なぜ無意味な仕事が生まれるのか?出世して職階が上がっても、そこで優秀とは限らない…不条理を避ける方法とは

2024年2月2日(金)12時30分 婦人公論.jp


「おそらくすべての人が大なり小なりこうした無意味な仕事もどきを作りだしている。本当の責任はすべての人にある」(写真提供◎photoAC)

2023年に発表された世界幸福度報告書で、日本の幸福度ランキングは137ヵ国中47位でした。前年より順位が上がっている中、仕事や家庭、恋愛、老後などうまくいかずに悩んでいる人も多いのでは。経営学者の岩尾俊兵氏いわく、「一見経営と無関係なことに経営を見出すことで、世界の見方がガラリと変わる」とのこと。今回は、仕事との向き合い方についてご紹介します。新人が営業先で顧客の信頼を失ってしまったとき、どのような対応をすればいいのでしょうか。そこから見える、無意味な仕事が生まれてしまう要因とは——。

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組織の現状


もちろん新人に対して社会人の自覚を持たせるための叱咤激励は必要だ。

だがそれは「三手目」でいい。一手目はとにかく顧客の信頼を回復する策を練ることだ。二手目はこうした事態が起こった要因の分析と、営業活動が上手い課員の成功要素を抽出して他の課員(特に新人)と共有することである。

そうした対策を練らないと何度も同じ失敗を繰り返すだけだ。たとえば、自動車の運転においても、「事故を起こすな」という標語は何の意味もない。「飲んだら乗るな」「スピード出しすぎ注意」といった事故原因の分析に基づいた対策標語こそが必要となる。仕事もこれと同じことだ。

それどころか、変えられない過去を責め続けると、次から失敗は巧妙に隠されるようになる。失敗は上司が気付いたときには取り返しがつかないほどに肥大化するようになる。

ここまで読んで、自分もこれまで仕事ではない何かを作りだしてきたかもしれないと気まずさを覚える人もいるだろう。その何倍もこうした何かに苦しめられてきた苦い記憶を思い出した方も多いだろう。

残念なことに、むしろ無意味な何かを生み出すことを仕事だと思っていたり、恐ろしいことにこれこそが経営だと思っていたりする人もいる。

「制度的無能状態」という落とし穴


なぜここまで会社には真の意味での仕事/価値を創り出す「経営」をおこなっている上司がいないのだろうか。その一つの理由は、次に示すような「人は無能になる職階にまで出世する」という数理的に証明できる法則があるためである。


『世界は経営でできている』(著:岩尾 俊兵/講談社)

条件1:組織はピラミッド状であり複数の階層(職階)が存在すると仮定する。
条件2:ある職階において最も成績が良かったものがより上位の職階に就く(成績が悪い場合にも降格・解雇はされない)と仮定する。
条件3:複数の職階において求められる能力はそれぞれ異なると仮定する。
条件4:個々人が持つ能力値はランダムに割り振られ、異なる能力間に相関関係はないと仮定する。

これらは特に現代の官僚制組織ではありそうな状況だろう。

さてこの四つの仮定が揃うとどうなるか。

まず特定の職階で優秀だったものが次の職階でも優秀である確率は低い。ただし上位階層のポストの数は少ないのでこれ自体はあまり問題でもない。問題なのは、確率論的にいって「特定の職階では優秀だったが次の職階では優秀でない人」が多数いるということだ。

彼らは新しい職階では評価されないため、さらに上位の職階に進まずに適性のない職階にとどまることになる。こうしたことがあらゆる職階で起こると組織の上層部は無能だらけになるわけである。

数理的にいっても職階の数が多い組織ほどこうなる。ただしこれはあくまで先ほどの四つの条件が揃った場合であり、現実の健全な組織はこうした罠に陥らないように四条件のうち一つ以上を回避する手を打っているはずである(たとえば、組織で働くすべての人が本書を読むことで普段の仕事を経営視点で捉えるようになることでも、条件3・4の仮定は簡単に崩れる)。

といって仕事における喜劇の数々に苦笑しているばかりではいけない。

上司が無能だと笑うのは簡単だが現実はそう単純でもない。おそらくすべての人が大なり小なりこうした無意味な仕事もどきを作りだしている。本当の責任はすべての人にある。


「問題なのは、確率論的にいって『特定の職階では優秀だったが次の職階では優秀でない人』が多数いるということだ」(写真提供◎photoAC)

