市毛良枝「90歳を過ぎた車椅子の母とオレゴン旅行へ。声も発しなくなっていた母の表情は、オレゴンで生き生きと別人のように変わっていった」

2024年4月30日(火)12時29分 婦人公論.jp


90代の母と、アメリカ・オレゴン州の雄大な大自然を満喫。2010年、バラが咲き誇るローズガーデンで(写真提供◎市毛さん)

母の介護を13年近く続けた市毛良枝さん。市毛さんの母は、脳疾患と大腿骨骨折により歩けなくなることが懸念されていました。しかし、懸命なリハビリで医師も驚くほどに回復し、90代では海外旅行を楽しむまでに。さまざまな葛藤を乗り越えて母に寄り添った市毛さんが、その姿から学んだことは(構成:丸山あかね)

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<前編よりつづく>

飛行機の中で人生を終えたとしても


そうこうするうちに、母は元気がなくなっていきました。ひとりでは出かけられないし、病気の後遺症で針も持てない。なんとか励ます方法はないかと思案して閃いたのが、海外旅行でした。

以前、母に「もし私と旅するならどこに行きたい?」と聞いた時、「オレゴン」と言ったことを思い出したのです。かつて私が出演したドラマ『オレゴン日記’89』のロケ地であるオレゴン州ベンドの風景を実際に見てみたい、と。

さっそくオレゴン州に関わる仕事をしている友人に相談しました。母は車椅子での移動になるので、現地でサポートしてくれる人の手配を頼んだところ、「私も一緒に行こうかな」と彼女が言い出したんです。

さらにもう1人、参加したいという友人が現れて。2人が一緒ならなんとかなるだろうと実行に移しました。母が92歳の時です。

車椅子も入念に点検し、いざオレゴンへ。修学旅行以来の楽しい旅でした。母もずっとご機嫌でニコニコ笑い、現地の人との交流を楽しんで。帰国後もまったく疲れを見せなかったし、むしろ元気になっている。

私たちはすっかりオレゴンの虜になり、なんとそれから翌年、翌々年も4人でオレゴンを旅しました。(笑)

最後に訪れたのは14年。母は98歳でした。私がチャリティーイベントに出演するためオレゴンへ行くことになったのですが、その企画に携わる友人に「お母さんも連れておいでよ」と言われたんです。そして本人も「行きたい」と。

5年近くの間に母の衰えは進み、ほとんど車椅子での生活になっていましたし、食事も固形物は喉を通りづらくなっていました。でも、母は退屈させると死んでしまうタイプの人だったので(笑)、行ける可能性を探ってみることにしたのです。

まず医師に相談したら、ご家族にその覚悟があるかどうかだと。続いて航空会社に勤める友人に、気圧の変化に耐えられるか相談。現地で病院にかかることを想定して、海外旅行保険だけは単独で入ってね、と助言してくれました。つまり、無理だという見解ではなかったのです。


「母の表情が、オレゴンで日ごとに生き生きと別人のように変わっていったのです」

多くの人の意見を聞いて考えた結果、このまま何もせず最期の時を待つよりも、行きたいなら飛行機の中で人生を終えたとしてもいいだろう、という思いに至りました。イベントは1年後。その間、私は母の体のメンテナンスを徹底し、母自身もリハビリを頑張りました。

渡航前にはパック入りの介護食や粉末状のとろみ剤を日数分用意。機内ではマメに水分補給をしたり1時間おきに通路を歩いたり。まさに命がけでしたが、無事オレゴンに到着。滞在中の1週間は、その苦労以上の喜びがありました。

実はその当時、母は話すこと自体が面倒くさいのか、ほとんど声を発しなくなっていて。そんな母の表情が、オレゴンで日ごとに生き生きと別人のように変わっていったのです。

さらにイベント当日は、母は友人と過ごし、私はひとりで出かけたのですが、夜遅くに私が帰ったら突然、その日に起きたことを一からすべて話し始めて。感動を覚え、それを私に伝えたいという気持ちに突き動かされたのでしょう。本当に驚きました。

帰国後も、デイサービスのスタッフに「こんなに元気になるなら何度でも連れていってください」と言われたほど(笑)。その2年後に母が亡くなった時、「楽しい人生だったね」と語りかけることができました。

人に報告したくなる日常の変化を


母が老いていく様子を間近で見てきた私は、自分も90歳まではなんとか自立して暮らしていけるのではないかと踏んでいます。そのためには食生活を整えて病気を予防する、体幹を鍛えるために全身運動を日常的に行うことが重要だと考えているのですが……。

人それぞれに体質や、もっと言えば運命が異なるので、寝たきりにならないという保証はどこにもありません。絶対と言える方法がないとはいえ、自分のやりたいことを楽しみ、母のように、人に報告したくなるような変化が日常の中で起こるといいなと思います。

私にとっての楽しみは、社交ダンスや歩くことです。最近は忙しくてなかなか山に行けていませんが、街を歩くだけでも新しい発見があります。

たとえば、「江戸城にまつわる施設があのへんにあったはず」と寄り道をして、実際にあったら得した気分になる。

さらにそこで知的好奇心を刺激されて、あとで文献を調べてみたり。体を動かしながら頭も動かしている感覚です。楽しいことが次から次へと起きるので、やめられません。

旅をした時の母の笑顔を振り返っては思うのです。あのまま海外に出かけなかったら、違う未来が待っていたのではないかと。刺激や感動こそが、楽しく健康に生きていく術だと私は信じています。

婦人公論.jp

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