連獅子の中村屋、鬼平の高麗屋…屋号や一門から見る梨園ファミリーヒストリー

2024年1月25日(木)8時0分 JBpress

2023年末には中村勘九郎ファミリーの人気ドキュメンタリー『密着!中村屋ファミリー』のシリーズ最新作がテレビ放映。また、年明けには池波正太郎原作の時代劇ドラマ『鬼平犯科帳』が松本幸四郎市川染五郎で復活し、5月には劇場版も公開されます。歌舞伎界ならではの親子関係や縁者、一門、屋号とは? 同じ姓や兄弟でも屋号が違うのは? 歌舞伎ならではの家族の物語をご紹介。

文=新田由紀子


中村屋を継ぐものたちの「毛振り」

 1月13日、ホテルオークラでは「中村勘三郎十三回忌追善偲ぶ会」に、1140人にも及ぶ献花者が集まり、その顔ぶれの豪華さが話題となった。この後、1年かけて全国で追善公演が行われる。

 皮切りとなるのが、2月の歌舞伎座「十八世中村勘三郎十三回忌追善 猿若祭二月大歌舞伎」(2月2日〜26日、※休演・貸切日あり)。夜の部の「連獅子」は、獅子が谷底に落として上がってこられた子だけを育てるという伝説をベースとした舞踊だ。

 親獅子が子獅子を千尋の谷へ蹴落とし、気がかりで谷底をのぞきこんでいると、子獅子がみごとに試練に打ち勝って岩を駆け上がって来る。後半は揃って激しい「毛振り」(獅子に扮した役者がたてがみに見立てたかつらの長い毛を振り回す様子)を見せるもので、実際の親子で演じられることが多い。代々演じてきた中村屋一門にとって、縁の深い出し物である。

「十七代目中村勘三郎(1909〜1988)はかなり高齢になっても、亡くなった息子の十八代目勘三郎(1955〜2012)と踊っていました。十七代目は体力的に衰えていたのに、それでも父獅子の風格を感じさせる名舞台だったといいます」と語るのは、月に1回は劇場に足を運ぶという田中正二さん。田中さんは歌舞伎好きの妻と結婚してから20年、お供で見始めた歌舞伎にすっかりはまってしまったという50代だ。

 2007年、十八代目勘三郎が子獅子役と二人ではなく、勘九郎と七之助という息子二人を子獅子として従えて三人で踊った映像は「シネマ歌舞伎」としても残っている。2022年には、今度は勘九郎が親獅子役、そして長男の勘太郎が史上最年少の9歳で子獅子に挑戦した。

「小さな体で数キロもある獅子の毛を何十回も振り回す『毛振り』がうまくいかず、勘九郎に叱られて泣きながら稽古する様子もテレビで放映されていました。そして今回、中村屋は、弟の長三郎(10歳)にも、兄の勘太郎と同じチャレンジの機会を与えたいと考えているのでしょう。

 十七代・十八代勘三郎はいずれも、その時代の観客に圧倒的に愛された名優で、踊りも上手かった。勘九郎(42歳)も若い頃から飛びぬけて上手い。中村屋を継ぐものたちは、高いハードルに挑まなくてはならないんです」

 今回は、小さな長三郎の子獅子が、勘九郎の親獅子に合わせて必死に踊るのが見どころ。将来は息子二人が成長し、親子三人が同じぐらいの背になっての勇壮な「連獅子」を見られるだろう。さらに年月が流れ、息子たちが年を取った勘九郎をいたわりながら踊る日も来ることだろう。

「今回の連獅子は、そうしてつむがれていく中村屋の歴史のひとつとして残る舞台となるんです」


父が子を厳しく育てるドラマ「連獅子」

 歌舞伎では「家の芸」ということがよく言われる。古典歌舞伎の稽古期間は、1週間程度と他の演劇に比べて極端に短い。特に御曹司たちは、それぞれの家に代々伝わる「家の芸」が身体に入っているはずだからだ。セリフや所作を覚えるためにみんなで稽古するなんていうことは必要ないのが前提。その背景には、親たちと一門の必死の継承努力がある。

「梨園の父と子は、親子であると同時に、芸を受け継がせていく師匠と弟子の厳しい関係でもあります。私も初めは驚きましたが、歌舞伎の家の御曹司たちは、小さい頃から、日舞、長唄、三味線、義太夫、お茶や謡などなどたくさんの芸事を身に付けなくてはならないんですよね。

 遊びたい盛りの男の子を、小さいときからお稽古に通わせるのは、親たちにとってもさぞ大変なことでしょう。5歳や6歳の初舞台から、観客の前で行儀よく座ってそれなりの芸を見せられるように育て上げる。厳しく叱りすぎたらイヤになられてしまうけれど、子どもかわいさに甘い顔を見せるわけにはいかない。役者たちは、妻やお弟子さんたちと一緒になって歌舞伎の名門を次代につなげていくという大きな課題に取り組むわけです」

 歌舞伎に限らず、どこの世界でもそうだが、父親に反発する時期もあるし、かなわないと感じてすねてしまう時期もある。

「私もそうでしたが、たいがいの男は高校生にもなったら父親とはなるべく話したくないですよね。歌舞伎ではそんな父と子が芸を継承する定めを負って、息子を谷底に蹴落とす獅子の物語を演じる。そこに実生活も重ねて見えてくるのが、この演目の面白いところです」

