多様性化、SNS全盛の中で「チケットパワー」を持つ子役たちのニューウエーブ

2023年6月8日(木)12時0分 JBpress

アフターコロナの劇場で人気なのは子役たち……。市川團十郎の長男「かんかん」こと市川新之助、寺島しのぶの長男 尾上眞秀(おのえまほろ)ら注目の少年たちは、古典芸能の中にあってもしっかりと時代のニーズを先取りしています。歌舞伎研究で知られる児玉竜一さんに、歌舞伎の今を指南してもらうシリーズ。第2回は、観客動員数をも左右する、子役たちの新しい魅力を読み解きます。

文=新田由紀子 撮影=市来朋久


日本一知られた歌舞伎子役 市川新之助・10歳

 ここ数年、チケットパワーをもつ子役ナンバーワンとして知られる市川新之助は、2022年12月、『毛抜』の主役を史上最年少の9歳でつとめた。父である十三代目市川團十郎白猿の襲名披露並びに八代目市川新之助の初舞台となった歌舞伎座「十二月大歌舞伎」だ。

「彼は舞台に出るよりも先に有名になってしまいましたが、『毛抜』の膨大な台詞をしっかり覚えて、立派にやりおおせていました」と児玉さんは、言う。

 市川新之助の本名は堀越勘玄(ほりこしかんげん)、愛称はかんかん。歌舞伎の子役として、日本で一番知名度のある10歳だろう。市川團十郎とフリーアナウンサーの小林麻央の長男として誕生したが、わずか4歳で母を亡くしている。そうした生い立ちのせいもあって、2歳上の姉、市川ぼたんとともに、早くからテレビやSNSに登場して注目を浴び続けてきた。

 7月には歌舞伎座「七月大歌舞伎」の『鎌倉八幡宮静の法楽舞』に、父、團十郎、姉、ぼたんとともに出演、9月には福岡の博多座で襲名披露公演「九月博多座大歌舞伎」も控える。


子役たちとテレビの関係

「歌舞伎役者は、他の芸能人の子どもたちとは違って、小さい時から家族そろってメディアに登場することになります。いずれ大きくなって舞台に出ることが予想されるので、顔出しで出てくるわけです」(児玉さん・以下同)

 子どもの顔を堂々と出すことができる歌舞伎役者一家の密着番組が一般化したのは、昭和50年代末ごろのことだ。

「それ以降に子役として育った世代は、上の世代と違ったところがあるかもしれません。尾上菊之助(45歳)、市川團十郎(45歳)、中村勘九郎(41歳)、中村七之助(40歳)は、物心ついたときから、まわりにマスコミがいるのが当たり前で、観客はいつも来るものだと思って育った。ある時、親元を離れて公演に出た若手が『え?歌舞伎っていつも満員なんじゃないの?』と驚き、『若旦那、そうじゃないんですよ』と言われたという話もあります。一方、たとえば松本幸四郎(50歳)が子役として育った時には、まわりにテレビカメラなんかいなかった。だからなんとかお客を呼んでこなきゃいけないという意識が早くから高かったのでしょうね」

 新之助の時代には高い伝播性を持つSNSが新たに加わった。Ameba Blogのランキング1位を続けている團十郎のブログに絶えず登場し、YouTubeでは小さい時から食事や遊びなど生活の様子がアップされてたくさんの目に触れてきた。

「子役としての密着ドキュメンタリー的なものは、あと数年でしょうから、その後どうなっていくかですね。父親の團十郎ばかりを観るのではなく、他の役者の歌舞伎も観て育っていくといいと思います。ともかくものおじしないし、襲名の舞台で1時間近い『毛抜』を演じてのけたのはあっぱれなことで、その経験が、この先よりよい方向に生きればと思います」


5月歌舞伎座で初舞台 10歳の日仏ハーフ・尾上眞秀

 5月の歌舞伎座で行われた「團菊祭五月大歌舞伎」の『音菊眞秀若武者(おとにきくまことのわかむしゃ)』では、10歳の尾上眞秀が満員の観客の拍手喝さいを浴びながら、初舞台に立った。

 有名役者の居並ぶ中に女童姿で現れ、叔父の菊之助や團十郎と踊ったのち、実は親の仇を打つために女の子といつわった男の子なのだと明かす。次の場面では、若武者姿で祖父である菊五郎に魔力をもらいながら、狒々の化け物や悪者たちと立ち回り、喝さいを浴びて花道を引っ込んでいく。

 尾上眞秀の本名は寺嶋眞秀。女優の寺島しのぶとフランス人でアートディレクターのローラン・グナシアの間に生まれている。祖父は人間国宝の尾上菊五郎、祖母は女優の富司純子。叔父は五代目尾上菊之助だ。

 2017年、5才の時に本名の寺嶋眞秀で、歌舞伎座『魚屋宗五郎』の丁稚役として初お目見え。菊五郎扮する宗五郎宅に酒を届け、堂々とセリフを言うかわいらしい姿で注目を浴びた。その後、毎年歌舞伎の舞台に立ち、花王のCM、NHK大河ドラマ『どうする家康』などテレビにも出演、今回、初代尾上眞秀を名のり、初舞台となった。

 2月7日に行われた初舞台記者会見の会場は、東京港区のフランス大使公館。フィリップ・セトン駐日フランス大使らに見守られる中、眞秀はフランス語と日本語で堂々と挨拶した。初日に先立って開かれた4月19日の会見。10歳で歌舞伎の記者会見に単独で出席したのは史上初。『徹子の部屋』にもひとりで出演して、黒柳徹子に自分の思うところを語るしっかりした姿も話題になった。

