クリスマスイブに宅配ピザが届かず訴訟を起こした男性。「適切な注文管理をしていなかった」と主張…裁判所の判断とは
2025年4月24日(木)6時30分 婦人公論.jp
(写真提供:Photo AC)
「この国で各地の地裁に起こされた民事訴訟は年間14万件、起訴された刑事事件は6万件。そのうちニュースとして報道されるのは、ごくごくわずかな一部にすぎません」と語るのは、日本経済新聞電子版の「揺れた天秤〜法廷から〜」を連載した「揺れた天秤」取材班。そこで今回は、この大好評連載をまとめた書籍『まさか私がクビですか? ── なぜか裁判沙汰になった人たちの告白』より一部を抜粋し、<学びになるリーガル・ノンフィクション>をお届けします。
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クリスマスイブに
「最後の機会かもしれないな」。2022年12月、京都市の男性は間近に迫ったクリスマスイブに思いを巡らせていた。当日は離婚した元妻や娘2人と夕食の約束をしていた。
高校3年生の長女が大学に進学して一人暮らしを始めれば、4人で集まるのは難しくなりそうだった。
受験勉強にいそしむ長女を思いやり、考えたのは手軽にパーティー気分を味わえる宅配ピザ。中学生の次女も喜び、幼い頃からお気に入りだった大手チェーンをリクエストしてきた。
12月23日、男性は翌日の午後7時15分に届くようインターネットで注文した。
鳴らないチャイム
迎えたイブ。指定の時間になってもピザは届かない。事前の予約確認メールに「到着が15分程度前後する可能性がある」と書かれていたため、男性は7時半すぎまで待ってから店舗に電話をかけた。
電話口では「混雑している」と告げられるばかりで、その後も家のチャイムは鳴る気配がない。とうとう諦めてキャンセルを申し出た。予約時刻から52分が過ぎていた。
『まさか私がクビですか? ── なぜか裁判沙汰になった人たちの告白』(著:日本経済新聞「揺れた天秤」取材班/日経BP)
つかの間の息抜きとなるはずだった長女、大好物を食べ損ねた次女、何より貴重な水入らずの時間を待ちわびていた男性にとって聖夜のピザパーティーは後味の悪すぎる結末となった。
クレームを入れ、全額返金を受けても気が晴れなかった男性は23年2月、宅配ピザ事業者を提訴した。配達されなかったのは時間通りに届ける法的義務を負っていたにもかかわらず、適切な注文管理をしていなかったためだとして10万円の慰謝料を求めた。
想定以上の注文数
事業者側は訴訟で「到着時間は顧客が予測しやすいように示すもので確約するものではない」と主張した。予約注文で生じる義務はあくまで指定された場所に届けることで、今回の遅配も社会通念上、許容される範囲だとした。
店側も配達の遅れが生じないよう受付件数を絞るといった工夫をしていたが、イブ当日は持ち帰りの注文が想定以上に舞い込み、ピザの焼き上がりが間に合わなかったという。「時間通りに配達できなかったことは改善すべき事項だ」としたものの、管理方法自体に問題はなかったと説明した。
宅配料理市場は新型コロナウイルス禍を経て拡大した。調査会社サカーナ・ジャパン(東京・港)によると「デリバリー市場」は23年に8622億円で前年から11%増加。コロナ前の19年(4183億円)と比べると2倍以上に伸びている。
フードデリバリーサービスが普及し、配達員を自社で確保する必要がなくなったことで店側の参入障壁も低くなった。サービスの中には配達員の現在地や到着予想時間が分かるものもある。メニューの魅力はもちろん、配達時間の正確性も注文先を選ぶ際の重要な判断材料になりつつある。
「遅配は起こりうる」
京都地裁は24年2月の判決で「ピザの遅配は一般的に起こりうる現象」だと指摘した。その上で注文キャンセルの申し出に応じ、返金していることから事業者側の対応に違法性はなかったと判断した。52分という時間が我慢すべき範囲を指す「受忍限度」に収まるかどうかについては踏み込まなかった。
男性側に財産上の損害が生じていないことや、パーティーの食事をピザ以外に変更できた状況などから事業者側が慰謝料を支払う必要はないとして男性側の訴えを退けた。大阪高裁も同年7月、判断を維持。男性は不服として最高裁に上告したが、覆らなかった。
<『まさか私がクビですか? ── なぜか裁判沙汰になった人たちの告白』より>
もっとも、地裁は事業者が時間指定の予約を受けていたことから「指定日時の前後15分以内に指定場所に配達する契約上の義務が発生していた」と言及。事業者側の「時間通りの配達は努力的に行うもの」という主張は退け「配達遅延について過失がなかったことの具体的な主張立証をしていないため債務不履行には当たる」とクギを刺した。
「みんなそろったのに肝心のピザが来なくてパーティーが始められない……なんてことにならないためにも」。事業者は注文ページで事前予約の強みをそう強調していた。残念ながら男性のもとにはこの年、肝心のピザが来なかった。クリスマスイブは、これからも毎年訪れる。ピザの到着を待つすべてのパーティーが楽しく始まることを信じたい。
※本稿は、『まさか私がクビですか? ── なぜか裁判沙汰になった人たちの告白』(日経BP)の一部を再編集したものです。
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