歌舞伎イノベーター「市川猿之助」の系譜、明治維新以来の日本を映し出す

2023年5月17日(水)12時0分 JBpress

日本の伝統芸能で、今も多くの人から愛される歌舞伎。知っている人はもちろん、今からでも楽しめる歌舞伎の魅力を、歌舞伎研究で知られる早稲田大学坪内博士記念演劇博物館館長の児玉竜一さんに指南していただく連載が始まります。第1回は、大河ドラマや『半沢直樹』の活躍でも知られる市川猿之助。ワンピース歌舞伎など、歌舞伎界のイノベーター的存在である彼の凄さとは? 彼の現在を形作るその系譜とは? 市川猿之助のファミリーヒストリーを紹介します。

文=新田由紀子 撮影=市来朋久


5月の明治座は「市川猿之助奮闘歌舞伎公演」

 洒脱な太鼓持ちが忽然と姿を消したかと思うと傾城になって現れ、さらにはおどろおどろしい土蜘蛛の精に……。創業150周年を迎える東京・日本橋浜町の明治座で行われている記念公演は、当代・四代目猿之助の宙乗りや六役の早替りなど、まさに独壇場だった。中村隼人、甥の市川團子ら若手を従えながらも、一人の役者が劇場中の空気すべてを支配するカタルシスに酔わされる。

 そんな四代目の芝居の上手さは子役時代からだった。児玉さんは、1984年(昭和59年)、舞台『牡丹景清』に驚かされたという。

「こりゃあ、大変な子だと思いましたね。異常な達者さで、父親の四代目段四郎や他の役者たちを食いまくっている。同じ年の『菊宴月白浪』は、死んだ母親が子どもに乗り移って夫にしゃべるという役。たった9歳の子にやらせるかっていう芝居なのに、本当に子どもに中年の女が乗り移ったように見えたんですよ」

 世間を驚かせてきたのは当代だけではない。そして、常にイノベーターとして走り続けてきた「市川猿之助」という役者四代の系譜は、明治維新以降の日本を映し出している。


大部屋出身だった初代、頂点に立った二代目

 初代猿之助は、1855年、安政2年に生まれている。400年以上続く歌舞伎には、團十郎、菊五郎といった長く続く大名跡が多くある中で、初代がペリー来航の2年後に生まれた猿之助の名跡は新興とも言えるだろう。

 この初代猿之助は、大部屋出身だったのに、技芸にすぐれていて異例の出世をしている。師匠の九代目團十郎に無断で『勧進帳』を演じ、一時破門にされるなど波乱に富んだ舞台人生だった。これからの役者には必要だと言って、歌舞伎界で初めて、長男であるのちの二代目猿之助を中学に進ませたことでも知られる。

「当時としてはめずらしく、二代目猿之助(1888年、明治21年生まれ)は、ヨーロッパに外遊しています。当時でいう『書生っぽ』な人で、外遊から帰国後、数多くの革新的な作品を作ります」(児玉さん・以下同)

 二代目猿之助は、外遊先のパリで、ディアギレフ主宰の伝説のバレエ団バレエリュスを観ている。西洋の舞台芸術の最先端に圧倒されながらも、かえって、「いや自分たちには日本舞踊がある」、との意を強くして帰国したのち、さまざまな作品を生み出していった。

 文明開化以降の日本で、歌舞伎も西洋化・近代化を目指すことを余儀なくされた。高尚な芸術たらんとして観客の支持を失いつつあった状況に、ある種の待ったをかけたのが、二代目猿之助だったといえる。

 外遊仕込みの新しい挑戦もし、夏目漱石の『坊ちゃん』といった当時の現代文学を歌舞伎にする新作を生む一方で、江戸の庶民文化に根ざした『弥次喜多道中』などで大きな人気を博し、昭和30年代には歌舞伎界のトップにまで上り詰めた。


劇界の孤児から「スーパー歌舞伎」まで成功させた三代目

 続く三代目猿之助は、歌舞伎役者で初めて大学を出て、次々と新しい舞台を生み出したことで知られるが、その道のりは波乱万丈だった。まずは襲名後すぐに歌舞伎界の頂上に君臨していた祖父・猿翁(二代目猿之助)と父・三代目段四郎をなくしている。それは、決定的な悲劇だった。

「彼の三代目猿之助襲名披露公演に、祖父の猿翁も父の段四郎も病気で出られなかった。それでも猿翁は最後の力を振り絞って、『千秋楽までの最後の三日間、口上だけは出る』と言い張り、段四郎もそれに従いました。猿翁は絶対安静で動かすことなどできない状態だったのに、ドクターは『この人はそのために生きているんだから』と言って万端準備して舞台袖に付き添います。そのドクターが、後に聖路加国際病院院長となる日野原重明さんでした」

 猿翁と段四郎はまもなく息をひきとり、三代目猿之助は劇界の孤児となった。「自分のところに来たらどうか」と誘った大幹部もいたが、彼はそれを断って独立独歩で行く道を選ぶ。

「歌舞伎は、後ろ盾があってこそ役がつき、やっていくことができる世界。ひとりになったら当然干されるわけです。三代目猿之助は、役が付かない同世代の若手何人かと東横ホールなどで腕を磨いたり、自主公演をやったりした。知られていない作品を復活させたり、宙乗りで当たりを取ったりしていきました」

