「売れないと死亡ですから」元大手アパレル社員だった漫画家(54)が語る「アパレル業界で食っていくことの苦労」

2025年4月26日(土)12時10分 文春オンライン

〈 「持ち込みでは“絵が古い”とケチョンケチョン(笑)」大手アパレルのベテラン社員「53歳で漫画家デビュー」できた理由 〉から続く


「とにかく天候には左右されます。『半年後は絶対に寒くなっているだろう』と予想して服を作ったのに全く寒くならないというのが一昨年、去年と続けて起きました。となると服が全く売れない……」


 2024年7月から有名漫画誌「モーニング」で『アパレルドッグ』の週刊連載を開始した林田もずるさん(54)。漫画家になる前は、約30年間アパレル業界で働いていたという作者は、その経験を作品にどう活かしているのか? 酸いも甘いも噛み分けてきたベテランだからこそ知っている「アパレル業界の苦労」とは? インタビュー後半をお届けする。(全2回の2回目/ 最初 から読む)



アパレル業界を舞台にした『アパレルドッグ』の一コマ。そこで生きる苦労とは? ©林田もずる/講談社


◆◆◆


華やかに見えるアパレル業界だが…


——林田さんはアパレル業界にずっと勤めていたそうですが、『アパレルドッグ』の主人公・田中ソラトのようなマーチャンダイザー(商品の企画・開発から販売戦略までを手がける役割)だったんですか?


林田 ファッションの専門学校を卒業後、わりと大手企業のブランドにデザイナーとして入社して、徐々にチーフデザイナーなどを経験し、最終的にはディレクション業務をしていました。


——服作りをテーマにした漫画と聞くと、デザイナーのこだわりが詰まった小さなブランドを想像する人が多そうですが、『アパレルドッグ』は、大手ブランドを舞台に数字まわりの話がたくさん出てくるのが新鮮でした。


林田 チャラチャラした華やかな業界と思われがちですが、企業に所属しているデザイナーは完全に裏方です。昔と比べて国内アパレル市場は大幅に縮小し、私自身、アパレル業界で働くなかで、「ブランドはあっという間になくなってしまう」と何度も痛感してきました。業界を盛り上げるつもりで、『アパレルドッグ』を描いていますが、世知辛い話も多く、読者をがっかりさせてしまわないか心配です……(苦笑)。


「マーチャンダイジング」のお仕事とは?


——あらためて、マーチャンダイザーという役割について教えてください。


林田 企業によって異なる部分はありますが、主人公のソラトが働く「ミシロ」では、数値とスケジュールの管理をメインとしています。自社と他社の売上データを検証し、販売計画を立てたうえでデザインなどの打ち合わせを行い、サンプル作成・検証・修正を経て、発注。出来上がった商品を販売し、また検証……という流れを繰り返します。


——作中で「先の読めない発注はほぼ博打です」というセリフがありましたが、「次はこのアイテムが来る!」というのは何を根拠に判断するのでしょう? やはりパリコレとか……?


林田 パリコレより先に、「プルミエール・ヴィジョン」や「ピッティ・フィラーティ」といった素材の展示会があるんですよ。デザイナーはそういった見本市やセミナー、ファッションショーをチェックし、最先端の情報を掴みます。一方で、マーチャンダイザーは、自社の過去の売上や、他社が今何を売っているのかといったデータを集めます。簡単に言うとデザイナーは“未来”を見て、マーチャンダイザーは“過去”と“現在”を見渡して、双方の知見を重ね合わせ、ひとつの商品を作っています。


——それだけデータを積み重ねても、結果に驚くことはありますか?


林田 いや、驚きっぱなしですね! とにかく天候には左右されます。「半年後は絶対に寒くなっているだろう」と予想して服を作ったのに全く寒くならないというのが一昨年、去年と続けて起きました。となると服が全く売れない……。


——天候がすごく重要で、ある意味で農家のような……。


林田 本当にそうなんです。「来週こそ寒くなってください!」と神頼みをしたくなる(笑)。


服好きも注目「某有名ブランド」はなぜ強い?


——劇中に、国内1位の最大手ブランド「アンノワ」が登場します。おそらく「アンノワ」は某ブランドをモデルにしているのだと思いますが、現実のファッション業界で、某ブランドをライバル視する企業は多いんでしょうか?


