地球の「近く」で出現した超新星、世界が注視する理由は

2023年5月27日(土)7時0分 JBpress

(小谷太郎:大学教員・サイエンスライター)

 2023年5月19日(協定世界時)、地上ではウクライナのヴォロディミル・ゼレンスキー大統領が広島を訪れたことが大きく報じられましたが、実はその日、天空でも大事件が起きていました。

 超新星の出現です。

 超新星とは、恒星が寿命の最後に起こす大爆発です。この光が地球に届くと、一夜にして新たな星が生まれたかのように観測されます。

 実は超新星というものはどこかの銀河でしょっちゅう爆発しているもので、合計で年間数千個も見つかっています。そのほとんどは遠くにあって暗く、超新星探索専用に作られた自動望遠鏡によって見つけられます。

 しかしこの5月19日に発見された超新星2023ixfは、そういう有象無象の超新星と一線を画す特別な超新星で、天文研究者や物理研究者、北半球の観測家を大いに興奮させています。今も多くの望遠鏡や観測装置や検出器が、地表や軌道上でこの超新星を注視しています。

 超新星2023ixfは、いったいどこが特別な超新星なのでしょうか。解説しましょう。


10秒でできる超新星

 恒星とは、宇宙に浮かぶガスのかたまりで、内部での原子核反応のために熱や光を放っているものです。重いものも軽いものもありますが、太陽の8倍以上の質量を持つ特に重い恒星は、燃料となる原子核を使い果たした後、自らの重力でぐしゃっとつぶれます。これを「重力崩壊」といいます。

 重力崩壊を起こした恒星は、極めて密度の高い物体「中性子星」になるか、または光も脱出できないほど強大な重力をもつ物体「ブラックホール」になります。

 重力崩壊は10秒くらいで急激に進行します。恒星という巨大な物体が、半径10 km以下のちっぽけな中性子星やブラックホールに、10秒くらいで変化するのです。

 鍋やコップをたった1 mの高さから落としただけで、にぎやかな音をたてたり壊れたりします。重力崩壊は、恒星を形作る膨大な量の物質が、恒星半径ほどの高さから落下する現象なので、これはもう大変なことになります。

 恒星物質は超音速で中心に向かって押し寄せ、ぶつかり合い、衝撃波が走り、とんでもない高温・高圧が生じ、原子も原子核もばらばらに壊れます。中性子星やブラックホールの材料とならなかった一部の物質は、弾き飛ばされて、秒速数千kmで宇宙空間に飛び散ります。殺人的な量のガンマ線やニュートリノや重力波が放射されます。

 これが超新星爆発の原理です。

 超新星の観測からは、天体内部の原子核反応を知ることができ、そこから原子核物理学の知識が得られます。また中性子星やブラックホールといった相対性理論に支配される天体の生成は、なかなか実験がしにくい相対性理論の検証になります。超新星が宇宙のどこでどのような頻度で起きているかを調べると、銀河の進化や、宇宙の加速膨張について分かります。

 そういう理由で、各種望遠鏡やニュートリノ観測装置、重力波観測装置といったさまざまな観測装置が、超新星の発生を待ち構えているのです。


超新星2023ixf

 今回の超新星2023ixfは、2023年5月19日17時27分15秒(協定世界時)に、板垣公一氏によって発見されました*1。日本時間で5月20日2時27分15秒です。発見は4時間後に国際天文学連合に報告され、「2023ixf」という名称がつけられました。

 こうした報告を受け取った世界各地の自動望遠鏡は、ただちに観測を始めます。そうした追観測によって、報告の2時間後には、これが重力崩壊型の超新星であることが明らかになりました*2。最初の報告から次の報告まであっという間です。

 このように現在の突発天体観測の分野では、自動望遠鏡が生き馬の目を抜くような、あるいはロボットのCCDをむしり取るような競争をしています。


近くて目立ってかっこいい

 この超新星は、おおぐま座にあるM101という銀河で発生しました。この超新星までの距離は、M101までの距離と同じく、2100万光年〜2200万光年ということになります。

 約2000万光年は、広い宇宙では「近く」といっていい距離です。約2000万光年以内の超新星は、2014年にM82で爆発した「SN 2014J」以来なので、9年ぶりです。(ちなみに2011年には同じくM101で「SN 2011fe」が爆発しています。なぜかM101では超新星が頻発しているようです。)

