元気なうちに終活を。還暦前に中古マンション購入した栄子さん。物を処分し、1DKに荷物を収めた

2024年4月13日(土)12時30分 婦人公論.jp


写真提供◎photoAC

昨年は、モトザワ自身が、老後の家を買えるのか、体当たりの体験ルポを書きました。その連載がこのほど、『老後の家がありません』(中央公論新社)として発売されました!(パチパチ) 57歳(もう58歳になっちゃいましたが)、フリーランス、夫なし、子なし、低収入、という悪条件でも、マンションが買えるのか? ローンはつきそうだ——という話でしたが、では、ほかの同世代の女性たちはどうしているのでしょう。今まで自分で働いて自分の食い扶持を稼いできた独身女性たちは、定年後の住まいをどう考えているのでしょう。それぞれ個別の事情もあるでしょう。「老後の住まい問題」について、1人ずつ聞き取って、ご紹介していきます。

* * * * * * *

前回「シングル定年女性、老後の家をどうする?いつまで働けるのか、折り合いの悪い母と住むか、家を探すか…連立方程式のような「老後モラトリアム」」はこちら

介護福祉士の栄子さん(仮名、60)


東京で、正社員として大企業に40年近く勤め上げても、退職金がもらえたとしても、老後は厳しい生活が待っています。女性の給料が低いため、年金も多くないからです。勤務先が中小企業や小規模事業者ならばなおのこと。

地方ならば、もっと給与も低く、その分年金の受け取りも少なくなります。そんな低年金生活を見越して、還暦前に「老後」の準備を始めたのが、東北地方の県庁所在地に住む介護福祉士の栄子さん(仮名、60)です。中古マンションを3年前に買い、VIO脱毛も始めました。

栄子さんが買ったマンションは、県庁所在地のJR駅から徒歩10分ちょっとの場所にあります。新幹線も乗り入れる駅前には、スーパー、飲食店、量販店、ブティックから映画館、コンサートホールまで、何でも揃っています。空港行きリムジンのバス停も自宅から徒歩1分。東京や行楽地には、飛行機でも新幹線でもすぐに出掛けられます。

さらに、内科、整形外科、歯科などクリニックや総合病院、有名な隠れ家レストランやバー、繁華街、銀行、郵便局、産直の農林水産物売り場まで、マンションから徒歩10分圏内にあります。住むのにはとても便利な立地です。少し遠いのは役所くらい。実家も、歩いて10分強で着きます。

「年を取って、車が運転できなくなっても、ここなら暮らせると思ったの」と、栄子さん。

車社会のこの市では、家族全員が一人一台、車を持っているのが普通です。バスなど公共交通機関は本数が少なく、車がないとどこに行くのも不便なためです。でも、栄子さんも、二人きょうだいの兄も独身。老後に面倒を見てくれる親戚はいません。

将来、車を手放した後も、自分のことは自分で始末をつける覚悟です。なので、「老後の終の住処」は、駅にも近く、歩いて全ての用事が済ませられる、このエリアを希望しました。

それなら買ったほうがいい


栄子さんがマンション購入を考えだしたのは50代半ば、4〜5年前のことでした。父はすでに他界し、兄は仕事で国内を飛び回っています。高齢の母は実家の一戸建てで実質的に独り暮らし。20代で実家を出た栄子さんは、いくつかの転職を経て、いまは高齢者福祉施設で正職員として働いています。

介護福祉士という仕事柄、日常的に、高齢者に接してきました。そして同僚や先輩から、「高齢になったら家を貸してもらえない、貸してくれるとしても古くて汚いところしかない、新築のきれいな物件になんて住めない」と聞きました。

