Q. 内臓脂肪減少薬「アライ」とはやせ薬ですか? ダイエット効果があるなら試したいです

2024年4月19日(金)20時45分 All About

国内初の内臓脂肪減少薬「アライ」が発売されました。病院で診察を受けずに、市販薬で購入できるという点でも話題になっていますが、安易に「ダイエット薬」「やせ薬」と考えてはいけません。服用の効果と注意点を解説します。

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Q. 「アライ」という新薬が気になっています。ダイエット効果の高い「やせ薬」ということでしょうか?

Q. 「ダイエット中で、最近発売された内臓脂肪減少薬『アライ』が気になっています。比較的安全性の高い『やせ薬』だと考えていいのでしょうか?
また、サプリによる健康被害が問題になったばかりですが、こちらは薬局で売られる『市販薬』なので、安全ということですか? 飲むときに注意点はあれば教えてください」

A. 「内臓脂肪減少薬」であり、安易に「やせ薬」「ダイエット薬」と考えてはいけません

2024年4月8日に大正製薬から、日本初の内臓脂肪減少薬「アライ」が発売されました。
これまでの肥満症に対する治療薬は、医師から肥満症と診断された人に対して処方されるものでしたが、今回の薬は、病院を受診せずに、薬局で自分で直接買える市販薬です。
質問者の方のように、「痩せられるなら試してみよう」と気軽に思う人もいらっしゃることでしょう。
市販薬として製造販売が認められたということは、数々の試験が実施され、厳しい審査をクリアした製品だということです。
比較的安全性が高く、自分自身の健康に責任を持って軽度な身体の不調は自分で手当てする「セルフメディケーション」に適すると判断されたと考えてよいでしょう。決められた用法・用量を守って使えば、まず問題はありません。
ただし、一般的に「効き目がある薬なら、副作用がまったくないということはありえない」という点は心得ておくべきです。本当に効く薬というものは、生体の機能を変える力があるということで、副作用を伴うのはその薬が効いている証だからとも言えます。
「アライ」についても、作用原理をきちんと理解し、自分に適するかどうかを考えたうえで利用するべきです。注意すべきポイントについて、詳しく解説します。
「アライ」は、私たちの体内の膵臓から分泌されるリパーゼ(膵リパーゼ)という消化酵素を阻害する「オルリスタット」という薬を主成分として含みます。
「オルリスタット」は、日本では医療用医薬品としても使用されたことがなかったので、非常に新しい薬のように思われますが、海外では20年以上前から用いられてきた長い実績があります。
その起源をたどると、1980年代にアメリカのホフマン・ラ・ロシュ社の研究チームがさまざまな土壌細菌が産生する生理活性物質を探索中に、Streptomyces toxytriciniという細菌から非常に強力な膵リパーゼ阻害物質を見出し、リプスタチンと名付けました。
膵リパーゼは、食べ物に含まれる脂肪を分解し吸収を助ける役割を果たす消化酵素なので、もしこのリプスタチンを薬として使えば、食べた脂肪の分解が阻害されて体内に吸収されなくなると考えられました。
しかし、リプスタチンは薬としては使いづらい欠点がいくつかあったため、リプスタチンの化学構造を少しだけ変えて安定性を高めた化合物として、オルリスタットが作られました。
食事に合わせてオルリスタットを飲めば、食べ物に含まれる脂肪が分解・吸収されずに糞便として排出されるので、「油脂分の摂取を控えたときと同じような体脂肪減少の効果が期待できるだろう」という着想で、肥満症治療薬(内臓脂肪減少薬)の開発に至ったというわけです。
オルリスタットを含む医薬品は、1997年8月にアルゼンチンで承認されたのを皮切りに、その後世界100か国以上で承認・使用されてきました。
ロシュ社からはXenical(ゼニカル)の商品名で、グラクソ・スミスクライン社からはAlli(アライまたはアリ)の商品名で販売されています。そして今回、同じものが日本で初めて発売されることになったのです。
