NHKが「ネット受信料」の徴収に動き出す…「月額1100円」を払う視聴者がバカを見る"受信料制度"の大問題
2025年1月29日(水)18時15分 プレジデント社
日本放送協会(NHK)のロゴマーク=2024年12月19日、東京都渋谷区 - 写真=時事通信フォト
■「みなさまのNHK」の金看板が泣く
放送100年の節目に、NHKは、ネット事業が放送と同様に必須業務となる歴史的転換点を迎える。名実ともに、放送と通信の融合の実践である。ところが、その重大な時期に、NHKの最高意思決定機関である「経営委員会」の存在意義が問われる事態になっている。
写真=時事通信フォト
日本放送協会(NHK)のロゴマーク=2024年12月19日、東京都渋谷区 - 写真=時事通信フォト
「ネット受信料」の創設などを組み込んだ中期経営計画(2024〜26年度)の修正版を、経営委は1月8日、視聴者などから寄せられた多数の意見や要望にほとんど耳を傾けることなく、わずかに手直ししただけで、執行部の意のままにあっさり議決してしまったのだ。
真に「公共メディア」へ脱皮する千載一遇のチャンスにもかかわらず、NHKの経営方針を決める権限をもつ経営委は、NHKの将来像を自ら示そうとせず、ネット事業のあり方にもたいした注文もつけずじまい。これでは「お飾り」と言われても仕方がない。
おりしも、世間を騒がせた「かんぽ報道問題」(かんぽ生命保険の不正販売を取り上げたNHK番組『クローズアップ現代+』を巡り、経営委が2018年に上田良一会長(当時)を異例の厳重注意とした問題、詳細は後述)をめぐって、経営委の失態が「断罪」されたばかり。
「みなさまのNHK」の金看板は、経営委員の面々には見えていないようだ。
■「ネット受信料」は地上放送と同額の1100円
経営委が議決した中期経営計画の再修正版は、放送とネットを両輪とする「公共メディア」としてのNHKの役割を「情報空間の健全性を確保することで、民主主義の発展に寄与すること」とあらためて位置づけ、10月からネット事業が放送と同じ必須業務になることを受けて、新たな業務として①同時配信②見逃し配信③番組関連情報の配信——を列挙した。
さらに、ネット事業の必須業務化に伴う基本的考え方として
① 放送経由でも、ネット経由でも、同等の、変わらない、同一の価値、同一の受益をもたらすこと
② ネット経由でのみ受信している場合にも、放送経由で受信している場合と同様の費用負担をお願いすること
を掲げた。
つまり、「ネットでは地上放送と同じ番組を配信するので、ネットのみで視聴する場合は地上放送と同額の月額1100円とします」というのである。
一見、「なるほど」と言いたいところだが、実は、そこには大きな矛盾が潜んでいる。
それは、経営委が意見募集で寄せられた真摯な意見をみると、よくわかる。
■問われる「デジタル時代にふさわしい受信料制度」
中期経営計画修正版の原案に対して実施した意見募集は2024年秋に約1カ月間行われ、323件(放送事業者等17件、個人306件)の意見が寄せられ、再修正版とともに公表された。
そこでは、さまざまな角度から多くの論点が示されたが、中でもNHKの存立基盤である受信料制度に関連して厳しい意見が噴出した。
もっとも的確な指摘は「テレビを設置せず、ネット配信のみを利用する場合の受信契約は、視聴者からは複雑でわかりづらい。受信料の本質的な議論を避けたことが大きな要因であり、BS放送の付加受信料を踏まえた『総合受信料』の是非や、地上波、ネット、BS放送を含めたデジタル時代にふさわしい受信料の在り方について、根源的な議論が必要」という意見に集約されるだろう。
「公共放送」から「公共メディア」への移行は、放送とネットの2大メディアを共有することを意味するわけで、単なる看板のかけかえではない。デジタル時代のNHKのあり方が根本的に問われているのに、経営委は、問題提起も議論もせず、中核である受信料制度にもメスを入れようとはしなかった。
放送の受信料の延長線上でネット受信料を位置づけようとする執行部案を丸のみしたのである。
■ネット受信料は問題山積
当然のことながら、ネット受信料をめぐっては、多くの意見が寄せられ、問題山積であることが明らかになった。
