乃紫(noa)の「全方向美少女」が押さえた“ヒットの公式”とは?
2024年12月26日(木)4時0分 JBpress
最近の音楽業界で注目を集めるのは、米ビルボードのヒットチャートにランクインしたYOASOBI、Creepy Nutsなど、グローバルで成功するアーティストたち。ネット時代、SNS時代のマーケティングは従来からどう進化しているのか? 本連載では『令和ヒットの方程式』(博報堂DYグループコンテンツビジネスラボ/祥伝社)から内容の一部を抜粋・再編集し、ヒットコンテンツが生まれる時代背景やメカニズムを解説する。
第2回は、TikTokなどのショート動画から生まれたヒット曲を分析。「使いやすい」「遊びやすい」「真似をしやすい」楽曲がバズる仕組みとは?
20年代前半/ショート動画でクリエイターに「使われる」
■〈時代背景 〉世界を席巻するショート動画
2017年、TikTokが日本にてサービスを開始した。それを追ってInstagramが2020年にReelsを、YouTubeが2021年にShortsをスタートする。2024年の現在も、ショート動画は世界を席巻している。ショート動画がどうしてここまで世界に受け入れられたのか、ショート動画の元祖であるTikTokを例にその要因をまとめてみよう。
まずひとつ目として挙げられるのが、短い動画がデジタルネイティブ世代の「タイパ(時間対効果)を重視する行動様式にマッチした」というもの。アプリの操作も、上下スワイプですぐ次のコンテンツに移動し、次のコンテンツも自動で再生が始まるというものである。
ユーザーは1秒から2秒という短時間で、そのコンテンツが自分の見たいものかどうかを判断し、スキマ時間でも大量の情報に触れることができる。このようにタイパ重視のユーザーに、ショート動画での効率的な情報取得がマッチしたのである。
2つ目に挙げるのが、「アルゴリズム」である。TikTokで動画を検索するユーザーは少ないのではないか? それは、動画プラットフォームがコンテンツをおすすめしてくれるので、ユーザー自らがコンテンツを探さなくてよいからだ。
TikTokはその強力なAI技術で、ユーザーに最適化された動画をレコメンドしてくれる。そしてユーザーが使えば使うほど、その精度は高くなり、本人も気づいていない、潜在的に好きなコンテンツをおすすめしてくれるのだ。
2020年のプロモーションテーマである「きみが次に好きなもの。」というコピーに表されるように、まだユーザーが出会っていない「新しい好き」に出会えるプラットフォームがTikiTokである。今まで、生活者はコンテンツ情報を検索し、コンテンツへの興味を深めていったが、ショート動画では、AIの力で興味の範囲が広がっていくようになった。
最後に挙げるのが、「動画作成のハードルを極限まで下げた」ことである。
YouTubeでは長尺に耐えられるクオリティの高い内容と編集技術が必要であった。一方TikTokは、スマホで撮影・編集・投稿が完結すること、短い尺でもOKという手軽さにより、すべての人が動画を作れるようになった。
また、TikTokのカルチャーであるリップシンク(口パク)動画や、上半身だけの簡単なダンスは、クリエイターとしての参入障壁も低く、またたく間に若年層の間で広まったのである。さらに、前述のショート動画のアルゴリズムは、クリエイターにとっても有益なものだった。
従前のソーシャルメディアは、フォロワーを起点に広がるアルゴリズムだったため、「バズる」ためにはまずフォロワーを集めることが必要であったのだ。
しかしTikTokは、コンテンツさえ良ければ、フォロワー数に関係なく多くのユーザーに接触し、バイラルが起きやすいアルゴリズムになっている。そのため、新規のクリエイターが投稿を始めやすい環境にあった。総クリエイター時代に、最もクリエイティブしやすいアプリとしての存在が、この広まりを生んでいるのだ。
一方、ショート動画アプリ上での音楽とはどんな存在なのか。
長年、動画投稿の際にユーザーを悩ませてきたのが、「著作権」の問題だった。TikTokは、音楽を動画のクオリティを高める重要なファクターであるとし、JASRAC(日本音楽著作権協会)と包括契約を締結することで、JASRACの管理楽曲であれば投稿のBGMとして自由に利用できる仕組みを作り、著作権問題を解決するエコシステムを確立したのだ。
結果として、ユーザーは自由にさまざまな楽曲を使え、さらに多くの創作投稿を行い、それを見に来る視聴ユーザーもさらに増加する。
アーティストサイドは、多くのユーザーに楽曲を届けるプロモーションチャンスを得ると同時に、楽曲の収益化も図れる。このようなエコシステムの確立で、TikTokは音楽業界にとって、新しいユーザーとの接点となり、収益化の場となったのである。
■〈情報源〉「使いやすい」「遊びやすい」「真似をしやすい」楽曲
ショート動画で特徴的なのは、表情が見やすい上半身を中心に振り付けをした「踊ってみた」動画だろう。誰でも真似しやすく、表情も良く見えるような簡単なものが多い。ショート動画に特化したポイントとなる振り付けを考案する人気振付師も登場し、振付師アカウントから人気に火がつくこともよくあるパターンだ。
TikTokにおいて楽曲に振り付けがつくことは、バイラルのひとつの条件とも言えるようになっている。実際、TikTokが発表しているその年よく聴かれた楽曲を見ると、その半数は振り付けをカバーする投稿によって再生回数が増えた楽曲だということがわかる。