栄子さんがその頃住んでいた賃貸アパートは、1LDK、40平米強。駐車場込みで家賃は6万円弱。スーパーまで徒歩数分、コンビニまで徒歩1分と、生活は便利でした。

でも、そのアパートに、「ずっと住み続けられるんだろうか。ほかに貸してくれるところが見つかるんだろうか。働いて収入のある今はまだ貸してくれるけれど、年を取って年金生活になったら、借りられるのかしら」。栄子さんは、そう遠くない「定年後」を想像して、恐怖しました。

「それなら買ったほうがいいと思って。身の丈に合った物件を買って、身の丈にあった暮らしをしようと思って」

地方都市でも最近、東京の不動産好調の余波か、新築マンションがばんばん建っています。栄子さんの住む市でも新築がブームで、駅前に3000万円台からの新築マンションが数棟、建設中です。定年退職で東京からUターンする地元出身者が、東京より安いと購入するのだとか。

でも、栄子さんの狙いは、そうしたお高い新築ではありません。現金で買える中古マンションです。はなからローンは考えませんでした。中古でも、全面リフォーム済みの1000万円超の物件なんて対象外。こつこつ貯めてきた貯蓄で買える範囲、数百万円の予算で、1LDKを探しました。

地方都市あるある


年を取った後、地震などの災害時にエレベーターが使えなくなっても困らないように、階数は2階か3階を希望しました。築古物件を数百万円で購入して部分的にリフォームしようと、リフォーム代もある程度、覚悟していました。

老舗の不動産仲介業者に仲介を依頼し、物件が出るたび内見に行きました。メーンの駅前、繁華街の近く、官公庁街、古くからの町並みのエリア、……。住宅街にあるマンションも見ました。でもやっぱり、住宅街じゃ、免許証を返納したら生活できそうにありませんでした。

駅周辺でも、いまのマンションと逆側のエリアも見ました。でもスーパーや商店、クリニック、それに実家にも、(徒歩数分の差ではありますが)遠くなります。やっぱり、いま住んでいる辺りが魅力的でした。

10戸近く見ましたが、良い物件には出会えませんでした。「地方都市あるある」でしょうが、そもそもワンルームや1DK、1LDKといった単身者向けのマンションが、この市にはあまり建築されていないのです。


写真提供◎photoAC

東京からの転勤族だって、単身赴任より家族帯同のほうが多く、マンションも家族持ち用の2LDK、3LDKが主流です。栄子さんの希望に合った1LDKは在庫が少なく、ゆえに比較的、強気の価格帯です。予算内の物件はなかなか市場に出てきません。

そのうち、1LDKだけでなく、1DKや2DKも見始めました。ある2DKの物件では、「2部屋をつなげて、1LDKにリフォームして住めばいいか」と思いました。ところが内見後に担当者が、「このマンション、自殺があったんです」とぽつり。当該住戸ではありませんが、と言われましたが、衝撃発言です。

栄子さんは内心、「きゃ〜。イヤ〜!! そんなの絶対買わないわよ〜!」。動揺を見せないように、「そ〜ですか〜」と応えましたが、もちろん断りました。別の物件では、内見後、「ここにしようかなあ」と迷っているうちに、「売れてしまいました」と連絡が来ました。

年を取ると広い家は要らない


そんな中、今の物件を紹介されました。1DKで30平米弱、南向き。12階建ての2階。築36年の新耐震物件で、オートロック、管理人常駐。東京の大手デベロッパーの開発物件で、総戸数は約60戸。規模のおかげもあってか、外壁やエントランス周りもきれいにメンテナンスされていました。

「ご希望よりちょっと狭いんですが……」。40平米の1LDKに住んでいる身からすると、30平米弱の1DKは狭すぎます。1部屋まるまる足りません。でも、栄子さんは内見してみました。

ところが。思いの他、栄子さんはこの部屋が気に入りました。まずは、総面積に比して大きな、横幅180センチ近いシステムキッチン。投資物件として賃貸に出していた県外在住の売主が、数年前にレンジフードと三ツ口のガス台を交換したばかりでした。

