく表示されていたけれど気づいたかな。


–saferとかmore sustainable,more spectacularとかの中にありましたっけ? 直訳すると「道路との関連性」って感じですけど……


 つまるところ、レーシングマシンも道路を走る乗り物という点で市販のモーターサイクルと共通項があり、それがマニファクチャラーのレースに参戦する意義なのだと遠回しに言ってるわけだね。


 F1を統括するFIAも「Road Relevant」を常に考えてはいるようで、その結果が現在のダウンサイジングターボエンジンとモーター、バッテリーを組み合わせた複雑なパワーユニットになったというわけだ。一時は自動車産業全体が完全EV化にシフトしていたけれど、ここに来てハイブリッドシステムを見直す流れになって来ているからFIAは先見の明があったという事かな(笑)


–なるほど、確かにマニファクチャラーあってのレースですからね。そういう観点から見直すと、今回の技術規則の変更は新規参入を促すような魅力に乏しいかもしれませんね。


そういうこと!!

スタートシーン/2024MotoGP第5戦フランスGP


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