「最初から舞台度胸がある子だという定評があります。今までにもハーフとされる歌舞伎役者はいないわけではありませんでした。私にもハーフの従妹がいるのですが、アメリカ育ちで日本人離れした顔に成長しました。大きくなってみないと日本人顔になるか、西洋人顔になるかわからない。着物を着て、髷のかつらで江戸時代の日本人を演じて、違和感のない役者に育ってくれるといいですね」


寺島しのぶ夫妻のフランス式子育て

 歌舞伎の家に生まれた女の子は、自分が男に生まれなかったばかりに舞台に立てないことを突きつけられ続けて育つ。眞秀は、悔しさを抱えて実力派女優となった母・寺島しのぶのそうした思いを背負って生まれてはいるが、母の言うままに育ったというわけではなさそうだ。

 母親の寺島しのぶは、フランスの子育ては日本の子育てより一歩まさっていると感じたと語っている。例えば彼女が幼い眞秀に寒いから上着を着るように言うと、フランス人である父親のローランは、それは眞秀が決めることで寒かったら彼自身の責任だから、親が指示することではないと言っていたというのだ。

 そうした個を尊重し責任も持たせるフランス式子育てのもと、一家では、歌舞伎の道に進むことも、稽古のひとつひとつも、眞秀自身が選んでやっていくのだと明確にしてきたようだ。彼の初舞台姿には、納得しないことはやらないといった頑固さが感じられる。多様性の時代にあって、親やお師匠さんたちの言うことを聞くのがよしとされて育った従来の日本の子役とはひと味違う歌舞伎役者への成長も興味深い。


何十年も観続けるほど面白いのが歌舞伎

「歌舞伎は、長く観れば観るほど値打ちが出るものです。その役者を子どもの頃から観ていれば、親戚のおじちゃんおばちゃん状態で、『昔はあんなに未熟だったのにね』とかいう権利もあります」

 新之助の父である團十郎と、眞秀の叔父である菊之助は、小学生の時に二人で『春興鏡獅子』の胡蝶役を踊っていた。噴き出して笑ってしまったこともある團十郎(当時は新之助)にはその後のやんちゃぶりの片りんが見られたというべきか。そして、2021年、同じ演目で菊之助が獅子をつとめ、長男の丑之助(当時7歳)が、坂東彦三郎の長男亀三郎(当時8歳)とともに、胡蝶を踊っている。

 有名子役のトップクラスには、中村勘九郎の長男・勘太郎(12歳)と次男・長三郎(10歳)もいる。勘九郎自身も、人気役者であった故・十八代目中村勘三郎の息子として有名な子役だった。小学生で踊った『越後獅子』は大人顔負けの上手さ。歌舞伎が好きでたまらないのは、その弾むように踊るリズム感に見て取れた。そして、2021年、同じ『越後獅子』を、やはり歌舞伎が好きでたまらない子役に育った勘太郎が見事に踊ってみせたのだ。

 歌舞伎の劇場で売られている筋書きの巻末には、当月の演目に関する昭和20年以降の上演記録が掲載されている。今月丑之助がつとめている役を、かつて父の菊之助や祖父の菊五郎がつとめているのだといったことも分かるし、自分が前に観た舞台がどんな顔ぶれだったかも分かるようになっている。何十年と観続けてさらに愉しみが増すのが歌舞伎だ。


「この子はどうなっていくか?」と見守る

 バレエやオペラなど他の舞台芸術では、下手でもいいなどということはないが、役者の一生を観続けていく歌舞伎ではちょっと違う。小さな子役が、舞台で間違えたら、客席からはあたたかい拍手がわきあがる。そして、年月を経て足元がおぼつかなくなった老優にもまた、あたたかい拍手が寄せられるのだ。

 子役の舞台で、「後ろでお父さんとおじいさんが心配そうな顔をしてたね」「あの子も、お兄ちゃんに負けないぐらい随分うまくなってきたよ」と、リアルな家族ドラマを観ることができるのが歌舞伎だ。未熟なものも愛する日本人の「かわいい」文化に通じるものや、「育ゲー」要素もあると言えるかもしれない。

「ただし、歌舞伎でのちに天下を取る子たちは、かなり早いうちにちゃんと『ただものではない』頭角をあらわします。当代の團十郎が、新之助と名乗っていた1990年、12歳で現代劇『ライル』に出演したときのこと。新之助は、すでにミュージカル『レ・ミゼラブル』にも出ていて名子役だった山本耕史と共演し、『僕と年は変わらないのになんでこんなに上手いんだ』とショックを受けたといいます。ところが山本耕史のほうも、新之助にショックを受けていた。『僕の方が上手いのに、この子はなんでこんなにいいんだ』と。つまり上手下手だけではないんですね」

 一方、子どもの時に出来すぎていてかえって伸びない場合もある。

「よく、子役育ちの女優さんは、長じて大人の女性を演じるのが難しいといいますが、歌舞伎の名子役も成長して名優たりえないことがあります。しかし、当代・市川猿之助のように子どもの時から超絶上手くてそのまま大人になっていく役者もいます。『さて、この子はどうなるんだろう?』と見守っていくのも、歌舞伎の面白さです。

 どうして歌舞伎だけ、子どものころから特別視されるのかという誤解が、ときどきあります。でも、子どものころから人生を賭けて修業しなければならないのは、歌舞伎だけではありません。バレエもピアノも囲碁も将棋も、みな子どもの時からその道に賭けるでしょう。天分があっても18歳から始めたのと、並みの才能でも6歳から始めたのとでは、40歳になった時の差は明白です。子どもの時というのは、それほど大切なのです」

※年齢は記事公開時点(2023年6月8日現在)。

筆者:新田 由紀子

JBpress

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