臨床試験の結果では、1年間の服用で9割くらいの方に5〜10%の体重減少が認められたと報告されているので、一定の効果は期待できます。しかし、使用にあたって注意したい点がいくつかあります。そのうち、とくに重要な2点をあげます。
第一に、単なる「やせ薬」と考えてはいけません。
「アライ」は、薬剤師がいる薬局・薬店でのみ取り扱っており、情報提供と指導を受ける必要があり、購入条件として「成人(18才以上)で、腹囲(へその高さ)が男性85cm以上・女性90cm以上あり、生活習慣改善の取り組み(食事・運動)を行っていること」があります。
つまり、食事などに気をつけていても肥満を解消できない方のみを対象としており、すでに標準体型である方やまったく食事に気をつけていない方などは対象外です。「この薬さえ飲んでおけば、好きなだけ食べられる」などと考えてはいけません。
細かいですが、上で紹介した臨床試験においては、アライを服用していない対照群でも、4割くらいの人で5〜10%の体重減少が認められました。
この対照群に含まれていた方たちは、好きなように食事をしていたわけではなく、きちんと生活習慣改善に取り組んでいたけれどもアライを服用しなかっただけです。生活習慣に気をつけるだけでも体重は減少することが実証されたとも言えます。
そして、生活習慣だけでは体重減少が難しかった残り半数くらいの人が、アライの服用を続けることで、一定の効果が認められたと解釈するのが正しいです。
第二に、作用機序を考えれば当然のことなのですが、下痢や軟便などのトラブルが必ず起こります。
本来消化されるはずの油脂分が、未変化のまま腸内を運ばれてしまうからです。服用を開始した初期はとくに顕著で、便意を催していないのに、少しおならをしただけで、お尻から油脂分だけが漏れ出てしまうこともあります。
日中は気をつけてこまめにトイレに行くなどすれば何とかなるでしょうが、夜の就寝中はそうもいきません。発売元の大正製薬では、おむつの着用を勧めています。
ちなみに、膵炎を患うと下痢が起こります。膵臓が機能しなくなってリパーゼが不足し、食べ物中の油脂分が分解されなくなるからです。それを解消するためには、リパーゼを含む消化酵素製剤を服用する治療が行われます。
アライでリパーゼを阻害することは、膵炎と似た状況を作り出しているとも言えます。果たして、肥満を解消するためだけにリパーゼを阻害することが本当にいいことなのかはよく考えたほうがいいのではないでしょうか。
最後に、個人的な意見もあえて書かせていただくと、生活の質を落とすような思いをしてまで使用する価値があるのかは、疑問な部分もあります。アライを服用して体重が減少したとしても、それは肥満の根本的な解決になっていません。
アライの服用をやめれば元に戻るからです。肥満を治療しているわけではなく、あくまで「その場しのぎ」に過ぎない、とも言えます。
また、作用原理から考えると、体に吸収される脂肪の量を減らすには、薬を使うよりも、油脂分の少ない食事をより一層心がけた方が手っ取り早いという考え方もできます。そうすれば、体のバランスを崩すこともないからです。
さらに、肥満の背景には、糖尿病や脂質異常症などの基礎疾患がある可能性もあります。
市販薬だからといって自己判断で服用を開始するのではなく、まずは健康診断などを通して自分の体調を正しく把握したり、一度は専門家のアドバイスを受けたりして、アライを服用するメリットが十分にあると判断された場合に限り、上手に使用するのがいいでしょう。

阿部 和穂プロフィール

薬学博士・大学薬学部教授。東京大学薬学部卒業後、同大学院薬学系研究科修士課程修了。東京大学薬学部助手、米国ソーク研究所博士研究員等を経て、現在は武蔵野大学薬学部教授として教鞭をとる。専門である脳科学・医薬分野に関し、新聞・雑誌への寄稿、生涯学習講座や市民大学での講演などを通じ、幅広く情報発信を行っている。
(文:阿部 和穂(脳科学者・医薬研究者))

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