世界自然遺産の島・屋久島のお茶と、島のこれから。

2024年2月5日(月)6時30分 ソトコト


屋久島のお茶と、島のこれから──渡邉桂太さん。


鹿児島県・屋久島で1985年に創業した『八万寿茶園』(はちまんじゅちゃえん)。2017年にUターンし、2代目として茶園を営むのが渡邉桂太さんだ。妻・麻里子さんと共に、屋久島の魅力を伝え、コミュニティを育む活動にも尽力する桂太さんに、お茶づくりのこと、そしてこれからの屋久島のあり方について伺いました。


『八万寿茶園』の茶畑に立つ渡邉桂太さん。「自然本来の味を楽しめるのが屋久島のお茶の魅力だと思います」。

ステージをつくり上げる仕事から、お茶の世界へ。


屋久島に生まれ、一度は島を出た屋久島高校の同級生ら3人が帰島し、「島のために何か産業をつくりたい」という想いを胸に創業した『八万寿茶園』。1985年の開園当初から無農薬、有機栽培を実践し、「人に自然に正直なお茶づくり」を心がけている。


木々が囲み、心地よい風が吹き抜ける環境の中、お茶が栽培されていた。

そんな茶園の2代目として、島を軸に奮闘するのが渡邉桂太さんだ。桂太さん自身も、島外の高校へ進学。その後、コンサートの音響技術などを学ぶ学校へ進み、卒業後はライブハウスを運営する会社に就職。音響や照明を担当し、島外で刺激的な日々を送っていた時期がある。


「みんなで一つのステージをつくる、役目は違うけど、みんなでお客さんを楽しませるという作業がとにかくおもしろかった。でも、同時にやっぱり長くはできないなと思うところもありました。僕が一人っ子だったということも大きかったですね。徐々に実家のお茶のことを考えるようになっていったんです」


2012年、会社を辞めた桂太さんは、妻である麻里子さんと共に、お茶の道を進むと決めた。最初は、「東京で、屋久島のお茶のことを伝えることはできないか」と、日本茶カフェで働いたり、日本茶インストラクターの資格を取得したりと、まずはお茶にまつわる知識や経験を深めていった。マルシェに出店し、お茶を販売したりもした。2015年には東京・中野区で『八万寿茶舗』という店舗を開店。「お茶を飲めて買える場所であり、お茶以外にも屋久島の特産品を販売していました。やっぱり屋久島自体をPRしたいという気持ちが根底にありましたから。東京で定期的に屋久島のイベントを開催する中で、人とのつながりも増えていって。そういう意味では、よい経験だったと思います」。


農園に立つ渡邉桂太さんと麻里子さん。島外出身の麻里子さんだが、屋久島での暮らしは「豊かで楽しい」と話す。


意識は、島のPRへとより向かっていった。


店を切り盛りしながら、忙しい新茶の時季は実家の農園を手伝うということを続けていた二人は、2017年春に、再び転機を迎える。茶の摘採期真っ盛りに、農園のスタッフが事故に遭ってしまう。少ない人数で回していた農園、かつ、専門的な部分を担当していたスタッフだったため、代わりはすぐに見つからない。桂太さんは、島に帰る決心をした。「東京でもう少しお店を続けたい気持ちはあったんですけれど、でも、売るお茶がなかったら、お店をすること自体できないですからね」。


島に戻ると改めて屋久島の持つ環境のよさ、自園の茶の可能性に気づく。「害虫がいたり、それを食べる天敵がいたり、そういう生態系のサイクルの中で、自然まかせに近いようなかたちでお茶づくりをできているのが、うちのお茶づくりであり、それは屋久島という環境があってこそだと改めて思いました」。


二人が島に帰ってきてから、とりわけ積極的に行っているものの一つに、お茶を使った新商品の開発がある。背景には危機感があった。「屋久島では2017年から、農業生産額の第1位がお茶になっているんです。栽培面積ではポンカンやタンカンなどの柑橘が多いのですが、生産額になるとお茶が圧倒的。にもかかわらず、屋久島茶を島民でさえ知らない人がいる。さらには、観光客が屋久島でお茶に触れる機会があまりにも少ないことに気づいたんです。お茶を飲むだけでなく、より手に取ってもらう機会を増やしたいと思い、お菓子などの商品を企画・販売するようになりました」。


