診察での「今日はどうしましたか?」に対するベストな答えとは…小児科の開業医が明かす〈患者との距離問題〉

2024年2月19日(月)12時30分 婦人公論.jp


クリニックが混雑していても、医師からの問いに簡潔に答えなければと必要以上に焦る必要はないとのことで——(写真提供:Photo AC)

厚生労働省が発表した令和3年度の医療施設調査によると、全国の医療施設は 180,396 施設で、前年に比べ 1,672 施設増加しているとのこと。20床以上の病床を有する「病院」は33 施設減少している一方で、19床以下の病床を有する「一般診療所」は 1,680 施設の増加となりました。「一般診療所」が増える中、小児科医として開業した松永正訓先生が、開業医の実態を赤裸々に明かします。今回は、医者が感じる患者との距離感についてご紹介します。クリニックが混雑していても、医師からの問いに簡潔に答えなければと必要以上に焦る必要はないとのことで——。

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まるで、「ラーメン、ギョーザ、以上」みたいな会話


開業医の診察は3分診療だと揶揄されたりするが、それは慢性疾患の患者が安定した状態に入っているときだけであって、初診の患者が何か困ったことがあってクリニックにやってくれば、医者としてはできるだけ話を聞きたい。

だから、予診表に「鼻水・咳の感冒症状がある」に○が付いていても、ぼくは必ず「今日はどうしましたか?」と声かけする。

こういう質問の仕方をオープンクエスチョンという。一方、クローズドクエスチョンとは「熱はありますか?」「咳はありますか?」という形のことを指し、こうした質問に対する答えとしては「はい」「いいえ」になってしまう。

したがって医療の世界ではクローズドクエスチョンで患者に質問はしないというルールになっている。

ところが、である。ぼくが「今日はどうしましたか?」とオープンクエスチョンで尋ねても、「鼻水と……咳と……」と返事されることがあり、非常にがっかりする。これでは「ラーメンと……ギョーザと……以上で」と同じである。ぼくとしては、いつから、どういう症状があり、それによってどのくらい困っているのかを知りたい。

クリニックでは密なコミュニケーションを


患者家族としてはクリニックが混雑しているのが分かっているので、つい、簡潔に言わなければいけないと思っているのかもしれない。だがそれは誤解である。医者だってちゃんとコミュニケーションを取りたい。

困っている人がいれば助けたいのだから、どう困っているのかぜひ伝えてほしい。医者がせかせかと忙しそうにしていることにも責任があるのかもしれないが。

ただ、オープンクエスチョンに答えるのはあんがい難しいという意見を聞いたこともある。ある出版社の女性編集者とこの問題について話していたら、「今日はどうしましたか?」とオープンで聞かれると、何をどこまで深く話していいか、一瞬フリーズしてしまうのだそうだ。そう、それは確かにありうる話だろう。

では、あらかじめ伝えたいことをまとめておいたらどうだろうか。ぼく自身もときどき病院やクリニックを受診する。そのときは、やはり伝えたいことを事前に整理する。場合によっては書き出す。

そんなオーバーな……と思う読者もいるかもしれないが、クリニックで診る病気は軽症だけとは限らない。もっとお互いコミュニケーションを密にしてもいいのではないだろうか。

パパとママでコミュニケーションに差


コミュニケーション力ということで言うと、一般的に女性は男性よりはるかに上手な人が多い。挨拶もちゃんと返してくれるし、言葉のキャッチボールもうまい。診察の要点をちゃんと復唱して確認してくれたりする。

概して女性の方が声が高く、男性の方が声が低い。この当たり前の事実は実はコミュニケーション力に深く関係している。これは開業医になるまで気がつかなかった。高い声はよく通る。子どもがギャン泣きしていても、会話が成り立つ。しかし男性の声は聞き取れない。

