「Social Animal Bond」のスクールドッグが、子どもたちの心を支える

2024年2月3日(土)8時0分 ソトコト


学校や子どもたちの学びの場に、訓練された犬を介在させる。そんな「スクールドッグ」というプロジェクトを始めた『Social Animal Bond』の代表・青木潤一さんと、ワンちゃんたちを取材しました。


そばにいるだけで心も体も、あたたかい。犬の大きな体、手足、毛並み、体温。その存在に、心が安らいでいる生徒は多い。

学校に犬が常駐して生徒に寄り添う。


そこに、犬が、いる。4本足の大きな体と、それを包む柔らかい毛。そっと触れて、なでていくと、じっとして「私」の手を受け入れてくれる。そして目が合うと、見つめ返して、また受け入れてくれる。そこにいて、寄り添うだけ。でもだからこそ、心から安心できる存在だ。


「私」は、子どもでも大人でも、誰だっていい。犬たちは人を選ばないから。そんななか、この「私」が生徒になるよう、犬の居場所として学校を選んで活動しているのが、『Social Animal Bond』の代表・青木潤一さんだ。青木さんは、学校にいる犬「スクールドッグ」の活動をしている。


キャップがトレードマークの青木さん。自宅兼事務所のある西粟倉村や近隣の各地で活動中だ。

取材で訪れたのは、鳥取県鳥取市内にある『クラーク記念国際高等学校連携校鳥取キャンパス』。ここには、スクールドッグのフルートがいる。学校長である青山太郎さんからの依頼を受けて、青木さんが派遣したのだ。安全に実施できるかどうかのヒアリングや、生徒たちの犬アレルギーの調査ほか、青木さんと共に学校に毎週1〜2回滞在する1年間のトライアルを実施中だ。現在は常駐に向けて、動いている。




さまざまな生徒が、フルートのいるテントに会いにやって来た。おもちゃで遊んだり、ハグしたり、おやつをあげたり、マッサージをしてあげたり、一緒に散歩に行ったり、隣に座ってのんびりしたりと、過ごし方はいろいろ。学校長の青山さんは「フルートと接した生徒が、僕らには見せないような表情をして『こんな一面があったのか』と驚くことがあります。フルートを通じて命を感じたり、自分の居場所を感じたりしてくれたらいいなと思います」と話す。



子どもに居場所を提供する仕組みをつくろう。


青木さんはなぜこの活動を始めたのか。尋ねると、こう教えてくれた。


「最初に就いた仕事が、特別支援学校の講師でした。その仕事で、それまで『教師ってこういうものだ』と考えていた概念が覆されたんです。生徒に対するサポートは多岐にわたり、それぞれ違っていて『ここに教育の本質がある』と思いました。2年目に一般の中学校へ移り、40人弱の生徒がいるクラスの担任教諭になったのですが、そこで感じたのは『一人ひとりの生徒をこんなにも見ることができないのか』ということでした」


そのクラスのなかにいたのが、不登校の生徒。「関係性をつくるのは容易ではありませんでしたが、時間を惜しまずにその生徒と過ごそうと努めました」と、振り返る青木さん。共に過ごし、話をすると少しずつ心が通じ、その生徒は登校できるようになった。表情が和らいでいき、卒業式にも参加できたという。


「誰かが寄り添う環境があればこうなるんだ、安心できる居場所があれば自ら道を切り開ける力が備わっているんだ、と感銘を受けました。でも彼は、進学した高校ではサポートを得られず、居場所はなかったようで、退学したんです」


マンパワーに頼らず、子どもたちを救えるようなシステムがないか──。そう考えているときに知ったのが、東京都内のある学校で始まっていた「動物介在教育」。これこそが、学校や子どもたちの学びの場に訓練されたスクールドッグを介在させる活動だった。犬である理由は、イギリスの『リンカーン大学』や神奈川県相模原市の『麻布大学』の各研究により、犬との触れ合いで児童のメンタルヘルスが改善すると明らかになっているからだ。


青木さんに犬を飼った経験はなかった。それでもすぐにその学校へ電話をし、話を聞いて「自分にもできそうだ」と確信したという。「犬を我が家のペットとして、毎朝職場へ連れて行って一緒に帰れば、できるのでは」と思い、管理職の上司に相談すると「責任をもって個人で活動するのなら」と許可が下りたのだった。


