「時短」ルールで投高打低と逆行のメジャー、盗塁大幅増は大谷翔平だけでない…菊池雄星は「対策」奏功
2024年12月24日(火)17時54分 読売新聞
50個目の盗塁を決める大谷。この試合で3打席連続本塁打も放ち、史上初の「50本塁打、50盗塁」を達成した(9月19日)=片岡航希撮影
[球景2024 投高打低]<番外編>
プロ野球では近年、科学的なアプローチによる投手の進化が著しい。今季も一層、顕著となった「投高打低」の背景と、現状打破を試みる打者側の取り組みを追った。
けん制は実質2度まで
ドジャースの大谷が今季、史上初の「50本塁打、50盗塁」を達成した米大リーグでは、2023年から導入された新ルールによって盗塁が大幅に増えている。日本のプロ野球のような「投高打低」の傾向は見られず、投球間隔も制限される投手にとって厳しい環境となっている。
10月30日のワールドシリーズ(WS)第5戦、ドジャースが1点リードして迎えた九回の攻撃だった。一死一塁で、ヤンキース4番手のウィーバーが3度目のけん制球を一塁に送った。リードした走者が素早くベースに戻ると、一塁塁審は両手を上げてプレーを止め、走者に対して二塁に進むように指示した。昨季から導入された「3度目のけん制でアウトにできなければ、走者には進塁が許される」という新ルールが適用された形だ。
投手のけん制は実質的に2回までに制限され、走者はスタートが切りやすくなる。さらに、ベースが約38センチ四方から約46センチに拡大されてベース間の距離がわずかに縮まったほか、投球間隔に時間制限を設ける「ピッチクロック」も導入された。
新ルールが適用された23年のメジャー全体での盗塁総数は、前年の22年と比べて約1・4倍の3503個に達した。24年はそれを上回る3617個。大リーグ公式サイトによると、1900年以降では3番目に多かった。
昨季までの大谷のシーズン最多盗塁数は、2021年の「26」だった。今季、最終的に「59」まで伸ばすことができたのは、打者に専念したプレー環境の影響に加え、ルール変更が有利に働いた側面もあるはずだ。23年にはアクーニャ(ブレーブス)が41本塁打、73盗塁で「40本塁打、40盗塁」を17年ぶりに達成しており、大谷が「50本塁打、50盗塁」をマークしたことで2年連続で大記録が生まれた。
守る側にとっては負担が増えたようだ。今季ブルージェイズとアストロズでプレーし、エンゼルス移籍が決まった菊池雄星は「投手にとってはタフなルール変更。メリットは一つもない」と苦笑いする。
ルール変更以前は盗塁を警戒し、走者のスタートを遅らせるため、投手がボールを長く持つこともあった。ただ、昨年からは投球間隔が短いうえに、攻撃側も投手があと何秒で投球動作に入らなければいけないかをデジタル時計で確認できるため、そうした駆け引きがなくなった。
新ルール導入から2シーズン目となり、各チームに蓄積される対戦相手の投手のデータが多くなる中、「1回けん制したら、2回目はしない投手もいると思う。それならリードを広く取って走ろうという(走者側の)傾向も、投手によってはっきりしていると思う」と菊池は言う。
菊池自身は今季、けん制で刺す考えは捨て、クイックモーションに磨きをかけた。試合の序盤に速いクイックで投げられることを相手チームに印象づけて盗塁を未然に防ぎ、許した盗塁数は23年の「14」から「8」へと減少。「(ルール変更に)対応できている」と口にする。
チームによっては、戦い方も変化している。
今季最も盗塁が多かったのは、223個のナショナルズ。22年は75個、23年は127個で、ルール変更前から約3倍に増えた。マイク・リゾ・ゼネラルマネジャー(GM)は「新しいルールが盗塁に影響を与えている」と率直に認める。「私たちを含め、より多くのチームが盗塁を積極的に仕掛けるようになっており、打線にスピードのある選手を加える戦略になってきている」と最近の傾向を分析する。
大谷を上回り、67盗塁で初のナ・リーグ盗塁王に輝いたデラクルスを擁するレッズのチーム盗塁数は207個で、リーグ3位だった。ニック・クラール編成本部長は「走塁でも守備でも、私たちの目標はチームの運動能力を高めることだった」とルール改正前からの強化方針を明かしつつ、「新しいルールは私たちの助けになっている」と語った。
ドジャース 光る強打
今季のWSは、ナ・リーグ西地区1位のドジャースが、ア・リーグ東地区1位のヤンキースを4勝1敗で破り、4年ぶり8度目の制覇を果たした。1981年以来43年ぶりにWSで顔を合わせた両チームは今季、ともに強打が特徴だった。
チーム本塁打数は、ヤンキースがメジャー全30球団で1位の237本で、ドジャースは3位の233本。ドジャースで最多の54本塁打の大谷、ヤンキースで最多の58本塁打のジャッジはいずれも本塁打王に輝いた。
レギュラーシーズンで各地区1位のチームの投打成績を見ると、ア・リーグ中地区のガーディアンズは本塁打12位(185本)で防御率3位(3・61)、ナ・リーグ中地区のブルワーズは本塁打16位(177本)で防御率5位(3・65)と投手力が光ったチームもあったが、ドジャースの防御率は3・90で13位。メジャー平均(4・07)こそ上回ったが、打力で補ったといえそうだ。
ドジャースのロバーツ監督はWS第5戦の九回、先発投手のビューラーを送り込んだ。結果として無失点に抑えて優勝を決めたが、指揮官は試合後の記者会見で、「第7戦の先発候補(ビューラー)を九回に起用しなければならなかったことは、我々の投手力が足りなかったことを物語っている」と打ち明けた。
(この連載は、佐藤雄一、百瀬翔一郎、平島さおり、増田剛士、ロサンゼルス支局帯津智昭、ニューヨーク支局平沢祐が担当しました)