宇野昌磨、三原舞依らの衣装を手がけるデザイナー・折原志津子のこだわりとは

2023年10月4日(水)12時0分 JBpress

文=松原孝臣 撮影=積紫乃


「あまり考えてないんですよ」

 足を踏み入れた途端、圧倒される。窓の外に木々が広がる穏やかで静謐なアトリエには製作の途中にある衣装が数多く吊られている。

 圧倒されるのはそれらばかりではない。壁沿いには生地や糸、ストーンなどがボックスなどに整理されて並べられている。その数こそ、圧倒的だ。

「どんどん増えていっているんです」

 笑顔を見せるのは、衣装デザイナーの折原志津子だ。国際大会で活躍するトップスケーターを含む数多くのスケーターの衣装のデザイン、製作を手がけてきた。昨シーズンは宇野昌磨のフリー『G線上のアリア』、山本草太のフリー『ラフマニノフ ピアノ協奏曲第2番』、三原舞依のエキシビションナンバーである『アメイジング・グレイス』『さくら』などを手がけ、それぞれが強い印象を放った。それは衣装と選手、演技が巧みに絡み合い、融合されていることから生まれていた。

 依頼にあたって、選手側から寄せられる要望はさまざまだ。色の指定があったり、テイストの希望があったり、その度合いも異なる。そもそもプログラムで使用する曲が、デザインにおいての大きな要素となる。

 その中で、どのように折原のデザインにおける色合いは生まれるのか。

「あまり考えてないんですよ」

 と答える。さらに尋ねると、折原は語った。

「最初に絵を描きます。どのようにイメージするのか……『これ、似合いそうだよね』で始まっていると思います。この色を着たことはないけれど似合いそうとか、こんなのを着たらかわいいんじゃないかとか、そういったところからでしょうか。ですから自分の想像力というより、まずはその子が今までにどんなのを着ているかを見たりして、せっかくなら違うものを作ってあげたいという感じだと思います」

 その上で、例えば、この数シーズン手がけてきた三原舞依についてこう語る。

「舞依ちゃんの場合は、華奢で小柄なので可愛くなりすぎずに、ということを意識しています。色味もこだわりますし、ふわっとさせたり。私が作るのはいつもAラインです。それがすごく似合っているので、あまり他が考えられない感じですね」


着ることで、演技にプラスになる衣装を

 宇野の『G線上のアリア』についてはこう話す。

「『グレー系で、セパレート、長袖で』というのが依頼の内容でした」

 それを受けて、いちばんに考慮したのは「彼の滑りがいちばん、それを壊さないこと」。

「動きやすいというのは大前提ですし、宇野昌磨選手がいちばんこだわるのもその部分です。その上で、本人の演技に、着ることでプラスになる、そういう感覚で取り組みました。衣装は凝ろうと思えばどれだけでもできるんですけれど、衣装ばかり目立つ、衣装が目立って素晴らしいというのが違うと思うんです。ですから変に豪華すぎず、ごてごてしないように抑えた感じで作っています」

 あらためて、折原は言う。

「デザインについて大それた話はないです」

 控えめに話す中でも、ディティールへのこだわりの徹底はうかがえる。例えばピンクの生地を用いるとしたら「ピンクでも10色くらいの生地を比べます。買って比べます。そのとき使えない生地も後で何かに使えると思いますので」。

 あるいはストーンの配置も輝きを計算し尽くしているし、ストーン自体も厳選している。

「一見、同じような色や輝くに見える石でも、よく見ると違うんです」

 差し出されたストーンは、どちらも同じに見える。相当時間をかけて見ても違いは分からない。でも、違うのだと言う。

「サイズも、ほんのちょっとした違いであっても、見え方が変わってきます。だから石もいろいろなサイズを買います。同じ石でも3種類くらいのサイズを、できれば4種類は買っておきたいです」

 生地は自ら染め上げ、繊細かつ鮮やかなグラデーションを生地に彩る。そうした1つ1つへの、細部に行き届いたこだわりがある。

 そのために、いつ使うともしれない素材を手元に置いてある。

「まだこれでも、足りないです」

 アトリエ中にある、さまざまな素材を見渡し、笑顔を見せる。

 細部にこだわり抜き、そしてそれを1つの作品としてまとめあげることができるからこその、衣装だろう。

 ただ折原は、服飾関連の学校に学んだわけではなく、衣装デザイナーを目指していたわけではない。

 どのようにフィギュアスケートの衣装デザイン・製作へと向かったのか。

 そして、素材をはじめディティールへのこだわりにとどまらない、衣装を作る上での思いとは何かをたどっていきたい。(続く)

折原志津子(おりはらしづこ) 衣装デザイナー。フィギュアスケートの衣装のデザイン、製作を一貫して行なう。東京藝術大学工芸科を卒業後、ドイツの美術専門大学に留学。その後フリーランスでニット・アパレル・クラフトのテレビや書籍、雑誌等の仕事を経て、2007年にMu-costume designを立ち上げる。

筆者:松原 孝臣

JBpress

「三原舞依」をもっと詳しく

タグ

トピックス

x
BIGLOBE
トップへ