プーチンも信奉する「ゴールデンビリオン陰謀論」とは? 10億人の選民がロシアを奴隷化

2022年10月29日(土)17時0分 tocana


 ロシアによるウクライナ侵攻はいまだ出口が見えない。ロシアを率いるプーチン大統領の思惑、企図は何なのか……専門家も頭を抱える難題だが、そのヒントがプーチン大統領と首脳部クレムリンが敵対視する「ゴールデンビリオン」にあるかもしれない。


 ゴールデンビリオン(黄金の10億人)とは、ソヴィエト連邦の崩壊目前だった1990年に出版された『世界政府の陰謀:ロシアとゴールデンビリオン』に言及される10億人の選民のことだ。人口過密、環境破壊、食糧難、資源争奪のための戦争へ向かう世界情勢において、自らの特権的地位を保持しながら人口を調整し、その栄華を極める人々、それがゴールデンビリオンである。著者アナトリー・K・チクノフ(Tsikunov Anatoly Kuzmich:1933-1991)が不審死を遂げたことにより、同説は一挙に広まった。


 同書はソヴィエト連邦が崩壊する直前に上梓されたため、終末論的不安に彩られて記されているため、ゴールデンビリオンも西側主導の世界統治を前提として描かれている。ゴールデンビリオンは、ロシアの天然資源と広大な土地を狙っているという理屈が展開され、それゆえ西側諸国が仕掛けてくるあらゆるメディア戦略、文化侵略、領土闘争は、すべて大国ロシアを奴隷化せんとする「ゴールデンビリオンの陰謀」だとされる。


 いったい著者のチクノフは、どんな理由からこのような陰謀論を構想したのか? チクノフはソヴィエトの経済ジャーナリストであり作家である。彼の主張は、ロシア=トルコ戦争(1877-1888)の調停「ベルリン条約」への反感に基づいている。同条約は拡大を望むロシア帝国に対し、オーストリア=ハンガリー帝国とイギリスによる牽制を意味する領土分割案であり、ロシアにとっては不満なものだった。


 ロシアは領土を縮小され、影響下にあったブルガリアもオスマン・トルコの支配下のままとなった。ボスニア・ヘルツェゴビナはスラヴ人が多いにも関わらず、ロシアではなく、ハンガリー=オーストリア帝国の統治下となった。いわば世界の火薬庫バルカン半島の基礎となるロシアのスラヴ主義とオーストリアのゲルマン主義の衝突の起源が、ベルリン条約にあるといえるだろう。


 このような歴史的背景のもと、戦争で父親を亡くしたチクノフにとって、冷戦下、西側諸国に圧倒される祖国は耐えがたいものだったはずだ。労働者の母に育てられた彼は、やがて運河流通会社の整備士として働きながら詩や短編小説を書き始め、後に新聞記者になる。その後、モスクワ国際関係研究所に入り大学院まで学び、著書『世界政府の陰謀:ロシアとゴールデンビリオン』を記すことになる。そして1991年5月、チクノフは出張先のニジネヴァルトフスクのホテルにて、遺体で発見され、原因不明の不審死事件として処理された。


 チクノフによればマルサスの人口論が指摘するように人口増加は喫緊の課題であり、放置すれば環境破壊、食糧難と飢餓、資源獲得のための戦争を招き、世界に終末が訪れるという。そこで、迫りくる終末に対し、西側諸国は地球人口を10億人に収めることが適正と断じ、資源産出国をその支配下におこうと画策し躍起になる。そして、その資源産出国こそ、チクノフの愛する祖国ロシアだというわけだ。


 にわかに信じがたいことだが、この陰謀論はロシア政府中枢に浸透している。米誌「The Washington Post」によると、プーチン大統領やメドベージェフ前大統領など政府高官が折りにふれ、ゴールデンビリオンに言及しているという。また、プーチン大統領の後継者候補の呼び声高いニコライ・パトルシェフ氏は、「西側は人権、自由、民主主義と口ではいうが、その内心はゴールデンビリオンの教義に縛られている」と発言したと報じられている。


・The apocalyptic vision behind Putin’s ‘golden billion’ argument(The Washington Post)


 ロシアが西側と敵対するその根拠、あるいは、少なくともそうした敵対心を補強する材料になっているのだとすれば、実に不気味な話である。いずれにしろ、こんな陰謀論でウクライナ侵攻を正当化するようなことは断じて許されないだろう。少しでも多くの人命が救われ、一日も早く平和が訪れることを願うばかりである。


参考:「The Washington Post」、ほか

tocana

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