 猿之助が観客を魅了した舞台のエッセンスは、新しいものばかりではない。大阪の道頓堀には上演されなくなった台本の数々があり、江戸時代から伝えてきたのに使われなくなっていた古老たちの技術があった。それらを生かすことによって狂言の数々がよみがえったのだ。

「葛籠が空中で2つに割れて石川五右衛門や天竺徳兵衛が葛籠を背負っている形の宙乗りになるとか、小栗判官が乗りこなした荒馬が碁盤の上に後ろ足2本で立つといった、『昔の仕掛けを知ってますよ』という人たちから技を吸収したのです。三代目猿之助は、近代の歌舞伎が捨てていったものを掘り起こし、それ以前のノウハウや技術を取り戻すことで猿之助歌舞伎を作ったわけです」

 あんなものは歌舞伎ではないと酷評する人がいる中でも、観客は入り、三代目猿之助は地歩をかためていった。1984年にはパリのシャトレ座からオペラ『コックドール(金鶏)』の演出を頼まれる。その経験もきっかけとして、派手なエンタテインメント要素が強く、劇場全体を使ったスーパー歌舞伎『ヤマトタケル』『オグリ』などのヒット作も連発し、人気を博していく。

「三代目猿之助は、歌舞伎界の中に猿之助一座という別の集団を作りあげた。松竹にとっては大事なドル箱です。昭和60年の先代十二代目團十郎襲名公演、名だたる役者が集結する中、猿之助だけは出ないで別の舞台をやっていた。あれだけ何十年に一度のお祭りをやっているときにも、ちゃんと別動隊がいるという、歌舞伎界にある種の厚みを作ったということでしょう」

 1965年、三代目猿之助は女優の浜木綿子と結婚し、息子・香川照之が生まれたものの離婚。原因とされる大恋愛の相手は16才年上で、自身の踊りの師匠である藤間勘十郎の妻、藤間紫だった。

「離婚して母親が子どもを連れて行っても、歌舞伎の稽古はさせるという家もありますが、浜木綿子さんはそれをしなかった。その代わりしっかり教育して東大に入らせたわけですね」

 やがて、20年の時を経て、父子の関係は修復された。2011年、妻の藤間紫を亡くし、脳卒中で倒れて不自由な体となった三代目猿之助は、二代目猿翁を襲名することを発表した。同時に甥である亀次郎(1975年、昭和50年生まれ)が四代目猿之助を襲名、香川照之は九代目市川中車、その長男は五代目市川團子の名で歌舞伎の世界に入ることとなり世間を驚かせた。

 香川照之は、『半沢直樹』の敵役を始めとしたテレビ・映画での活躍と並行して、40代で歌舞伎の舞台に立ち始めた。2023年5月の明治座公演にも出演、6月の歌舞伎座大歌舞伎では『傾城反魂香』で主役の浮世又平を演じる。


「持っていってしまう」当代・四代目猿之助

 四代目猿之助は、三代目の弟である四代目市川段四郎の息子。幼い頃から伯父である三代目猿之助のもとで修業を重ねるが、慶応大学を卒業したのち、2003年(平成15年)には三代目猿之助の猿之助一座を離れている。

「伯父のもとを離れる決断をした理由は、一年の約半分もスーパー歌舞伎を上演する猿之助一座では、古典がしっかりできないということが大きかったでしょうね。いざ一座を離れるとやはり厳しくて、最初の月は、河内山の近習の端っこという端役でした。しかし、何しろ力がある。一番下からという扱いに耐えて、あっという間に頭角をあらわし、のし上がっていきました。歌舞伎はもちろん、大河ドラマ『風林火山』の武田信玄役を皮切りにテレビでも活躍が続いたのは周知のとおりです」

 2022年11月の團十郎襲名公演『助六』。猿之助は、團十郎演じる主人公の助六に股をくぐらされる通人という役でつきあっている。芝居の筋とは関係ないほんの短い出番なのに、観客はすっかりひきつけられ、満場がわきにわいた。

 「四代目の特徴は、なんといっても『持っていってしまう力』です。観客をつかむ技術が高い。それはどんな舞台でも同じです。現代劇は歌舞伎より稽古期間が長いんですが、本人は『2か月も稽古していると飽きてしまう』と言っているそうです。はじめの1か月半はおとなしくしていて、まわりが『こいつ大丈夫だろうか』とザワザワし始める。そして、稽古終了の3日前ぐらいになってやっと仕上げてきて『なるほど、こいつできるんだ』ということになり、本番にはさらにすごい芝居をするというイメージでしょうか。共演する役者にとって気をつけなくてはならない相手ですね」

「ともかく実力があり、客観性もあって、プロデュース力、演出力がある。集中力も身体能力も高い猿之助は、この先歌舞伎がどう転んでも活躍していく」と児玉さんは請け合う。八面六臂の活躍を見せる当代猿之助の舞台には、歌舞伎界に旋風を起こし続けてきた猿之助四代の歴史が息づいている。

筆者:新田 由紀子

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