ラー博史上最大のプロジェクト「あの銘店をもう一度」第21弾 ふくちゃんが素通りさせぬ店の味 福岡・博多「ふくちゃんラーメン」

2023年8月21日(月)10時30分 @Press

新横浜ラーメン博物館(横浜市港北区、代表取締役:岩岡 洋志)は、30周年を迎える2024年へ向けた取り組みとして、過去に出店した約40店舗の銘店が2年間かけ、3週間のリレー形式で出店するプロジェクト「あの銘店をもう一度」を2022年7月1日(金)にスタートさせました。
アメリカ・NY「YUJI RAMEN」に続く第21弾として、2023年8月29日(火)〜9月18日(月)まで、福岡・博多「ふくちゃんラーメン」が出店します。
同店は、2004年8月3日〜2009年11月24日の間、当館にご出店頂きました。博多から車で30分ほどかかる閑静な住宅街にも関わらず、連日行列が絶えない常連さんに愛され続ける銘店です。
詳細は下記をご参照ください。

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ふくちゃんが素通りさせぬ店の味

●ふくちゃんラーメンの歴史
創業者・福吉 光男氏は昭和30年代、当時長浜にあった「しばらく(屋台の支店)」で修業を積み、そこで出会った千恵子さんと結婚。その後独立し、昭和50年8月1日、福岡県早良区百道に店を構えました。屋号「ふくちゃんラーメン」は福吉氏のあだ名に由来しています。
店は繁盛し、多くの常連客で賑わいましたが、昭和54年、福吉氏は病気にかかり、店を締めざるを得なくなりました。その際、白羽の矢が立ったのは、妻・千恵子さんの妹のご主人である榊 順伸氏。ラーメン作りの経験が無かった順伸氏は、独学でラーメン作りを学び、ふくちゃんラーメンを引き継ぐこととなりました。「自分に代わったから味が落ちたとは言われたくなかった」という想いで励み、徐々に新たな常連さんが付くようになって行きました。その後、ふくちゃんラーメンの評判は「博多ラーメンの新興勢力」として口コミで広がり、長いときには1時間半もの待ち時間が出来る大繁盛店になりました。

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ふくちゃんラーメン開店時の外観(1975年8月1日)
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二代目・榊 順伸氏(1993年撮影)
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百道時代の外観(1993年撮影)

しかし繁盛店の宿命とも言うべきか、行列が長くなるにつれ、路上駐車による近隣からのクレームが出始め、日に日にその数は増えていきました。「このままではラーメン作りに集中できない」と考えた順伸氏は、悩んだ末に、博多から車で30分ほどかかる閑静な住宅街への移転を決断。新横浜ラーメン博物館が開業した1994年のことです。電車も通らない不便な場所ということで、移転直後こそお客の数が減ったものの、移転を知った以前の常連さんが次々と押し寄せてきたことでまた行列が出来るようになりました。
2003年1月、順伸氏が突如倒れたことから、長男・伸一郎氏へと世代交代。父親の定位置に伸一郎氏が立ち始めて今年で20年の月日が経ちましたが、変わらぬその味を求め、連日常連さんで賑わっています。

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田隈本店の行列(2004年撮影)
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三代目・榊 伸一郎氏(2023年撮影)

●新横浜ラーメン博物館への出店
新横浜ラーメン博物館がオープンする前、博多代表として「ふくちゃんラーメン」、「八ちゃんラーメン」、「一風堂」といった店舗が候補に挙がっていました。当館が誘致活動を始めた1992年頃、博多で圧倒的に支持を受けていたのは、当時百道にあった「ふくちゃんラーメン」でしたが、その当時、お店があまりにも忙しく、話をしていただける時間もほとんどないような状況でした。
2003年頃、再度アプローチをかけた際、順伸氏ご夫婦には興味を持っていただけたのですが、代替わりしたばかりの本店も忙しく、人を出す余裕がないという理由から話は進んでいきませんでした。
その後、次女(伸一郎氏の姉)の伸江氏がラー博店の店長として新横浜に行く事に決まり、2004年8月、ラー博10周年の年に、念願のふくちゃんラーメンがオープンすることとなったのです。
今回の「あの銘店をもう一度」の出店においても、3週間の期間内、伸江氏が陣頭指揮を取られます。

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ラー博店の行列
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榊 伸江氏

●「ふくちゃんラーメン」のラーメン

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「ふくちゃんラーメン」のラーメン

・スープ
豚頭のみを使用した、キレとコクを兼ね備えた臭みのないスープ。その秘密は「新しいスープ」と「熟したスープ」とのブレンド。「新しいスープ」にはキレがあるが、コクがない。そのコクを引き出すのが「熟したスープ」なのです。
タレは「濃い口醤油」と「うま口醤油」をブレンドし、和風素材や数10種類の香辛料を加えたもの。一般的な博多ラーメンと比べると醤油感を強く感じるのですが、ブレンドされた濃厚なスープがその醤油感をマスキングし、なんとも言えぬ絶妙な風味と味わいを醸し出します。

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キレとコクを兼ね備えた臭みのないスープ
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「新しいスープ」と「熟したスープ」とのブレンド

・麺
一般的に九州のラーメンは極細という認識をもたれているのですが、替え玉の発祥である長浜の流れを汲むラーメン店がそうであり、本来博多の麺は長浜より少し太い麺が昔から使われていました。ふくちゃんラーメンの麺は、その昔ながらの博多の麺を使用。麺は低加水(小麦に加える水の量が少ない)のため、濃厚なスープを吸い込み相性は抜群です。

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昔ながらの博多の中細麺

・ニンニククラッシャーの先駆者
紅生姜、高菜、擦り胡麻、生ニンニクなどの薬味がテーブルに置かれるスタイルは博多ラーメンの定番となっていますが、その中で生のニンニクをクラッシャーで潰して食べる方法を最初に取り入れたのはふくちゃんラーメンです。
あらかじめ擦ったニンニクでは風味がよくなく、フレッシュなものを食べてもらいたいという想いから、当時流通していなかったクラッシャーを探し、スイス製のレモン絞り機を見つけて使い始めたのです。

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ニンニククラッシャー

「ふくちゃんラーメン」の更に詳しい情報はこちら
https://note.com/ramenmuseum/n/nd415e7e0c215

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あの銘店をもう一度

福岡・博多「ふくちゃんラーメン」に続く22店舗目には、福岡「魁龍 博多本店」にご出店いただきます。出店期間は、2023年9月19日(火)〜10月2日(月)の2週間となっております(※通常3 週間の出店ですが、「魁龍 博多本店」は2週間の出店となります)。第23弾以降の出店スケジュールは、改めてお知らせいたします。

過去のニュースリリースはこちら
https://www.raumen.co.jp/information/release/


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