 元になっている能でも親子で演じられることが多く、歌舞伎では、十二代目市川團十郎(1946 〜2013)と当代團十郎(46歳)、松本白鸚(まつもとはくおう・九代目松本幸四郎81歳)と当代幸四郎(51歳)、片岡仁左衛門(79歳)と孝太郎(55歳)など、多くの父子が踊ってきた。歌舞伎ビギナーもぜひ観ておきたい演目の一つだ。


鬼平をめぐる「高麗屋」「播磨屋」

 松本幸四郎がテレビと映画で主演することで話題の『鬼平犯科帳』も、ファミリーヒストリーを背負っている。

 池上正太郎の小説「鬼平犯科帳」の初のテレビ化は1969年。そこでは、主人公の火付け盗賊改方「鬼平」こと長谷川平蔵を八代目松本幸四郎(1910〜1982)、つまり今回新たに鬼平を演じることになった十代目松本幸四郎の祖父が演じていた。

 丹波哲郎、萬屋錦之介を経て、1989年から長く演じていたのは、八代目松本幸四郎の息子である二代目中村吉右衛門(1944〜2021)。初めのテレビシリーズでは、平蔵の息子・辰蔵を演じていた。十代目松本幸四郎の叔父にあたる。

「歌舞伎ファンにとっても、鬼平ファンにとっても、鬼平犯科帳は高麗屋の松本幸四郎に引き継がれていくべきもの。例えば、團十郎一門や菊五郎一門の誰かをキャスティングしたら、違和感があると抗議の声があがったはずです。すっきり粋な芸風の菊五郎一門の音羽屋ではなく、どっしりした幸四郎一門の高麗屋に演じてもらいたいものなんです」

 ちなみに、テレビドラマやミュージカルなどでもおなじみの「松本家」だが、分かりにくいのがその周辺の屋号だ。

 役者が舞台に登場したときに「成田屋!」「音羽屋!」などと客席から声がかけられるのが屋号。役者の愛称のようなものと考えていいのだが、ちょっと込み入っている。姓が同じでも、屋号は家系によって違う。例えば同じ「中村」姓でも、中村勘九郎は「中村屋」だが、中村芝翫(なかむらしかん)は「成駒屋(なりこまや)」で、中村梅玉は「高砂屋」。

 姓が違っても、家系が同じなら屋号は同じ。例えば松本白鸚とその息子の松本幸四郎と、その息子の市川染五郎(18歳)の3人は、姓は違っても屋号は同じ「高麗屋(こうらいや)」。

 しかし、2021年に亡くなった中村吉右衛門は、松本白鸚の弟なのに屋号が「播磨屋(はりまや)」なのはなぜ?という疑問がわく。ここには特別な理由がある。

 松本白鷗の母・正子さんは、名優であった初代中村吉右衛門(1886〜1954)の娘だった。吉右衛門には息子がいなかったため、松本白鷗の父、つまり初代鬼平を演じた八代目松本幸四郎に嫁ぐのにあたって、「息子を二人産んで、ひとりは松本幸四郎を継がせ、ひとりは中村吉右衛門を継がせます」と言ったと伝えられる。

 その言葉どおり、息子は二人生まれ、兄は松本幸四郎を継ぎ、弟は祖父である初代中村吉右衛門の養子として二代目中村吉右衛門を名乗ることとなった。そして、中村吉右衛門の屋号は「播磨屋」だから、兄弟でも違う屋号となったわけだ。


名優・吉右衛門の芸を絶やさない

「白鸚はミュージカル『ラマンチャの男』やテレビドラマ『王様のレストラン』など外部での活動も多い。一方、弟の吉右衛門は、祖父の初代吉右衛門の芸を継承していくことに注力していた印象でした。中村屋など他の役者たちとは違い、同じ演目に出演することが少なかったし、兄弟二人の持ち味も違っていましたね」

 吉右衛門は娘が4人で男の子には恵まれなかった。初代吉右衛門の時と同様、人間国宝にもなった二代目吉右衛門ほどの名優に跡継ぎがいないのは、歌舞伎界にとって深刻な問題だ。

「甥の幸四郎が、息子のいない叔父の吉右衛門から学ぼうとしていたように感じられました。同じ舞台に立つことも多かったですし。そして、今回、吉右衛門が演じていた鬼平を、幸四郎が演じることになって、良かったなあと思いましたね」

 吉右衛門のDNAは、もうひとつの道で引き継がれようとしている。尾上菊五郎(81歳)の息子である尾上菊之助(46歳)が結婚したのは、吉右衛門の四女・瓔子(ようこ)さんだった。

「吉右衛門は、瓔子さんが産んだ孫・尾上丑之助(10歳)と同じ舞台に立って、今まで見たことがないようなにこにこ顔をしていました。菊之助も、舅である吉右衛門に教えを乞うて、吉右衛門の持ち役を教わっていたようですし、こちらもめでたしめでたしというところです」

 鬼平犯科帳にも父子の物語は描かれている。

「私は、父が亡くなったあとの本棚から、文庫の『鬼平犯科帳』を引っ張り出して読んでいるんですが、次々と難事件を解決していく平蔵も、息子のことだけは、どうしたものかと頭を悩ませています。歌舞伎は、父と子という誰にとっても共通のテーマが、実生活と二重写しになっている。そうした家族の物語が見えてくると、歌舞伎がさらに楽しめると思います」

※情報は記事公開時点(2024年1月25日現在)。

筆者:新田 由紀子

JBpress

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