パッケージにイラストを用いた、お茶を使った加工品の数々。右下から時計回りに、「種子島黒糖と屋久島茶のくるみ菓子」、「お茶あめ」、「茶そば」。

たとえばお茶を使った飴である「お茶あめ」は、もともと店で取り扱っていた商品だが、内容量を減らし、手に取りやすくし、さらにパッケージに島の伝統的な「岳参り」の風景をイラストで入れ、島の文化が伝わるように工夫した。「種子島黒糖と屋久島茶のくるみ菓子」は、種子島でサトウキビの栽培から黒糖の生産、菓子製造などまで手がける『日昇製糖工場』とのコラボ商品。黒糖とくるみを使った伝統的な菓子に、『八万寿茶園』のお茶の粉末を合わせたもので、売り切れになるほどの大ヒット商品となった。


ほうじ茶を使ったノンアルコールのクラフトビール「雨奇晴好」。鹿児島県出身のデザイナー・竹添星児さんによるラベルも好評。

2023年に発売したほうじ茶を使ったノンアルコールのクラフトビール「雨奇晴好」は、屋久島の美しい風景の中で乾杯してほしい、という想いから生まれたもの。そのほか、原材料として『八万寿茶園』のお茶をカフェやレストランへ卸し、新たなメニューもたくさん生まれているとも。取り組みのかいもあり、桂太さん、麻里子さんは、徐々に”屋久島とお茶“がリンクする人が増えていると、手応えを感じているという。




島の恩恵を、次世代につなぐ活動を深めていきたい。


島で活動を続ける中で、桂太さんの役割も徐々に変化していった。2019年に島で開催された「やくしまオーガニックマーケット」では、桂太さんは実行委員長として関わった。屋久島で農薬や化学肥料を使わずに農産物を生産する生産者を含む40近くの店が出店。ライブや、ヨガ教室のブースも設けられ多くの島民が集った。イベントを開催した背景を、桂太さんは話してくれた。「屋久島は世界自然遺産の島として知られていますが、うちを含め、オーガニックな農業を実践されている農家さんが結構多いことは案外、知られていなくって。農家同士はもちろん、違うコミュニティの人たちとの交流が増えていったら屋久島の認知度が別の角度から上がるのと同時に、何かものすごいものが生まれる気がしたんです」。



2023年11月25日に『屋久島離島開発センター』で開催された「屋久島世界自然遺産登録30周年シンポジウム」では、桂太さんはシンポジウムを盛り上げるイベントを取り仕切り、トークセッションにも登壇した。イベントの出店者は、桂太さんが直接声がけをして集まってくれた団体やメンバーであり、その顔ぶれが実に興味深かった。屋久島の森や命のめぐりを、木育のワークショップなどを通じて伝える「木繋プロジェクト」や、海洋プラスティック問題を考える『うお泊屋久島』、屋久島高校の生徒自らが考え出した木工体験を提供する「未来LABO」、国際的な写真祭の開催と同時に島の集落の貴重な記録写真をアーカイブしていく取り組みなども担う『屋久島国際写真祭』など、実に多彩かつ、未来を感じさせるものばかりだ。




「世界自然遺産の島として、日本はもちろん、海外からも観光客が訪れ、観光によって暮らしが成り立っている部分もあります。だからこそ、世界自然遺産というものの解像度を高めて考える必要があると思うのです。根底にあるのは、美しい自然であり、森であり、それらを守ろうとする島の人々です。オーガニックな農業もそうですが、恩恵を受けた自然のことを考えたら、自然に優しい農業のかたちになっていったのは、ある意味では素直な流れなのかもしれません。僕ら世代は、もう十分に恩恵を受け取っています。それを次に渡す役割があると感じています。お茶だけでなく、島の次の30年後につながる活動を、これからもっと深めていければと思っています



『八万寿茶園』・渡邉桂太さんの、ローカルプロジェクトがひらめくコンテンツ。


Art Festival:屋久島ファウンド・フォト・アーカイブス・プロジェクト
国際的な写真祭を開催する、NPO法人『屋久島国際写真祭』の取り組みで、屋久島内にある26の集落の一般家庭に眠るアルバムから写真を集約し、次代につなぐ試み。僕の地元である永田集落でもプロジェクトをやってほしいと画策しています!


Community:鹿児島離島文化経済圏
鹿児島の離島の課題を価値に変える共創型コミュニティ。それぞれの島で、みんなゴールが見えないまま走っていると思うんですけど、その答え合わせができる心強いコミュニティ。島同士がつながって、新しい取り組みも生まれています。


Newspaper:屋久島経済新聞
屋久島の、鮮度のいい記事がたくさんあって、とても勉強になります。やっぱり、住んでいる地元や島のことって知らないことが多いじゃないですか。それをていねいに取材し、発信している貴重なニュースメディアだと思います。


photographs & text by Yuki Inui


記事は雑誌ソトコト2024年2月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

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