 M101はその美しく派手な形のために天文愛好家に人気があって、「かざぐるま銀河」「回転花火銀河」などの呼び名があります。

 このような近くの有名銀河で超新星が発生することはめったにありません。というのも、近くの有名銀河というものがめったにないからです。

 ちなみに「M101」や「M78」のように「M番号」で表される天体は「メシエ天体」といって、フランスの天文学者シャルル・メシエ(1730-1817)の作ったリストに載っているものです。彗星ハンターだったメシエは、彗星と紛らわしいぼやっとした天体を(おそらくそれらの天体に騙されてぬか喜びすることを繰り返した果てに)、100個あまりリストにしたてました。そのリストには、近傍の銀河やガス雲や超新星残骸など、重要な天体がずらりと並んでいました。今ではメシエの発見した彗星よりも、その紛らわしい天体リストの方が有名です。

 そういうわけで、「M番号」で表される銀河に超新星が現れると、近くの銀河で生じたと見当がつき、研究者は色めき立ちます。近くの超新星は観測装置で検出できる可能性が高まるからです。

 またメシエ天体には、有名であるがゆえの利点もあります。

 有名天体は多くの人の興味の対象なので、これまでの観測データが豊富にあるのです。すでに、ハッブル宇宙望遠鏡によるM101の過去の観測データから、2023ixfの爆発前の姿らしき恒星が見つかっています*3

 また地球の夜の地域では、個人の所有を含む無数の望遠鏡が絶えずM101を観察し、監視しています。そうした観測データを集めると、爆発前からの変化が数分刻みで細かく調べられます。

 一例として、Cosmo_Akira_Japan39氏によって、板垣氏の5時間前に撮影されたM101を示します。ここには明るくなりつつある超新星2023ixfがすでに写っています。

 こうしたデータからは、重力崩壊の衝撃波が恒星の核から表面に伝わり、恒星外層が吹き飛ぶ過程が分かるのです。


最新検出器が虎視眈々と超新星をうかがう

 2023ixfは、ほぼ10年ぶりに近所で発生した超新星です。10年の間には、多くの新しい観測技術や装置が開発されています。

 例えば、2015年に本格稼働を開始した重力波検出装置LIGOは、超新星を主要な観測目標のひとつとしていますが、これまで近くで超新星が発生していないため、観測できていません。超新星爆発にともなう重力波を検出すると、爆発の奥に隠されて進行する重力崩壊が直接観測できるのです。宇宙に新たな特異点が出現するとき、どのような重力波が放たれるのでしょうか。これまで確かめられたことはありません。

 また2021年に打ち上げられたばかりのジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡も、近くの超新星爆発を経験していません。ハッブル宇宙望遠鏡は、別の超新星1987Aの観測で歴史に残る成果と美しい画像を生みだしました。ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡はどのような姿を見せてくれるのでしょうか。

 超新星爆発はニュートリノという素粒子を大量にばらまきます。岐阜県神岡鉱山地下に設置された巨大な水タンク「スーパーカミオカンデ」は、超新星出現をずっと待ち構えています。ニュートリノを観測すると、恒星の核が10秒でつぶれていく様子がつぶさに分かるのです。

 超新星はX線やガンマ線も放出します。衛星軌道上にあるガンマ線バースト探査機「ニール・ゲーレルズ・スウィフト」や、国際宇宙ステーションに搭載された「NICER」といったX線望遠鏡は、すでに2023ixfを観測し、そのデータを解析中です。まもなくその結果が発表されるでしょう。原子核分光望遠鏡アレイ「ニュースター」のように、さっそく検出に成功したミッションもあります*4


超新星ハンター

 今回、2023ixfを最初に報告したのは、山形県で製菓業をいとなむ板垣公一氏です。Wikipedia*5によると、板垣氏はこれまで172個(!)の超新星を発見・報告している超新星ハンターです。

 大きな研究グループの自動望遠鏡が年間何千個もの超新星を発見する時代に、私有の天文台を用いて、個人で成果を挙げるのは、大変な偉業です。

 天文の分野では、たまたま大型望遠鏡が雨天のために観測できなかったり、大型望遠鏡のある地域が昼のときに突発天体現象が生じたといった理由で、個人の小型望遠鏡が先に観測に成功する場合があります。これが他分野の物理学と違っていて面白いところです。(今回の発見には他にも要因があります。)

 宇宙物理学的に重要な意義を持つ超新星2023ixfは、板垣氏の偉業を記念する超新星となるでしょう。

 超新星2023ixfの今後の展開を楽しみに待ちましょう。

*1:IAU Supernova Working Group, 2023/05/19 21:42:21 (UT), "Discovery certificate for object 2023ixf."
*2:Daniel Perley, 2023/05/19 23:35:34 (UT).
*3:Monika Soraisam, et al., 2023/05/23 22:16 (UT), ATel 16050, "Detection of candidate progenitor of SN 2023ixf in HST archival."
*4:Brian Grefenstette, 2023/05/23 16:32 (UT), ATel 16049, "NuSTAR detection of SN 2023ixf in M101."
*5:https://ja.wikipedia.org/wiki/板垣公一

筆者:小谷 太郎

JBpress

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