林田 某ブランドは客層が広く、サイズ展開も幅広い。何より、値段とクオリティのバランスが圧倒的です。おまけに近年は著名なデザイナーとコラボして、服好きからも注目される存在となりました。「某ブランドが飛び抜けてすごすぎるから、どのブランドも目指す前にくじけてしまう」というのが正直な現状だと思います。


——ということは、「アンノワ」が圧倒的なシェアを誇るなか、ソラトが新ブランド立ち上げを任されるのは、やはりかなりの無茶ぶりなんですね……。


林田 もし私が同じことを頼まれたら、絶対にイヤです(笑)。


——とはいえ、『アパレルドッグ』という物語において、「アンノワ」は今のところライバル的な立ち位置ですよね。作者である林田さんには、「打倒『アンノワ』」の秘策があるということでしょうか?


林田 現時点では、「打倒『アンノワ』」という描き方になっていますが、連載が続いていけば、時代の流れも変わっていくかもしれません。“勝つ”というよりは、“並走”して、アパレル業界全体を盛り上げていければと考えています。まだ詳しいことは言えないのですが……。


「こだわり」と「売上」の間で悩むアパレル業界の人々


——今後のストーリーが一層楽しみになりました! 『アパレルドッグ』には、ソラトをはじめ、こだわりと売上の間で悩む人々が登場しますが、これは業界内でよくある悩みなんでしょうか?


林田 そうだと思います。ファッションが好きだからこそ仕事にしたのに、大勢に商品を売るためには、どこかであきらめないといけませんから。私の場合、年齢を重ねるまではけっこう辛かったです。


——オシャレな服というより、無難な服を求める人が増えた印象はあります。


林田 不景気で服にお金をかけていられませんからね……。昔はいろんな柄や形の服が売られていましたが、今はどこのブランドも同じような服を売っていますよね。ブランド側も冒険するのが怖いんだと思います。


年をとるにつれて上がってきた「お客の解像度」


——先ほどこだわりと売上の間のジレンマについて語る中で、「年齢を重ねるまではけっこう辛かった」とおっしゃっていました。林田さんは、年齢を経て、自分なりの答えが見つかったのでしょうか?


林田 そうですね。若い頃の自分は、Lサイズの服を作る意味を理解しきれていなかったんですよ。「調整された体で服を着るのが一番オシャレなんだから、大きいサイズ不要!」とどこかで考えてしまっていました。でも自分が年齢を重ねて、理想の体型を維持できなくなってくると、「LどころかXLも必要だな」というのが実感としてわかりました。


 あとは子どもが生まれて、教育費だなんだと必要になると、「生活のこの部分にお金をかけていられない」といった選択もシビアになってきます。服以外に大切なものができたことで、お客様に対する解像度も上がりました。


 ただ、私はいち服好きとして、ちょっとしたファッションの工夫で日々を気持ちよく楽しく過ごせることも知っています。なので、「もちろん最低限の服でも生きていけるけど、気分を少しでも上げるために、この服を役立ててくれたらいいな」という思いで服作りをするようになりました。


「服ってなんだろう?」


——なるほど。ファッション観がリアルな生活に根ざしたものに再定義されたんですね。


林田 そうですね。ただ、「再定義」という意味では、20代の頃にも印象的な出来事がありました。当時の私は、10万円のコートを買うために食費を削るような生活を送っていて、「オシャレじゃなきゃダメだ!」くらい凝り固まった考えを持っていました。


 そんなとき、たまたまドキュメンタリー番組で、ブラジルの孤児たちがボロボロのシャツとズボンを着ているのを見て、「服ってなんだろう? ファッションとは?」と思いました。突き詰めて考えると、服はあくまで生活用品だということに気づいたんです。また、彼らの着ている服がボロボロだけど大切にされていることも映像から伝わってきて、「大事にされる服ってすごいな」とも感じました。 ……このエピソードは、担当編集のお二人には何度も話しているから、話すのがちょっと恥ずかしいんですけどね(笑)。『アパレルドッグ』を描いていると、アパレル業界の渦中にいたときは考えもしなかったことをいろいろ引き出されます。


〈 【マンガ】「負け戦」「失敗したら即クビ」アパレル勤務・29歳社員を襲った“上司の無茶ぶり” 〉へ続く


(原田イチボ@HEW)

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