三原舞依「もう続けられないのかな」2023-2024シーズン、気持ちを立て直すまでの原動力

2024年3月18日(月)8時0分 JBpress

文=松原孝臣 撮影=積紫乃


キャリアハイだった昨シーズン

 約束していた取材の場所に姿を見せた三原舞依は、いつものように丁寧な挨拶とともに席につくと、こう語った。

「思っていたのと、シーズンを通しての過ごし方は違うものになってしまっています」

 穏やかに、まずは今シーズンを振り返り始めた。

 昨シーズン、三原はキャリアハイと言える成績で駆け抜けた。グランプリシリーズは2大会ともに優勝し、初めて進出したグランプリファイナルでは初優勝。全日本選手権で2位となった三原は、6年ぶりに世界選手権代表に選ばれた。

 その世界選手権では、大会を前に右足を負傷した影響はあったが5位となる。何よりもその演技は観る者を魅了した。4月には国別対抗戦に出場。充実したシーズンを過ごしたあと、変調は夏の終わりに訪れた。

「けっこう痛みが出始めて」

 それは右足首だった。

「世界選手権のときとは違うところです。あのときはジャンプしてトウを突いたときにひねったような感じの痛みだったんですけど、別のところが痛くなってしまって。どこかしらいつも痛いところはあるんですけど、治療をするために長い期間休まないといけないって言われるようなものじゃなかったので、最初に痛みを感じたときはちょっと休んだら治るというくらいの気持ちでいました」

 だが、休んでも痛みはとれない。

「最初は湿布や痛み止めでなんとかしていたんですけど、それでも全然痛みが治まらなくて練習に行けなくなっちゃったり、どうしたらいいのか分からなくなってしまって。ちょっと休んだらよくなるだろうと思っていたんですけど、なかなか痛みがとれないまま月日がどんどん経ってしまって」

「病院に行くのもちょっと怖かったり」した三原は、ついには診察を受けた。

「診てもらうと、ただの痛みじゃないのが分かりました」

 出場を予定していた近畿選手権、中国杯は欠場を強いられた。

 11月下旬に開幕するNHK杯が迫っていた。足の状態は回復にはほど遠かったが三原は出場を決断する。中野園子コーチは「(大会の)1週間前まで歩くのがやっとでした」、出場は「本人の希望でした。1回も試合に出ていなかったので試合の感覚とかいろいろなことが不安だったでしょうし」と大会後に明かしている。

 その状態の中、三原は出来得る限りの演技を披露する。ショートプログラム4位で迎えたフリー。事前のシミュレーションに加え、滑りながら今何がベストかを考え、予定していたジャンプの構成を変更しながら滑り終えた。

「十数年スケートをしてきた中での経験がいきた部分です」

 と、三原は試合後に語った。まさに積み重ねてきたキャリアあってこその演技を、中野コーチも称えた。

「いろいろな経験をいかしてまとめましたので、さすがだなと思います」

 NHK杯までの状況を考えれば、フィニッシュまで滑り切るのも容易なことではない。その中にあって、これ以上はないと言える演技を披露し、8位で今シーズンの初戦を終えた。


「練習を100%楽しむことができなくて」

 翌月の全日本選手権ではNHK杯以上に内容を向上させて5位となる。

「練習で1回1回ジャンプの精度がどんどん上がってきていて、それを本番で出し切ることがNHK杯以上に達成できたことの1つだと思います」

「NHK杯のときの状態から全日本の今の状態を自分でも想像はしてなくて。最後まで演じ切ることができて、また1つ成長できたのかなと思うので、次の試合をもしもらえたら、そこに向けてまた全力で頑張りたいと思ってます」

 演技を終えて、笑顔が弾けた。

 その時間を、三原は振り返ってこう語る。

「全日本が終わった直後はちょっとアドレナリンとか出ているのもあって、痛みをあまり感じてなかったところもあったと思います」

 高揚もあっただろう、ただ、試合後の言葉や表情には、試合を1つ重ねて、上昇できたという手ごたえがうかがえた。はっきりと前を見据えているようだった。

 全日本選手権終了後、各大会の代表選考会議が行われ、三原は四大陸選手権への派遣が決まった。

 ターゲットは定まったはずだった。でも——。

「帰って全日本の振り返りやチェックをして、『ここからまた上げていくぞ』という思いが強かったんですけど、日々の練習をしていく中で目指す演技と自分の体の状態にちょっとずれがあったところもあって。目標として、全日本以上のショート、フリーをすると強い思いで決めていたのに練習で痛くなってきてしまったり、プログラムで自分の思うようにジャンプが入らなかったりというのがちょっとずつ続いていきました」

 その時間を「練習を100%楽しむことができなくて」と表現する。練習に真摯に打ち込み、練習そのものを大切にするからこそ、納得のいくところまで練習に打ち込めないのが苦しかった。

「やっぱり昨シーズンのような、いい演技ができて結果もついてくるシーズンにするためには練習が必要というのは私もすごく分かっていたので。(中野)先生は『できないんだったらやめたらいい』という感じの言葉で私を励ましてくださいました。いつもだったら『頑張らないとあかん』と切り替えられるんですけど、そのときはマイナスに受け取ってしまって…」

 葛藤はふくらんだ。描いていた青写真とのギャップに苛まれた。

「全日本のあと、四大陸選手権の前までは『もう続けられないのかな』って思ってしまった時期もありました」

 でも、そのまま沈んではいなかった。

 三原は気持ちを立て直していった。

 その原動力は何だったのか——。(後編へ続く)

筆者:松原 孝臣

JBpress

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