「NHKは、ネットにおいてはコンテンツ配信を行う一事業者にすぎないのに、受信の意思のみをもって契約の義務を課すことは、まったく受け入れられない」
「ネットのみの新規契約者が半年で1.2万件といわれるが、ネット受信料による増収が1〜2憶円程度では、新たな財源を確保する抜本策にはならない」
「新規にネット契約をするのではなく、新規に地上放送の契約をすれば、ネットもテレビも視聴できる」
「放送と同額は不公平。蓋(フタ)などが多く、とても同一とは言えない。すべてを配信しないのであれば差をつけるべき」
「BSのネット同時配信が行われていない」
「リアルタイムで視聴可能なのは東京発の番組のみ。県域の情報がリアルタイムで視聴できるようにすべき」
「公平性の観点から、ネット受信料を払わなくてもネットを利用できる『フリーライド』の余地が残らないシステムにすべき」
等々。
民放との棲み分けについても
「放送の内容はニュースのみとし、娯楽や趣味、スポーツなどは民放に任せてほしい」
との意見があった。
■経営委員会の意見募集は何のためだったのか
これまで筆者が指摘してきた問題点や課題は、多くの視聴者が共有しているといえる。
現行のネット配信「NHKプラス」を見ている人なら承知していることだが、放送で視聴できても、著作権問題などからネット配信では見られない番組は少なくない。
撮影=プレジデントオンライン編集部
NHKプラスの画面 - 撮影=プレジデントオンライン編集部
春と夏の高校野球が典型例で、ニュースでさえ「この映像は配信しておりません」といういわゆる「フタかぶせ」がしばしば起きる。放送と同一の価値がもたらされないのに、放送と同額の受信料を徴収することは、はたして妥当だろうか。
また、衛星放送のネット配信は先送りになり、大リーグの大谷翔平選手はじめ日本人選手の活躍は当分、見られそうにない。ネット視聴者にとっては、このうえないストレスになりそうだ。
だが、経営委は、最終的に議決した再修正版には、こうした意見を、まったく反映させなかった。何のための意見募集だったかと言わざるを得ない。
かつて、受信料の徴収に高コストをかける営業のあり方について、執行部を厳しく糾弾し、全面的な見直しを実現させた経営委の姿は、どこに行ってしまったのだろうか。
写真=iStock.com/krblokhin
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/krblokhin
■ネット視聴者をないがしろ
会長以下12人からなる経営委は、放送法で、存置や職務について細かく規定され、NHKの経営に関する基本方針や中期経営計画、毎年度の予算・事業計画、番組編集の基本計画などを議決するとともに、会長の任命など、強大な権限をもっている。
委員は、国会の同意人事で、首相に任命される国家的要職と位置づけられている。任期は3年で、再任はOK。公共の福祉に関し公正な判断をすることができる広い経験と知識を持つことが要件で、教育、文化、科学、産業などの各分野および全国各地方から公平に選任される。
現在の委員長は、古賀信行・野村ホールディングス名誉顧問で、委員長代行に榊原一夫・弁護士。委員には、監査委員を兼ねる大草透・元三菱地所取締役常勤監査委員と尾崎裕・大阪瓦斯相談役、礒山誠司・九州リースサービス社長の財界人、坂本有芳・鳴門教育大大学院教授、藤本正彦・東北大総長特別補佐、不破泰・信州大名誉教授、前田香織・広島市立大特任教授、水尾衣里・名城大教授、村田晃嗣・同志社大教授ら学識経験者、ほかに明石伸子・日本マナー・プロトコール協会理事長が名を連ねる。
放送の分野に精通しているとはいえないが、いずれも一家言をもつ視聴者の代表だ。メディアに精通していないからこそ執行部と距離を置き、視聴者に代わって大所高所からNHKを俯瞰して執行部に物申すことが期待されている。
だからこそ、経営委が、ネット事業を盛り込んだ中期経営計画について、異例ともいえる意見募集を行ったことを注視していたのだが、実質的に「ゼロ回答」で期待外れに終わった。精査もそこそこに執行部の修正案を唯々諾々と受け入れる姿は、怠慢と映っても仕方がなく、ネット視聴者をないがしろにしていると言っても過言ではない。
