町田樹が考察するアイスショーの現状と問題点、公演数の増加とチケット代の高騰による「インフレ」をどう乗り切るか

2024年4月18日(木)8時0分 JBpress

文=松原孝臣 撮影=積紫乃


観客動員に対する懸念

 昨シーズン、しばしばフィギュアスケート関係者から聞かされた話がある。アイスショーなどの観客動員に対する懸念だ。

フィギュアスケートには競技として行われる大会に加え、ショーとして行われる公演がある。それがアイスショーだ。競技から退いたプロスケーターに加え、現役の選手も参加する。演じられるプログラムはアイスショー用のものであったり、現役選手なら大会で用いる作品を披露したりする。スケーターの集団による滑りも見られる。

この十数年、アイスショーはさまざま開催され、チケットを発売すれば即日、あるいは速やかに売り切れることも珍しくない人気を誇った。だがここに来て、空席が目立つアイスショーもあり、チケットの売れ行き速度も鈍る傾向にあるという。公演を打てばただちに満員になるのが当たり前という状況から変化している感があるのは否めない。

 アイスショーについて考えるとき、思い浮かぶ一人の人物がいる。町田樹である。競技者として活躍したのちプロスケーターとして他と一線を画す独創性を発揮。また研究者として着実に地歩を固め、今春、國學院大學人間開発学部健康体育学科准教授に昇任した。

これまでもフィギュアスケートにまつわるさまざまなテーマについて深い洞察を示してきた町田は、現状をどのように捉えているのか。課題はどこにあるのか。向かうべき方向は——フィギュアスケートを多角的な視点からみつめてきた知見を知るべく、訪ねた。


アイスショーはインフレ時代に突入

「私は今、『プリンスアイスワールド』(以降、PIWと略記)の公式アンバサダーを務めていて、裏方でショーのマネジメントを手伝っています」

 町田は言う。日本のアイスショーの草分けとして知られるのがPIWだ。スケーターを多数雇用し、カンパニー形式であることも特色だ。

「PIWは今年度が45周年、あと5年経てば半世紀というアニバーサリーを迎える日本で最も伝統あるアイスショーです。ただし、PIWも決して安泰というわけではなく、さまざまな企業努力を行わなければならない時代に入ってきています。その中でどう永続的かつ安定的にショーを運営していけるかを考えて、現在PIWはリブランドに取り組んでいます。ショーのマネジメントに関する戦略を考える上で私自身、試みに2023年度のアイスショー一覧を出して調べてみました」

 取り出した表には多くのアイスショーが記載されている。

「とても多いですね。毎週末アイスショーがどこかで開かれているような状況なわけです。加えて10年前と比べると軒並み20〜30%ほどチケット価格が上昇し、急激なインフレを起こしています」

 実際、多くのアイスショーでは、チケット代の値上げが続いてきた。

「いま、日本全体がインフレ時代に突入していますが、アイスショーの価格の上昇率は非常に高いために、観客の負担がかなり増していっています。一般の方々にとってアイスショーは価格弾力性が高い——価格の変動が需要に大きく影響する——サービスだと推測できるため、この顧客層の需要は落ちているのではないでしょうか。ゆえに、現在のアイスショーは主に複数回鑑賞する熱烈なスケートファンの方々によって支えられていると考えられますが、チケット代が高騰しているためにリピーターとしてチケットを購入することが難しい状態と言えるでしょう」

 例えばPIWを例にすれば、開催期間中のある1公演だけではなく、何回も通うファンの人がいる。チケットが高くなれば、通う回数分、金銭的な負担が増えることになる。

「公演を打っても打っても満員御礼という状況であればいいのかもしれませんが、残念ながら現在は全てのショーがそういう状況というわけではありません。市場原理からして、出し過ぎたものは蛇口の栓を閉めて供給量を減らすということをしないと需給のバランスがとれません。まさにアイスショー産業はそのような必要性に迫られていると、私自身は感じています。本来ならアイスショーの各ブランドが一堂に会してどう戦略を立てていくのか、産業全体を総合的に統括するような観点や仕組みがあってしかるべきだと思います」

 全体の公演数の増加、チケット代の高騰などがあいまって、懸念が生まれる今日があると分析する。


さらなる問題とは

 一方で、アイスショー全体の公演数が増加してきたのは、アイスショーの人気が高まる時期が何年にもわたって続いてきたからと言うことができる。

「おそらくこの10年のアイスショー産業の成長というのは競技の世界が牽引してきたと思います。2006年のトリノオリンピックで金メダルを獲った荒川静香さん以降、世界トップスターがたくさん誕生しました。そのネームバリューでアイスショーが成立し、観客やファンがついてくる状況がありました。スター選手がアイスショーに参加し、競技会から引退してもそれぞれのアイスショーで頑張っているわけです。けれども、プロの一線で活躍できる期間もそう長いわけではありません。そういう意味では次世代のスターをアイスショーは求めています」

「ただ」、と続ける。

「スターの出現率はたぶん、これからはどんどん落ちていくことになると思います」

 その理由をこう語る。

「誤解していただきたくないのですが、次世代のスケーターの能力が低いからとかそういうこととは全く別次元の理由からです。実際、今を輝くスケーターあるいは次世代のスケーターの競技能力は右肩上がりで高まっており、驚くべき高水準です。ゆえに日本は依然として優れたスケーターを世界に輩出し続けています。

 では、なぜそれとは反比例してスターの出現率が低下するのかといえば、ここまで日本フィギュアスケート界が、スポーツとして加速度的に成長・発展してきたがために、おおむねメディアや一般市場が好きそうなサプライズを全部起こしてきてしまったということがあります。例えば世界選手権やオリンピックの初優勝や連覇だったり、◯◯ジャンプ初成功というようなメディアバリューがあって、キャッチーに一般の方々に訴求していくからこそ、アイスショーも隆盛するというような好材料が出尽くしている感があります。ここが1つ難しいところではあるな、と私個人では思っています。もちろん、この予測を裏切るような結果になってほしいと切に願っています」

 アイスショーの人気を高めてきた要因が今後は薄れゆくであろう中、どう取り組めばよいのか。町田はいくつかの提言をする。           (続く)

町田樹(まちだたつき)スポーツ科学研究者、元フィギュアスケーター。2014年ソチ五輪5位、同年世界選手権銀メダル。同年12月に引退後、プロフィギュアスケーターとして活躍。2020年10月、國學院大學人間開発学部助教となり2024年4月、准教授に昇任。研究活動と並行して、テレビ番組制作、解説、コラム執筆など幅広く活動する。著書に『アーティスティックスポーツ研究序説』(白水社)『若きアスリートへの手紙——〈競技する身体〉の哲学』(山と溪谷社)。4月27日には世界的バレエダンサーである上野水香、高岸直樹とともに「Pas de Toris——バレエとフィギュアに捧げる舞踊組曲」に出演、振付・演出も手がける。

筆者:松原 孝臣

JBpress

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