風呂場は2点ユニット(風呂と洗面台が一体)でしたが、トイレは別、洗濯機置き場も室内でした。南に面した掃き出し窓の向こうは駐車場で、2階ながら明るく、目の前を遮るものはありません。

何よりの利点は立地です。駅や実家、病院への近さ、買い物の利便性——「便利かも。ここなら、車がなくなってもまあ何とかなりそう」。「ここに決めます」

でも、栄子さん。さすがに1部屋分ないと、荷物が入りきらないのでは? それまで栄子さんは、家具や食器にも凝って、部屋はおしゃれに飾っていました。子どもの頃からバレエやダンスをしてきてスタイル抜群の栄子さんは、着道楽です。洋服はクローゼット2棹分以上、和服も着物箪笥1棹以上、持っていました。モトザワの心配に、栄子さんはこう答えました。

「だって……介護の仕事をしているとよく分かるんだけど、年を取ると広い家は要らないの。部屋がいくつもあっても、使わないの。ただの物置になるだけ。実家の母もそうだったけど、最後は居間にベッドを持ってきて、リビングだけで、手の届く範囲だけで暮らすようになるの。施設のお年寄りだってそう。それを見ていたら、『ああ、広い部屋なんて要らないかも』、って思ったの」

敢然と断捨離を実行


確かにそうです。年を取ったら、むしろ、荷物は捨てるべきです。多くの高齢者が、終活で、荷物の整理に苦労します。「老後の家」なのに、荷物が入るように広い部屋を買うなんて、無理、無駄、方向性が真逆、本末転倒、と栄子さんはばっさり。

でもまだアラ還なのに、終活は早すぎでは?というモトザワの呟きには、栄子さんはびしっと反論しました。「60代から終活は始めないと。70歳を過ぎたら断捨離は無理。体がきかなくなるし、捨てる胆力、気力がなくなるし」。高齢者の実態を長年見てきたプロに言われると、ぐさりと刺さります。

そこで栄子さんは、マンション購入を決めたら、断捨離を始めました。「すっごい捨てました」。こだわって買った大きな箪笥や本棚はリサイクル店へ。数千円でしたが引き取ってもらえました。誰かが使ってくれるのなら心残りはありません。


『老後の家がありません』(著:元沢賀南子/中央公論新社)

集めていた食器も、多過ぎて使わないものは捨て、高級品だからとしまい込んでいた皿やグラスは、普段使いするように箱から出しました。本もほとんど廃棄。「だって何十年と読まなかったんだから、もう読まないでしょ」。洋服も整理して、捨てるかリサイクルしました。

ブランドものの高かった服は、デザインが古くても、いま普段着で着ています。1、2シーズン着て気が済んだら処分します。和服は、二束三文でしか売れないので、古いものはゴミに。高価な着物は、友人との飲み会や観劇時に惜しげなくどんどん着ています。着倒して、汚れたら捨てるつもりです。

実は、新居に引っ越した少し後、栄子さんの母が亡くなりました。母の遺品整理のついでに、栄子さんは実家に置いてあった自分の荷物も処分しました。子ども時代の工作だの、思い出の品だの、「全捨て」。

古い写真も、数枚だけ手元に残し、中学と高校のアルバム以外は処分しました。もったいなくない?と聞いたモトザワに、「ここ10年、見たことないのよ。この先、見ることがあると思う?」でも、暇を持て余した老後に、昔の写真を繰って思い出に浸る、なんて機会があるかも?

「だって、いつかは捨てないといけないんだから。写真なんて、私が死んだらただのゴミよ」。敢然と断捨離を実行した結果、1DKの新居に荷物は入りました。なのに栄子さんは、まだ断捨離は終わっていない、まだ服を捨てられる、もっともっと捨てたい、とやる気満々です。

〈後編に続く〉

婦人公論.jp

「マンション」をもっと詳しく

「マンション」のニュース

「マンション」のニュース

トピックス

x
BIGLOBE
トップへ