女王アメリカの敗退劇。ラピノー最後のスウェーデン戦【女子W杯】
2023年8月8日(火)18時30分 FOOTBALL TRIBE
2023FIFA女子ワールドカップ(W杯)オーストラリア&ニュージランド大会は、8月5日からノックアウトステージ(決勝トーナメント)の戦いがスタートし、各国それぞれに熱いドラマが繰り広げられている。
8月6日に行われたアメリカ(FIFAランキング1位)対スウェーデン(同3位)戦は、両者一歩も譲らぬ試合展開でPK戦へと突入。会場のメルボルン・レクタンギュラー・スタジアムを埋めていた約27,706人の観客が見守る中、互角の戦いを制したのはスウェーデン(0-0/PK5-4)だった。
優勝候補の筆頭であり女子W杯3連覇がかかった王者アメリカがまさかの敗退。アメリカのNWSL(ナショナル・ウィメンズ・サッカーリーグ)で活躍している同国代表MFミーガン・ラピノー(OLレイン)は、2023シーズンでの引退を発表しており、彼女にとって最後のW杯にも幕が下りた。
女子W杯の歴史を塗り替えたとも言えるこのアメリカ対スウェーデン戦を振り返り、勝敗の要因を探ってみよう。
エースFWモーガンを活かしきれなかったアメリカ
同試合前半のアメリカは、8月1日に行われたグループステージ第3節ポルトガル戦(0-0)での動きよりも比較的好調で、全体的にスピード感のあるボール回しとゴール前のパワフルな攻めの姿勢を見せた。特に開始18分頃からFWトリニティ・ロッドマン(ワシントン・スピリット)の積極的な動きが目立ち、連続してシュートチャンスを掴むなどした。
一方のスウェーデンも、アメリカの強いプッシュに対し持ち前の粘り強さとスピードでボールを奪い、ゴール前では中央からも大胆に攻撃を仕掛けるなど、若干の捻りを加えた戦い方を発揮。
それに対し、アメリカの名ストライカーFWアレックス・モーガン(サンディエゴ・ウェーブ)は鬱憤が溜まった表情を見せ、少ないチャンスを見つけてはゴールサイドからスピードのあるシュートを繰り出す。しかし、スウェーデンのGKゼチラ・ムショビッチ(チェルシー・ウィメンズ)が予測精度の高さを見せつけ、アメリカにゴールを決めさせない。
前半45分間(アディショナルタイム2分)のアメリカは、攻撃の糧であるモーガンを上手く活かすことが出来なかったように見えた。
スウェーデンGKムショビッチの圧倒的な存在感
後半に入り、アメリカにはモーガンからキャプテンのMFリンジー・ホラン(オリンピック・リヨン・フェミニン)へとアシストする場面も見られる。ホランはゴール前からスピードのある際どいシュートを繰り出すも、やはりスウェーデンのGKムショビッチに止められてしまう。
ムショビッチは、サイドを狙ったキレのあるボールはもちろん、ややトリッキーな高さのあるシュートも難なくカット。その姿には、イングランド1部でシーズン連続優勝しているチェルシー・ウィメンズのGKらしき風格が漂っている。
試合を通じて、ボール保持そして攻撃チャンス共にアメリカ側が主導していた。しかし、モーガンを含めた主要攻撃メンバーがことごとくスウェーデンの壁に囲まれ、ゴール前でボールを奪われるという光景が繰り返される。両国ともに得点できぬまま延長戦へともつれ込んだ。
アメリカは流れを変えるためにモーガンからラピノーへ交代するが、狙った効果を生み出せず。一方でスウェーデンの安定感のあるディフェンスは、試合100分を越えても完璧な状態だった。
サドンデスに突入、残酷で冷静なVAR判定
延長戦までもつれ込むも0-0のまま、今W杯では初となるPK戦へ突入したアメリカVSスウェーデン。PKはコイントスでアメリカ先行となり、MFアンディ・サリバン(ワシントン・スピリット)から勝負がスタートした。
サリバンはゴール左隅ギリギリにPKを決める。それを皮切りに両国共に1回目、2回目と成功。そして3回目。またもアメリカが決めた一方、スウェーデンのDFナタリー・ビョルン(エバートン)がボールをクロスバー上空へと蹴り上げてしまい失敗となる。これで3-2。
続く4回目、アメリカはラピノーがボールを浮かせ過ぎてゴールならず。しかしスウェーデンのFWレベッカ・ブロンクビスト(ヴォルフスブルク)がゴールポストぎりぎりに打ち込んだシュートをGKアリッサ・ネイハー(シカゴ・レッドスターズ)が止め、ラピノーの失点をカバーし3-2のまま。
ここで一気に勝負を決めたいアメリカだが、5回目に放たれたボールはクロスバーを大きく越え得点ならず。一方のスウェーデンがゴールを決め3-3とし、サドンデスへと突入した。
スタジアム全体が異様な雰囲気に包まれる中、6回目は両国ともに決め4-4。緊張感と共に迎えた7回目、アメリカのDFケリー・オヘーラ(ゴッサムFC)がゴールポストに当てて失敗すると、スウェーデンのFWリナ・フルティグ(アーセナル・ウィメン)が勝負に出る。
フルティグがゴール中央に向けて放った速さのあるストレートシュートを、GKネイハーがブロック。ボールは上方向に弾かれ宙に舞い、ゴールラインぎりぎりに落下してきたところを再びネイハーが前方へ押し出した。
この際どい瞬間を冷静にジャッジしたのは、現代サッカーの番人とも言える「VAR」だ。一瞬の難しい判定に、選手も観客も息をのんで待つ。そこには、ネイハーがボールを押し出す直前、ゴールラインの内側にすっぽりと入り込んだボールが映っていた。
この瞬間、スウェーデンの勝利が確定(5-4)。甲高いホイッスルの音が鳴り響くと、白のユニフォームを纏った王者アメリカは泣き崩れ、黄色の勝者スウェーデンは天に向かって両腕を振り上げる。まだ信じられないといった表情で喜びを分かち合った。
女子サッカー、新時代の幕開けか
2019年にFIFA女子最優秀選手賞を獲得し、女子サッカーを牽引してきたアメリカのラピノーにとっては、これが最後の世界的大会であった。NWSL2023シーズン終了と共に引退することを発表し、奇しくも自身の引退と共にW杯チャンピオンの座も明け渡す結果となった。
しかしひょっとするとこの結果は、今後の女子サッカーに化学変化をもたらすかもしれない。今W杯のベスト16各国のメンバーも、すでに見慣れた顔ぶれではない。これまで通りではない結果の数々が、新時代の幕開けを予感させている。
果たしてどの国が今女子W杯チャンピオンの座を掴むのか。8月20日の決勝戦まで目を離せない展開の中、8月11日の準々決勝では、快進撃を続ける「なでしこジャパン」こと日本代表がスウェーデンと対決する。平均身長の高さを活かした壁と、スピードを備えた巧みなボールカット技術でアメリカを下したスウェーデンだけに、この戦いを制したものが今W杯で女王の座に就く可能性は高い。