「ほとんどがバイト生活」プロに近づくほど“お金がかかる厳しい世界"…バレリーナで「食べていく」のがあまりにも困難なワケ

2025年1月3日(金)12時10分 文春オンライン

「プロを目指すのであれば、コンクールに出る時の衣装代や交通費も必要になります。でも、そうやって頑張ってプロになったからといって日本ではバレエだけでは食べていけないのが現状です」と語るのは、創立75年を迎えた谷桃子バレエ団の芸術監督である高部尚子さん。


 なぜバレリーナの生活は厳しいのか? なぜバイトに励んだり、仕送りを貰う子がいるのか? 業界の厳しさを、同バレエ団を追い続ける映像ディレクターの渡邊永人氏の新刊『 崖っぷちの老舗バレエ団に密着取材したらヤバかった 』(新潮社)より一部抜粋してお届けする。(全2回の2回目/ 最初 から読む)



バレエだけで食べていける子は一握り…厳しいバレリーナたちの生活とは? 写真はイメージ ©getty


◆◆◆


「トップバレエ団」と「それ以外」の差


「KバレエはTBSがスポンサーに付いているのでここまで多額の助成金は必要ないんです」


 テレビのキー局・TBSといえば紛れもない大企業だ。しかし、そもそもなぜ国内有数の大企業がバレエ団のスポンサーに付いてくれるのか?


熊川哲也さんが大スターだからです。バレエに興味がない人でも熊川哲也さんの名前は知っている。渡邊さんも知っていたでしょ? 逆に髙部尚子は誰も知らない。やっぱり、その差ですね」


 冗談めかして笑いながらも、少し俯きながら話す髙部先生。


 もちろん「スターだから」というだけの理由ではないと思うのだが、確かに誰でも知っている人がいるというのは大きい。そもそも谷桃子バレエ団だって、元々は谷桃子さんというその時代では名の知れたバレリーナが立ち上げたのだ。やはりバレエの世界においても知名度というものは大切だということだ。


「やっぱり、バレエ団はスターが作らないといけないってことですね。もちろん谷桃子先生は大スターだったけど、谷先生亡き後のバレエ団をどうしていくか、それが難しい」


 髙部先生は思い悩むように目を伏せた。


「実際のところ、谷桃子バレエ団は今プロバレエ界ではどのくらいの位置にいるんですか?」


 もうここまで来たらとことん聞いてしまおう。配役会議が終わり、僕と髙部先生の二人だけになった応接間で少し失礼にも思える質問をぶつけた。


「順位を付けるのは難しいですが、新国立劇場バレエ団・Kバレエ団・東京バレエ団、この三つが日本のプロバレエ団のトップ3かなと私は思っています。谷桃子バレエ団は、その次くらいに入れるように頑張りたいなという気持ちでいます」


 時折言葉に詰まりながらも、髙部先生は願いを込めるように言った。聞きたいことはまだまだある。


「その三つのバレエ団と谷桃子バレエ団では、そもそも入ってくる人のレベルが違うということなんですか?」


「正直に言うと、この三つのバレエ団のオーディションを落ちた人たちが、うちに入ってきます。それは仕方ないですよね。だってダンサーはみんな新国立みたいにお給料をもらいながら踊りたいですもの」


 俯き加減に、少し申し訳なさそうに話す。その姿は、レッスン中の鬼気迫る髙部先生とは別人のようだった。


「ほとんどのバレリーナがバイトをして生活しています」


「バレリーナたちを給料制にできるものですか?」


 運営会社の担当者と初めて会った時に教えてもらったことが頭に浮かぶ。


「もし、このYouTubeの効果で人気が出て、チケットも売れるようになったら、谷桃子バレエ団でもゆくゆくはバレリーナたちを給料制にできるものですか?」


 思い切って、僕は髙部先生に聞いてみた。


 だって人気が出ても現状が変わらないのであれば、何のためにこのいるのかわからない。そんなことを考えながら、少し詰めよるような口調で質問してしまった。


 片方の掌を頬に添えて、長い沈黙の後に髙部先生は口を開いた。


「もちろんそんな未来が来たら素晴らしいです。そうしたいと思ってます。でも実際は、私が生きている間に実現できるかどうか……」


 この人はとことん嘘をつけない人だなと思った。カメラも回っているこの場で他の人が同じことを聞かれたら「給料制にするのが目標です! 絶対にしてみせます」と、高らかに宣言する人がほとんどだろう。


 実際には実現出来る可能性が薄くても、綺麗事に近いことを言うのが、僕が過去に取材してきたトップに立つ人たちの常套手段だった。


 しかし、髙部先生はすべて正直に答えてしまう。それがバレエ団にとってマイナスに思えるような情報でも、包み隠さず答えてしまう。それが髙部先生の良さでもあり、不器用なところだ。一方で、そんな姿を魅力的に感じたのも事実だった。


「大人になっても仕送りをもらっている人もいる」


「だから、バレエというのは親御さんの支援なしではやっていけないんです。子どもの頃の習い事としてのバレエだって、他の習い事に比べたら、お金がかかります。月1〜2万円の月謝にプラスして、発表会の費用は安くても10万円以上かかるのが普通です。


 プロを目指すのであれば、コンクールに出る時の衣装代や交通費も必要になります。でも、そうやって頑張ってプロになったからといって日本ではバレエだけでは食べていけないのが現状です。大人になっても親御さんから仕送りをもらっている人もいますし、実家暮らしをしている人も多い。


 以前すごく有望な10代のダンサーさんが、プロになるかどうかを迷われていて、親御さんと話したんです。私からすればもちろんプロになってうちのバレエ団に入ってほしかった。でも『入ってください』なんて強くは言えない。だって生活の保障は出来ないし……」


(渡邊 永人)

文春オンライン

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