その一方で、待合室から診察室まで母親の声が聞こえてくることはまずない。ところが父親の野太い声は診察室まで響いてくる。太い声が耳に入ると、ついこちらとしては緊張する。

おそらく太古の時代から、男は闘争で生きてきて、女はコミュニケーションで生き延びてきたからではないか、などと思ってしまう。

最近は父親もかなり育児に参加しているようで、ぼくが開業した17年前と比べて、子どもを連れてくる父親がずいぶんと増えた。特に土曜日は会社が休みのせいと思われるが、若い父親がよくやってくる。

お父さんががんばって赤ちゃんを抱っこしたり、抑えたりする姿を見ると、こちらとしても応援したくなるが、いかんせん普段、子育てにかかわっていない男親の抱っこは下手である。赤ちゃんをうまく抑えることができず、父親の膝の上からずり落ちそうになったりする。おそらく、赤ちゃんを強く抱えることが怖いのであろう。あるいは緊張しているのかもしれない。

つい緊張するお父さん


こんなこともあった。

お父さんが3歳の子を連れてきた。お子さんは、昨日からお腹が痛いのだそうだ。子どもの腹痛は胃腸炎か便秘でほとんど説明がつくが、中には怖い病気も隠れている。だからしっかり診る必要がある。

「じゃあ、お父さん。靴脱いで診察台に横になって。お腹を診ますね」

「はい、分かりました」

お父さんは子どもを自分の膝から降ろし、何やらゴソゴソやっている。見ると、お父さんが診察台に上ろうとしている。

「ちょ、ちょっと!何をしているんですか?診るのはお子さんのお腹ですよ」

これって、やはり緊張のせいなのかも。

さらにこんなことがあった。

お父さんが1歳の子を連れてきた。数日前から咳が始まり、だんだんひどくなってきて、夜も起きてしまうそうだ。お父さんの膝の上に座ったお子さんは、ゴホゴホと痰絡みの咳をしている。こういうときは、風邪で収まっているか、気管支炎にまで広がっているのかを知るのが重要。したがってぼくはさっそく聴診器を耳に装着して声をかけた。

「では、胸の音を聴きますからね」

子どもの衣服をめくってもらうように、ぼくは手のひらを上に向けて、下から上へ持ち上げて言った。

「むね、あけてください」

「はい、分かりました」

お父さんは、お子さんの両脇に手を差し込むと、子どもをリフトアップした。

「うえ、あげて、どうするんですか!胸を開けてください」

いやあ、これも緊張していたんだろう。実に愛すべき父親の姿である。でも、ぼくも人のことは言えない。


イメージ(写真提供:Photo AC)

研修医時代の思い出


研修医だった頃、病棟で患者の呼吸が止まりそうになった。指導医がぼくに向かって「酸素バッグ、持ってこい!」と叫んだ。ぼくは処置室の棚から「アンビュー」と呼ばれる酸素を肺に送り込む楕円球の形をしたバッグを手にした。病室に駆け込むと、先輩の先生が怖い顔で大声を出す。

「早くしろ、バッグ、バッグ!」

「はい!」

ぼくはピタリと足を止めて、一歩二歩と後ろへ後ずさった。

「ばか!バックじゃねえよ、バッグだよ!」

人は緊張するとこんなものである。

男はときどき何かを「しでかす」ことがあったりして、ちょっとコミュニケーションの力が弱かったりするが、これからはますます男も育児の時代である。どんどんお子さんを連れてクリニックに来てほしい。

2019年にはお父さんとラグビーワールドカップの話で盛り上がったこともあった。こういう話題になると、男親との方が話が弾んだりする。

うちにもまだ大学生の子がいて、まだまだぼくのサポートを必要としている。ぼくの子育てはまだ完了していない。世のお父さんたち、お互いにがんばろうではないか。

もっともっと会話をしよう。それがぼくから患者家族へのメッセージである。

※本稿は、『開業医の正体——患者、看護師、お金のすべて』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです

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