井上尚弥の強さの秘密は<井上家のリビング>に!父・真吾「ボクサーの強い弱いは突き詰めればハートの問題。ベルトやトロフィーを眺めて悦に入る暇はない」
2024年5月21日(火)12時30分 婦人公論.jp
(書影:講談社)
24年5月6日、東京ドームにて、マイクタイソン以来34年ぶりとなるボクシングのタイトルマッチが開催。世界スーパーバンタム級4団体統一王者・井上尚弥選手(大橋)が、元世界2階級制覇王者ルイス・ネリ選手(メキシコ)に6回TKO勝ちをおさめました。「日本ボクシング史上最高傑作」とも呼ばれる尚弥選手をトレーナーとして、そして父として支えてきたのが真吾さんです。今回、その真吾さんが自身の子育て論を明かした『努力は天才に勝る!』より一部を紹介します。
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井上家の「強さの秘訣」
我が井上家に「強さの秘訣」があるとすれば──。
それは「リビング」なのかもしれません。
井上家では頻繁に家族会議が開かれます。リビングにある大きな木のテーブルで語り合うのです。
全員参加で開かれるときが多いですが、個別のときもあります。家族会議の目的は、子どもたちが今何を考え、目標はどこにあり、どのような壁があるのか、などを把握することにあります。
子どもたちのことは会話をしなくとも、しぐさや表情でわかるものです。けれどもときには言葉を交わすことで、よりしっかりと意思を確認することができます。会話を交わすことで目標や悩みもわかり合えます。
尚弥が19歳の時に開かれた家族会議
尚がカザフスタンで開かれたアジア選手権で「あと一勝」が叶わずロンドン五輪出場が消えた19歳のとき、進路について家族会議を開きました。
『努力は天才に勝る!』 (著:井上真吾/講談社現代新書)
「大学に行ってもう一度、五輪を目指すか、プロに行くか」。
尚はもう決めていたのでしょう。間髪いれずに、
「プロに行くよ」。
と答えました。表情を見ても決意は堅そうです。揺らぐことはなさそうでした。
自分は尚にこう続けました。
「プロでやっていく以上、世界チャンピオンを目指す覚悟はあるか」。
尚は大きく頷きました。
この返答に対して、長女の晴香は「尚がプロか。また応援するからね」と弟を支えます。
末っ子の拓は中学に上がってすぐに、自分に向かって、
「高校に進学するのをやめてプロになる」。
と申し出てきました。一瞬、いいよ、と頷きそうになったのですが、結論を急がずに、尚に聞いてみたら、
「拓は勉強が嫌なだけだよ」と真相がわかり、拓をリビングに呼びつけました。
「高校まではちゃんと卒業しないとダメよ」。
「読み書きができないと恥をかくよ。プロになってサインするときにファンの名前が漢字で書けないと恥ずかしいだろ」。
「二つの道があったら、困難な方を選べ」。
「父さんは今になって学生時代にもっとちゃんと勉強しておけば、と痛感している」。
家族総出の突っ込みが拓を襲います。拓は家族のダメ出しに敗れ、しょげかえっています。
リビングに来た人が驚くこと
家族がリビングに集い、話し合うことで「子どもたちの今」がわかります。親としてどうアドバイスをするか、自分の失敗談を交えて語ることもあります。このリビングが井上家の生命線です。
家族が集まりやすいように大型の液晶テレビも買いました。テレビを観ながら鍛えられるようにダンベルなどが周囲には置いてあります。「〜ながら」鍛えるのです。
テレビを観ながらでも手首や握力を鍛えることはできます。本格的なトレーニングにはなりませんが、塵も積もれば山となる、と言うように、ちょっとした筋トレくらいはいつでもできるような環境を整えています。
そのリビングにお越しになった方が、おやっ、と驚かれることが二つあるようです。ひとつは飾ってあると思っていたチャンピオンベルトやトロフィー、メダルなどがまったくないことです。もうひとつが、
「一ポイント差は紙一重。わずかな差が天国と地獄」。
「言われた課題をスパーで修正できなければやめさせる」
──そう記された張り紙が掲げられていることです。
これは、勝負は最後の最後まで気を抜かない、また、日々の練習をおろそかにしないで欲しい、練習を漠然とやらない、上を目指すために一歩一歩着実に上達して欲しい、などの思いを伝えたいと思ったために書いたものです。
ベルトやトロフィーを眺めて悦に入る暇はない
ボクサーの強い弱いは突き詰めれば、ハートの問題に行きつきます。覚悟を決めた人間だけが上に行くことができるのです。
腹を据えてやらなければ、技術も能力も発揮することはできません。勝負事は、その言葉通りに「勝ち負け」ですから、確固たる決意を持って臨まなければなりません。
試合は当然のこととして、日々の練習でこそ、「その気持ちを常に持とうな!」ということを理解してもらいたいのです。いちばん目立つ場所はどこかと考え、リビングになりました。ベルトやトロフィーを飾るのは引退してからになるでしょう。
マスコミの方から、よく記録について尋ねられますが、現役でいる以上、記録はさほど気にしていません。記録のためにしているのではなく、結果として記録が後からついてきた、というのが実感です。
同じようにベルトも気にならないものです。頑張ったな、という証ではあると思います。ありがたいことであることは言うまでもありません。けれども、ベルトのために頑張ってきたわけではありません。頑張りは今日も明日も明後日も続くものです。ベルトやトロフィーを眺めて悦に入る暇はないのです。
※本稿は、『努力は天才に勝る!』(講談社現代新書)の一部を再編集したものです。
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