生徒や教員が普段の“殻”を脱ぐ。


2018年、青木さんはラブラドールレトリーバーのスーを迎えて、飼い始めた。盲導犬の訓練所から譲渡されたキャリア・チェンジ犬だ。彼らは吠えたり噛んだりはせず、人間に対して寛容で、スクールドッグに向いているという。特にスーは人間の子どもが大好きで、青木さんが中学校に連れていくと、生徒たちがスーのもとへどんどんと集まるようになっていった。



「学校の雰囲気がよくなったと感じました。一緒に散歩をしたり、お世話をしたりするなかでコミュニケーションが生まれるんですよね。時間をかけて、生徒が『実は友達がいない』『家庭でしんどいことがあった』などと、私に打ち明けてくれるようにもなりました」


何かを打ち明けられると、それを解決しようとアドバイスや意見を返してしまう人は少なくない。でも、犬たちは人の言葉は話さない。そんなノンバーバル(非言語)なコミュニケーションこそ、生徒たちが求めているものだったのだ。


「また、無表情でいることが多かった教員がスーに接して笑顔になり、生徒たちがどよめいたことも。スーが、生徒や教員が普段の“殻”を脱ぐ瞬間をつくってくれ、子どもの想いと大人の想いの間を取りもってくれているようでした」


スーは、生徒たちの心の支えになり、教員からも一目置かれる存在となって、中学校の卒業アルバムにスタッフとして紹介された。


生徒たちの落書き。来校したことがある複数のスクールドッグの名前が書かれている。

青木さんは、「この活動を事業化して、生徒と教員の懸け橋を増やしていけたら」と考えるようになる。ある生徒の「スーが自分の命を救ってくれた」という言葉に背中を押され、2021年に一大決心をした。15年間勤めた教員を退職し、家族と岡山県・西粟倉村へ移住したのだ。理由は、同村の雰囲気や、同村が未来を見据えて掲げる「百年の森林構想」に惹かれ、自らの教育観と通じるところがあると思ったから。そうして立ち上げたのが、犬との触れ合いを提供する『Social Animal Bond』だった。以来、近隣のまちのフリースクールや高校へ出向き活動している。



西粟倉村の『あわくら図書館』では子どもが犬に本を読み聞かせる「わんこ読書会」を毎月開催。犬に対して感情をこめて本を読むことで、子どもの自主性や自己肯定感を育むといわれる。(写真提供:『Social Animal Bond』)

2022年、青木さんは『一般社団法人日本スクールドッグ協会』を立ち上げた。今後は資格研修制度などを通して全国に広めようとしている。子どもたちのそれぞれの居場所が増え、生きやすい世の中になることを願って。「Doing(何をするか)よりもBeing(存在。どうあるか)が大切だと、子どもたちに感じてもらえたらと思っています」。


青木さんとスクールドッグたち。右がスー、左がアスラン。高校へ派遣されているフルートは不在だったが、西粟倉村の拠点で3頭のスクールドッグと過ごしている。

『Social Animal Bond』・青木潤一さんの、ローカルプロジェクトがひらめくコンテンツ。


Book:子どもたちの仲間 学校犬バディ
𠮷田太郎著、高文研刊
東京で「動物介在教育」を実践していた著者が、事例をまとめた書籍。犬が子どもたちに提供したものなどが綴られ、読んで目からウロコでした。「これは子どもたちにとってとてもいい活動だ」と、直感的に思いました。


YouTube:I JUST SUED THE SCHOOL SYSTEM
アメリカのラッパーが、学校システムを告訴した動画。一方通行の教育でいいのかと悩んでいた頃に見て、教育の課題は万国共通なのだと考えさせられ、共感しました。人と関わることの大切さは変わらないと感じました。


Report:レポートカード16 子どもたちに影響する世界
ユニセフ・イノチェンティ研究所著、日本ユニセフ協会訳・刊
員を辞めて事業を始めるきっかけになった報告レポート。このユニセフのレポートで「日本の子どもたちが精神的に健全な状況ではない」と知りました。「動物介在教育」がいいきっかけになるのではないかと思うことができた資料です。


photographs by Yuta Togo text by Yoshino Kokubo


記事は雑誌ソトコト2024年2月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

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