■番組介入の愚行を犯した森下俊三・前委員長
経営委の危うさは、12月に決着した「かんぽ生命保険の不正販売報道問題」でも露わになった。経営委の存立を揺るがす大事件だったが、少し以前の話なので、あらためておさらいする。
発端は、2018年4月に放送された「クローズアップ現代+」をめぐって、日本郵政グループが取材方法などをめぐってNHKに抗議し、経営委に執行部のガバナンスの検証を求めたことだ。
10月の経営委で、石原進委員長(当時、元JR九州会長)が、総務事務次官を務めた鈴木康雄・日本郵政上級副社長(同)を先頭に強硬な申し入れがあったことを明らかにしたが、監査委員からは「ガバナンス上の瑕疵があったとは認められない」と報告された。
にもかかわらず、鈴木氏と昵懇の森下俊三委員長代行(同、元NTT西日本社長)が話を蒸し返して「取材はきわめて稚拙」と批判した。これに対し、上田良一会長(当時)は、「この議論が表に出れば、NHKは存亡の危機に立たされる」と激しく反発。経営委と執行部の綱引きが続いたが、経営委は結局、「ガバナンス強化」の名目で上田会長を厳重注意する事態に発展した。
放送法は、経営委員の番組への介入を禁じ、経営委員長に議事録の作成と公表を義務づけているが、森下氏は介入を否定し、厳重注意に至った議事録の公開も拒否した。
そこで、市民ら100余人が21年6月、NHKと経営委員長に昇格した森下氏を相手取って議事録の開示などを求める訴訟を起こし、東京地裁は24年2月、議事録の開示と森下氏に賠償を命じた。
NHK側は控訴したが、東京高裁で12月17日、事実上の「NHK全面敗訴」となる和解が成立、森下氏は解決金98万円を支払うことになった。主導した森下氏は、経営委員長として欠格だったことを自ら認めたといえる。晩節を汚すとは、このことだろう。
公開された議事録を読めば、だれの目にも経営委の番組介入は明らかで、日本郵政グループの圧力を受けての横やりだったことは容易に想像がつく。経営委は、視聴者の代表として外圧をはね返す防波堤としての役割が求められるが、真逆の対応だった。
写真=iStock.com/KathrynHatashitaLee
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■視聴者にとってもNHKにとっても不幸
問題は、それだけにとどまらない。
後任の古賀委員長が、和解を受けて感想を求められると「私は、番組に介入したという感じはほとんど受けていない」と言ってのけたのだ。24年3月の就任当初、「しっかり事実関係も確認したうえで自分なりの考え方ができていく」と語っていたが、導き出した答えは、いかに市民感覚とズレていることか。
森下氏の愚行の教訓は、まったく活かされていないようだ。
放送法の核心を理解できず、「番組介入」の本質がわかっていない人物が経営委員長の座を占め続けることは、視聴者にとっても、NHKにとっても、不幸と言わざるを得ない。経営委の抜本改革に着手しない限り、「公共メディア」に生まれ変わるはずのNHKの明日に期待はできそうにない。
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水野 泰志(みずの・やすし)
メディア激動研究所 代表
1955年生まれ。名古屋市出身。早稲田大学政治経済学部政治学科卒。中日新聞社に入社し、東京新聞(中日新聞社東京本社)で、政治部、経済部、編集委員を通じ、主に政治、メディア、情報通信を担当。2005年愛知万博で博覧会協会情報通信部門総編集長を務める。日本大学大学院新聞学研究科でウェブジャーナリズム論の講師。新聞、放送、ネットなどのメディアや、情報通信政策を幅広く研究している。著書に『「ニュース」は生き残るか』(早稲田大学メディア文化研究所編、共著)など。
■メディア激動研究所:https://www.mgins.jp/
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(メディア激動研究所 代表 水野 泰志)