YouTubeやニコニコ動画、ソーシャルメディアの潮流の中で、すでにヒットの要件であった「遊びやすい」「真似をしやすい」というポイントが、さらに重要視されているのがショート動画だ。
では残りの楽曲はどんなものなのか。TikTokでは、「歌ってみた」「踊ってみた」ジャンルの他にも、多数のジャンルの動画が存在する。
Vlog(動画ブログ)やライフハックを紹介する動画などのBGMとして使いやすい曲、そのときの感情や雰囲気を表しやすい曲というものも好まれ、ショート動画の時代、誰しもがクリエイターになれる環境の中で、音楽のヒットには、「使いやすい」という視点が重要になった。
そして、TikTokのアルゴリズム攻略法のひとつとして、人気の音楽や流行りの曲を使用するとおすすめに乗りやすくなる傾向があると言われている。こうして、自らの動画に「みんなが使っている曲」を使うことで、バズるコンテンツが生まれる。つまり、UGCがUGCを呼び、音楽が広がっていくのだ。
■〈アーティスト〉熱量の高いファンを獲得して、TikTokから飛び出す
ここで、「使いやすい」「遊びやすい」「真似をしやすい」というTikTokでのヒットの公式を押さえた乃紫(のあ)というアーティスの事例を見てみよう。
乃紫自身はインタビューにて、2024年TikTok上半期トレンド大賞のミュージック部門賞に輝いた《全方向美少女》を、「完全にTikTokのUGCを意識した曲」だと語っている。同曲は、「正面で見ても 横から見ても 下から見ても」というサビの歌詞に合わせ、スマホのインカメラで自身の顔を正面、横、下からのアングルで映す動画によって人気になった楽曲だ。
振り付けや口パクをすることもなく、音楽に合わせて自分ひとりでカメラのアングルを動かすだけで流行りの動画を撮影できるという手軽さや、Kポップアイドルたちによる投稿も相まって、多くのUGCを生み出した。
もうひとつTikTokが特徴的なのは、数十秒の短尺の動画がメインというプラットフォームの特性を活かし、楽曲のサビやポイントとなるパートを先行して投稿し、視聴者の反応がよかったものをフル音源化していくという手法である。
乃紫だけでなく、第4章で取り上げるimase 《NIGHT DANCER》や、tuki.《晩餐歌(ばんさんか)》も同じような制作の手法から人気を得た楽曲だ。これは、TikTokのアルゴリズムを利用したテストマーケティング的な側面が大きいと思うが、もうひとつ、利用者の消費行動に寄り添った一面があると推察する。
TikTokはその投稿ハードルの低さから一般人の投稿も多く、アーティストが簡易的な一部の楽曲を投稿することに対するユーザーの受容性は高い。まだ無名のアーティストを、自分が発掘したアーティストとして、コメントを残したり応援をしたりして、有名にしていくという体験をすることができる。
楽曲のフル化や新曲の投稿とともにアーティストがどんどん成長していく姿をそばで見守ることができるのだ。オーディション番組で、デビュー前から一定数のファンをつけるという手法と同じことがTikTokでは起こっている。
TikTok内で楽曲が「使われる」だけではなく、TikTokを飛び出してストリーミングなどでも聴かれるアーティストは、楽曲そのものに加え、高い熱量を持つファンがついているという特徴がある。
実際、TikTok以外の音楽配信サービスでも聴かれているアーティストは、TikTokに限らずソーシャルメディアのフォロワー数をある程度獲得できていることが多い。
「あのサビがフル化されたら聴きたい」「次の曲ができたら聴きたい」「アーティストがブレイクする瞬間が見たい」——熱量の高いファンを作るという公式のひとつがこのような制作手法になっているのではないか。
こうやって楽曲をただ使って消費するのではなく、楽曲そのものを楽しんでくれるファンによって、YouTubeやストリーミングの再生回数が上がり、複合ランキングで上位に入り、さらに広い層の認知と再生数増加を果たすことができるようになる。
また、ショート動画などでテストマーケティングをしながらヒットを生み出すという流れは、音楽業界の新人発掘手法も大きく変えてしまったという。
新人開発の担当者は、TikTokを日常的にチェックしたり、従来のような丁寧なアーティスト発掘や育成ではなく、スピード重視でまずはチャレンジし、そのデータをもとにPDCAを回すという方針に舵(かじ)を切っているという。
<連載ラインアップ>
■第1回 あいみょんの「マリーゴールド」は、なぜ“1億回再生”を達成できたのか?
■第2回 乃紫(noa)の「全方向美少女」が押さえた“ヒットの公式”とは?(本稿)
■第3回 生活者が思わず食いつく ドラマ「逃げ恥」と星野源「恋」のヒットを生んだフィードコンテンツとは?(1月8日公開)
※公開予定日は変更になる可能性がございます。この機会にフォロー機能をご利用ください。
<著者フォロー機能のご案内>
●無料会員に登録すれば、本記事の下部にある著者プロフィール欄から著者をフォローできます。
●フォローした著者の記事は、マイページから簡単に確認できるようになります。
●会員登録(無料)はこちらから
筆者:博報堂DYグループコンテンツビジネスラボ