ファン待望の新シリーズ『Re:ゼロから始める異世界生活』、アニメ戦国時代に見る、若者の秘めた逃避願望の映し絵

2024年10月29日(火)6時0分 JBpress

(文星芸術大学非常勤講師:石川展光)


死ぬとある地点からやり直せる転生ものの名作

 今秋放映のアニメは、75本にのぼる。全作を観るとおよそ450時間かかることになる(※一話30分、ワンクール12話だと仮定した場合)。これは年間ではなく、ワンクールの数字だということである。

 10月からTOKYO MXほかで放送を開始した『Re:ゼロから始める異世界生活 3rd Season』(以下『Re:ゼロ』)はそんなアニメ戦国時代においては名作に類する1本である。原作は長月達平のライトノベルで、マツセダイチ、楓月誠らによってコミカライズされている。アニメ製作はWHITE FOX。

 アニメは第1期が2016年、第2期が2020年に放送されており、4年越しとなるファン待望の新シリーズだ。声優陣は小林裕介、子安武人、松岡禎丞、江口拓也などなど、豪華な顔ぶれである。

 原作はいわゆる「なろう系」の代表的なライトノベルとして名高い作品である(ちなみに原作はまだ全然終わる気配がない様子)。「なろう系」とは、無料web小説投稿サイト「小説家になろう」に投稿されるライトノベルの系譜のことで、俗にいう「異世界転生モノ」の作品のほとんどがこれに属するものだと言っていい。

 主人公は至極フツーの高校生か、あるいはニートであることが多く、第1話の冒頭で何らかのアクシデントでいきなり死ぬ。そして現実世界ではない異世界に転生し、そこでご都合主義的な展開で大活躍したりしなかったりするという展開で、その裾野は深く広い。

 こういう様式が出来上がってしまっているが故に、どの作品も非常に涙ぐましい創意工夫が凝らされている。転生したらスライムだったり、自動販売機だったりするものさえある。転生先の生活も様々である。

 本作の主人公ナツキ・スバルも、過去世においてはご多聞に漏れずニートである。高校デビューに失敗し、学校に行けなくなってしまった人物だ。ジャージ上下のままコンビニに行った先で、何の前触れもなく異世界に転生する(どうも死んだわけではないらしい)。が、転生して数分たらずのうちに暴漢に襲われ、すごく簡単に死ぬのである。そして次の瞬間「セーブ地点に戻る」のだ。

 当初スバルはそれに動揺するものの、自分の能力が、死ぬとある地点からやり直せる「死に戻り」であることに気づく。こうしてあらゆる人生の選択肢を試みては死んで戻る、ということを繰り返す。ご存知タイムリープものの典型で、「時をかける少女」などと同じである。


若者たちの秘めた逃避願望の映し絵

「世界線」という言葉をご存知だろうか。主人公がある選択をした人生と、しなかった人生で分岐するパラレルワールドのことである。『Re:ゼロ』はこれ自体を楽しむ作品だ。そしてお約束通り、あらゆるタイプの美少女が登場する。ある世界線ではそのうちの一人にブチ殺され、ある世界線ではその子からデレデレに惚れられる。それぞれの選択肢のなかで組んずほぐれつしながら、物語はじりじりと進む。そしてその度に、スバルは必ず死ぬのである。

 本作の見せ所は、スバルの身もフタも無いほどの醜態の晒し方であろう。どうやってもうまく行かず、何もかもイヤになって自暴自棄になったりもする。死に方も痛みが伝わるようなエグいものが多い。そんな中で「そうか、死んでしまえば良いんだ」という考え方がスバルに芽生える。リセットしてセーブポイントに戻れば良いという感覚はゲームでは当たり前だろう。

 この楽しさは90年代のゲーム「かまいたちの夜」や「街〜運命の交差点〜」などのサウンドノベルに似ている。画面上に展開する物語を読んでいくと複数の選択肢が現れ、それを選んだ先で物語やエンディングが変わるゲームである。本作の着想はおそらくここからきているものと思われる。

 実際にやってみればわかるのだが、この手のゲームは、いかにバッドエンドであろうと、新しい分岐点を模索して「これまでと違う展開=違う世界線」を発見することが本懐である。

 とはいえ、その世界線でスバルが安易な死を選んだのなら、遺された人々はどうなるのだろうか。当然、非常に悲しいわけである。散々な結果だけが取り残されるので、きわめて無責任でさえある。やはり「死」はどの世界でも重く、軽率に選択していいものではない。そういうことを悟らせる回もあるのが、この作品が名作たる所以であろう。

 当世の「なろう系」隆盛は、若者たちの厭世観からきていることはいうまでもない。家庭や学校、SNSでの人間関係などで、強いストレスを抱えている若者たちは、今もどこかで密かに「いっそ消えたい」と願っている。私はその現場を幾度となく見てきた。だから知っている。今の若者たちは、疲弊しすぎているのである。

 それ故に「なろう系」の主人公たちがニートや引きこもりだったりするのは無理もない。彼らにとって現実世界とは唾棄すべき理不尽に塗れた地獄のように映っているのだ。いじめ、同調圧力、パワハラやモラハラなど、あらゆる暴力に辟易しているのだ。そしてその中で戦うよりも隷属するほうが楽だと諦めてしまっているのである。更に言うなれば、若者たちの多くは世の中についてこう感じているのではないか。

「今よりも未来の方が状況は悪くなっているんだろうなぁ……」

 ここまで将来の夢を声高に語らない世代はかつてなかったと感じる。文化は世相を確実に反映する。若者たちの儚くも健気な夢物語の数だけ、この作品に反映されているのである。年間200本以上のアニメが公開されるという事実も、若者たちの秘めた逃避願望の映し絵とも言えるのではないだろうか。

(編集協力:春燈社 小西眞由美)

筆者:石川 展光

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