現代美術家AKI INOMATAが「風の谷のナウシカ」に学ぶ生物多様性の意味
2024年12月27日(金)15時0分 大手小町(読売新聞)
日本が世界に誇るカルチャー「マンガ」を活用して生物多様性の重要さを訴える、WWF(世界自然保護基金)ジャパンの取り組み「コミック・ダイバース(COMIC DIVERSE)」が注目を集めています。マンガ家やマンガ研究者、書店員ら計12人が、生物多様性について描かれたマンガをそれぞれの視点で選び、選んだ理由やマンガへの思いをエッセーにつづったものです。今年6月上旬に特設サイトを公開すると、若年層などから大きな反響が寄せられました。12人の参加者の中から、現代美術家・AKI INOMATAさんに話を聞きました。
人類と生物の関係性を再考する作風で知られるINOMATAさんが、コミック・ダイバースで選んだマンガは、宮崎駿「風の谷のナウシカ」。
1982年からアニメ情報誌「アニメージュ」(徳間書店)で連載された作品で、INOMATAさんは「私たちの世代にとっては、誰でも知っているし、何らかの形で影響を受けている」と語ります。
コロナ禍の間にこの作品を再読した際、「マスクを着用していた日々が、作中で描かれた状況と似ており、驚いた」と語るINOMATAさんは、さらに作品を精読して、「文明が行き過ぎたために自然が破壊され、腐海(作品に登場する菌類の森)が持つ浄化作用が人間にとっては毒になってしまうという作品の世界観」に深く考えさせられました。
WWFが先ごろ発表した「生きている地球レポート2024」では、1970年から2020年までの50年間に、野生生物種の個体群が73%も減少したという深刻な状況が明らかにされました。
まさに生き物が激減する時代を生きてきたINOMATAさん。「生物をしっかり見つめよう。生物とかかわる中から彼らのことをもっと学ぼう」という思いを、自身の作品制作にも反映してきました。
金沢21世紀美術館(金沢市)で開催中の「すべてのものとダンスを踊って—共感のエコロジー」展には、「彫刻のつくりかた」と題するINOMATAさんの作品が展示されています。五つの動物園のビーバーの飼育エリアに角材を設置してもらい、ビーバーがかじった角材を集めて、作品の形に展開したものです。
また、彫刻家に依頼して、ビーバーがかじった角材の形を基に人間大のスケール(現物の角材の3倍)に模刻してもらった作品も展示されています。ビーバーが作ったものを人間がまねて作った作品と言え、「ビーバー」「樹木」「人間」の3者の誰もが作者であり、誰もが作者ではないという奇妙な関係性が生み出されています。
INOMATAさんはコミック・ダイバースで、この作品について、「生きものをちゃんと見よう」というメッセージを込めたと明かしたうえで、「私たちができることは、生物を知ることをやめない、関わることをやめない、生物と関わるなかからもっと学ぶことではないでしょうか。それはまさにナウシカが腐海と共に生きることを決意したことと変わらぬことなのです」とのメッセージを記しています。
INOMATAさんのほかに、コミック・ダイバースにエッセーを寄せた顔ぶれと、選んだマンガは以下の通りです。
▽里中満智子(日本漫画家協会理事長)手塚治虫「とんから谷物語」、うすくらふみ・今泉忠明「絶滅動物物語」▽夢眠ねむ(夢眠書店店主)杉浦茂「おもしろブック版 猿飛佐助」▽田口康大(教育学者)田中相「地上はポケットの中の庭」▽荘子it(ラッパー)冨樫義博「HUNTER×HUNTER」▽越智康貴(フローリスト)秋乃茉莉「Petshop of Horrors」▽武田砂鉄(ライター)谷口ジロー「谷口ジローコレクション ふらり。」▽荻原貴男(REBEL BOOKS店主)早良朋「へんなものみっけ!」▽辻山良雄(Title店主)谷口ジロー「歩くひと 完全版」▽山本美希(マンガ作家/研究者)西村ツチカ「北極百貨店のコンシェルジュさん」▽金城小百合(マンガ編集者)清水玲子「22XX」▽東梅貞義(WWFジャパン事務局長)矢口高雄「釣りキチ三平」、うめざわしゅん「ダーウィン事変」
特設サイトに多くの反響が寄せられたため、WWFジャパンは8月末、同名の冊子版(B5判、48ページ)を1000部発行し、無料配布しました。図書館などの公共施設や書店などから要望が寄せられ、3か月間でほぼ“完売”するほどの人気を集めました。
コミック・ダイバースのウェブ・アンケートには、「子どもの頃に読んでいた本やマンガが、実は生物多様性等の社会問題を表現した内容だったかもしれないと考えさせられた」「マンガは実感を伴わない現状を想像しやすいツールで、紹介された作品も興味深いものが多かった」といった感想が数多く寄せられているそうです。
WWFジャパンは来年6月までに、コミック・ダイバースの第2弾をリリースすることを検討中です。WWFジャパン事務局広報担当の増本香織さんは「生物多様性の危機を自分ごととして捉えるためにも、日常の中で生物多様性について楽しくわかりやすく触れる機会を増やせたらと思います。第2弾は、マンガ作品をきっかけに、生物多様性について、対話を促す双方向性のある内容にしていきたいです」と語っています。
(読売新聞メディア局 市原尚士)