人間はみんな似たり寄ったり


たとえば我々はときどき自分の仕事に必要な製品・サービスを利用するために最も安い業者を探して外注したりする。「△△ 激安」と検索してみてインターネット上で最安値を見つけるのに血眼になる。しかし、その激安品によって節約される経費よりも検索に使った時間分の給料の方が高かったりする。

それどころか「安かろう、悪かろう」「安物買いの銭失い」とはよく言ったもので激安品はやはりそれなりに低品質で仕事の役に立たなかったりする。そうするとこの時間とお金は丸ごと無駄になるわけだ。

ほかにも事務における書類のチェックや、工場や建設をはじめとした現場仕事における検査においても、我々は大して見てもいないのに指差し呼称をしながら「ヨシ」などということもある。「大丈夫、前の人も見てるんだし」という具合だ。

残念ながら人間はみんな似たり寄ったりだ。前の人もまた「大丈夫、後ろの人も見てるんだし」となるのは当然だろう。こうして誰にもチェックされない書類や造形物が出来上がる。

逆説的だがこれらが例の「仕事ではない何か」のために作られたものなら被害はまだ少ないかもしれない。顧客がおらず欠陥に誰も気づきようがないためだ(不幸なことに造形物にもこうしたものが存在する。特に税金を投入された大規模な建物の約半分はこの類である)。しかし顧客が存在する製品・サービスでこれをやると大変なリスクとなる。

不条理・不合理を回避するには


また、我々は仕事が納期に間に合わなそうになると応援人員を呼ぶ。もちろんそれ自体は必要だ。だが、えてして我々はこうした状況において「人は多ければ多いほどいい」と錯覚する。そして増えすぎた応援人員に仕事の進め方を説明するうちに日が暮れていく。

さらには、こうした応援人員はまだ仕事に慣れていないため少なくとも当初は十分な量と質の成果物を出せないことが多い。

そのため我々は不安に陥り、成果物の定義を確認するための打ち合わせを乱発するようになる。しかし打ち合わせによって本来の仕事に必要な時間は失われている。そのため成果物は我々にとって満足いくものにならない。仕方なく打ち合わせの数をさらに増やす……という無間地獄に陥る。

すぐにマニュアルを作ってしまうというのも考えものだ。我々はマニュアルを作ったり、フローチャートを描いてみたり、ワークフローを確認してみたりすることで、仕事が終わったと早合点しがちである。だが冷静に現場を見回してみると、それらを作成したことで変わったのはせいぜい自分の机の汚さくらいである。

それどころか、マニュアルを関係部署に配って回ったところで人はマニュアルになかなか従わない。マニュアルがどれだけ改訂されても実際の仕事の方は創業当初から変わっていないという職場はごまんとある。

そのほかにも投資を集めるために理想的な語りとメディア露出ばかりに注力して成長が鈍ってしまい結局は投資家も逃げていく財務担当取締役から、会社に遅刻しないように全速力で赤信号を無視して事故に遭って遅刻どころの騒ぎではなくなる新入社員まで、こうした悲喜劇は数多くみられる。

仕事に携わるすべての人が経営の巧拙の当事者なのである。

このことに気づくだけでも、ここで挙げた不条理・不合理の多くは回避できる。

参考文献:
Deming, W. E.(1986). Out of the crisis. Cambridge, MA: Massachusetts Institute of Technology, Center for Advanced Engineering Study.
エリヤフ・ゴールドラット(著)・ラミ・ゴールドラット(監)・岸良裕司(監)・ダイヤモンド社(編)『何が、会社の目的を妨げるのか:日本企業が捨ててしまった大事なもの』、ダイヤモンド社、2013年。
岩尾俊兵『13歳からの経営の教科書:「ビジネス」と「生き抜く力」を学べる青春物語』、KADOKAWA、2022年。
岩尾俊兵・秋池篤・加藤木綿美『はじめてのオペレーション経営』、有斐閣、近刊。
大野耐一『トヨタ生産方式:脱規模の経営をめざして』、ダイヤモンド社、一九七八年。
Pluchino, A., Rapisarda, A., & Garofalo, C.(2010). The Peter principle revisited: A computational study. Physica A: Statistical Mechanics and its Applications, 389(3), 467-472.

※本稿は、『世界は経営でできている』(講談社)の一部を再編集したものです

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