40代シングル女子の一人飲み。常連がよくやる「店員さんも一杯どうぞ」をやめた理由

2024年4月28日(日)12時0分 婦人公論.jp


(写真はイメージ。写真提供:photoAC)

世間から「大丈夫?」と思われがちな生涯独身、フリーランス、40代の小林久乃さんが綴る“雑”で“脱力”系のゆるーいエッセイ。「人生、少しでもサボりたい」と常々考える小林さんの体験談の数々は、読んでいるうちに心も気持ちも軽くなるかもしれません。第19回は「一杯どうぞのコミュニケーション、いる?」です。

* * * * * * *

一人飲みで見かける「一杯どうぞ」


「一杯どうぞ」
「いいんですか? いただきます!」

居酒屋のカウンター席で飲んでいると、こんな会話が聞こえてくる。客が店員にドリンクを一杯ごちそうしている様子だ。時には店主だけではなく、スタッフ全員に振る舞っている気風のいい客もいる。

そんな様子を尻目にしながら、自分のグラスを空ける。私も今までは店主に奢るタイプだった。

「一人で飲んでいてもつまんないしね!」

と、財布と相談しながら「どうぞ、どうぞ」と乾杯を交わす。自営業で、大好きだった祖父が「どこで誰の世話になるのか分からないのだから」と、あちこちで奢っていたという武勇伝を聞きつけ、自分も祖父のようになりたいという憧れもあった。一見客であれば「お近づきの印に」なんて言いながら、奢る人もいるだろう。

ただ最近はこの行為を一切やめてしまった。そこまでに至る経緯は今から綴っていくので、ぜひひとり飲みを楽しんでいる人の参考にしてほしい。

うっかり奢って、苦い思い出


数年前、とある居酒屋で一人飲んでいた時のこと。その店ではスタッフも常連客同士も顔馴染みになっていて、とても居心地が良かった。当時、昇進したばかりの青年店長が、張り切って料理を作っていた。

なんとなく気分が良かった私は青年店長と、アルバイトに一杯ずつごちそうをした。

「いただきます、ありがとう!」
「本当にいいんですか? すみません、いただきます!」

と気持ち良く飲んでくれたので、私も気分が良かった。ただこの日を境にして私の店へ向かう足取りが重くなってしまうようになる。しばらくして店に出かけると、店主から酒を露骨にねだられるようになった。

「久乃ちゃん、喉乾いたわ〜」

と言われてしまうと、店内空間には断れるスペースがない。笑いながら「どうぞ」というと、彼は二杯目もねだってくるようになった。

(いや、木戸大聖くんみたいな猛烈タイプの子に言われるのなら、まだしも……)

と、次第にカウンター席の私だけがモヤモヤする事態に。その後も彼は

「いいでしょ? 一杯」

と、今度はグラスから大ジョッキにサイズも勝手に代わり、しまいには私の許可なく飲むようになっていた。自分はたった数杯飲んだだけで、1万円近く会計を支払ったこともある。そりゃアルバイトスタッフの分まで支払っていたら、会計も膨らむだろう。ハイボールは普通のグラスで、600円程度。大ジョッキ飲んでも1200円程度なのに、なんだかなあと首を傾げる。当初私が渡した一杯は善意のつもりだったのに、彼の“驕り”となって戻ってきてしまった。あまりにも行き過ぎた行為だと、ついに堪忍袋の尾は切れた。

ただ些細なことで文句を言って揉めるのも面倒だと、私は店に行くことを控えた。常連客から誘いの連絡があっても、断るのみ。まさか店長から酒を集られていることに腹を立てたとも言いづらい。ただ店は大好きだったので「あの店長が辞職しますように」と、毎日念を送っていた。

それから数ヵ月後。青年店長が辞めることになったと、連絡が回ってきた時は驚いた。私の念通力は強力だったらしい。お見送り飲み会があると誘われたが「仕事が忙しくて」と断る。こういうとき、メディアの仕事をしているとそれなりの理由ができるので助かる。本当は暇で、他の店で遊んでいた。

彼の正確な辞職理由は知らないし、興味もなかったけれど、私以外にもおねだりアピールの網に引っかかった客が居て、店に被害を訴えていたと言う。せっかく店長に昇進したものの、監視の目が無くなのをいいことに、つい羽ばたいてしまった青年店長。おそらく、ただの酒を飲みたい欲だけではなく、店の売上のことも加味したうえの行為は全て仇になってしまった。


(写真はイメージ。写真提供:photoAC)

判断は人それぞれで……


そのほかにも「一杯、どうぞ」についてこんな話を聞いた。

「私も奢らない派。以前、いつも行っている居酒屋で常連客に飲まされて、ベロンベロンに酔っているスタッフを見て引いちゃって……。私だけではなく、その日の一見さんもドン引きしていました。たった数杯のお酒のせいで、今後の太客になってくれるかもしれない人を失うなんてサービス業としてはあり得ない」

そう話した友人は、元飲食店で働いていた経験がある。酒を飲ませる仕事といえば、ホステスやキャバ嬢たちもそうだ。でも彼女たちは同席をして、客に気持ち良く飲ませることが専門であって、居酒屋とは一杯の値段が違う。飲み干さずとも、ごちそうになったことが仕事になる。

居酒屋では一杯数百円ならいいじゃないか、と言う意見も飛びそうだけど、それが嵩むと結構な金額になる。そして奢りが積み上がった頃には、たった一人かもしれないが客の信頼を失墜する……と、考え始めたら面倒になったので、私は「一杯どうぞ」からあっさり手を引いた。それはやりたい人だけやればいい行為で、もちろん否定も肯定も一切しない。

でも今回のエッセイでは繰り返すようだが、木戸大聖くんみたいな見た目のスタッフだった場合は話が別だ。その時は客の中でも我先にと、率先して飲ませる準備はできている。


(写真はイメージ。写真提供:photoAC)

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