金融正常化に向けて動くべき…イェール大名誉教授「リフレ派の私がそう考える理由」

2024年2月2日(金)9時15分 プレジデント社

■2016年に導入された長短金利操作を戻すべきか


1月8日、私は88歳になった。長生きするのはありがたいが、元日には私が東京大学のゼミで教えていた、経済評論家の山崎元氏が亡くなった。若い友人に先に逝かれるのは悲しい。山崎氏は将棋と囲碁が強く、卒業後「浜田先生のリフレーション寄りの政策は間違いと思っていましたが、今は正しいとわかりました」と語ってくれた。


地震とそれに関連した羽田空港の事故もあり、正直なところ、今年への期待や抱負を述べる気分ではない。しかし気を変えて、今回は今年の金融政策の理解の基礎となる金利構造について述べたい。


現在まで日本銀行の金融政策運営の指針となってきたのは、2016年9月に導入された長短金利操作(イールドカーブ・コントロール)と呼ばれる方法である。円安が進み、デフレに慣れた日本にもインフレの波が伝わりつつある現在、長短金利操作方式を伝統的な金利政策に戻すべきかどうかが議題に上がっている。


下の図は、国債、社債など債券の満期までの残存期間とその利回りとの関係を描いたもので、「イールドカーブ(利回り曲線)」と呼ばれるものである。通常の貸し出しの場合、より長い期間のローンのほうが短い期間のローンより貸し手に対して危険性が増すと考えられるので、満期までの期間の長いほうが利子率も高い。つまり利回り曲線は一般に右上がりであると考えられていた。銀行が提示する預金の利子率は、当座預金の利子率が最低で、長期預金ほど利子率が高いと決められている。


私が日本で教壇に立っていた1980年中ごろまでの銀行経営は、このような右上がりの順イールドを前提にした貸し出しが基本であった。銀行は安い預金金利で一般から預金を集め、一定の利ザヤが保証されている長期の利子率で企業に貸し出すことができた。日本銀行と大蔵省(現・財務省)に与えられる利子体系に従っていれば稼ぐことは難しくなかったのである。当時、ゼミ生の最も安定した就職先は銀行であった。


ところが、イールドカーブが右下がりの逆イールドになることもある。それが起こるのは、例えば金融政策が将来金融緩和の方向に向かっていて、金融市場で短期金利が低下すると考えられるときである。投資家が将来の短期金利が現在より低くなると予想すれば、利回り曲線の勾配は右下がりにもなりうる。


■アメリカの経済政策は今年も要チェック


日本銀行の伝統的な金融政策は、公定歩合などの短期金利を操作することによって金利体系に影響を与え、長期金利は自然な動きに任せるものであった。それに対して、長短金利操作は、10年物国債の金利の変動許容幅に収まるように国債を買い入れ、短期から長期までの金利体系全体の動きをコントロールしようとする政策である。


90年代以降の長い間、日本銀行は恒常的なデフレ圧力に悩まされていた。しかし、伝統的な短期金利政策で金利をゼロにするだけでは十分でないので、主要手段を長期金利に変えて、金融緩和を継続しようと試みたのが、長短金利操作を導入した意図だった。


その効果はあった。国内の需要が供給を下回って投資が低迷し、さらに需要圧力が低下する低圧経済から、供給能力よりも需要が上回って投資が活発化してさらに需要圧力が高まる高圧経済へと転換していった。第2次安倍内閣発足の2012年末からコロナ禍が起こる前の19年秋までで、ほぼ500万人の新しい雇用創出が可能になったのである。国内投資も振興することにより、生産性の向上にも役立った。このように長短金利操作は一定の役割を果たしたのである。


写真=iStock.com/Ralf Hahn
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Ralf Hahn

実力のある企業が育つにつれ、企業が社債やコマーシャル・ペーパー(短期資金の調達を目的とし、割引形式で発行する無担保の約束手形)を発行して、良い条件で自ら資金繰りをすることが可能になる。社債や国債の市場価値が、市場で決まる利子率によってどのような影響を受けるのか。重要なのは「金利が上昇すると、社債や国債の市場価値は減少する」という経済の原則である。


近年のアメリカにおけるバイデン大統領の財政拡張政策は、新型コロナ禍で働き場所を閉ざされて苦しんだ国民のためには、必要な政策であった。しかし、20年、21年の財政赤字が、それぞれGDP比率で15%、12%という財政拡張ぶりは、支出や赤字の規模が大きすぎたきらいがあった。需要刺激が強すぎた結果、21年12月の米国消費者物価上昇率は前年同月比の7%に跳ね上がった。


そのため、FRB(連邦準備制度理事会)が金融引き締めに回らざるをえず、22年3月から金利の引き上げを開始した。当初0.25〜0.5%だった短期金利は、直近で5.3%にまで上がっている。この予想外の金利引き上げのあおりを受け、債券価格は下落していった。昨年、シリコンバレー銀行やシグネチャー銀行など、米国で銀行破綻が起こったのは、「将来、金利が安くなるだろう」との誤った見通しのもとに長期債券に過剰な投資をして、その価格が下落したため経営困難に陥ったものと考えられる。


米国の金利引き上げは、日米間の金利格差を拡大させ、日米の為替レートにも影響を与える。変動制の下、日本の金利がゼロで、米国の金利が5%であるとすると、円をドルに替えて利ザヤが稼げることになるので、円売りの裁定行動が起こる。つまり、市場としては円安が続くのが自然ということになる。昨年、円ドルレートが150円を超える円安になったのはこのような事情による。


■24年は伝統的な金利運営に返る年


つまり、米国経済が財政拡張政策の後遺症を短期金利政策によって治癒しようとしていると、短期金利をゼロ近くに抑え込む日本の金融政策は困難な立場になる。デフレから十分に脱却できていないという見方からは、長短金利操作を継続したいという要請もあるだろう。日本の銀行業界には米国ほど低金利の債券に投機をする機関はないにしても、長期にわたる低金利に慣れてしまっている。そこで伝統的な金利操作に変わって金利が上がると、虚を突かれて経営不安が起きる可能性を、たとえわずかにせよ日本銀行は心配しているのではないだろうか。


写真=iStock.com/Manakin
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Manakin

今年、日本銀行はより大胆に金利正常化に向けて動いていい、とリフレ派と言われる私も考える。戦後混乱期を除いて、日本経済が2桁のインフレーションに巻きこまれたのは、石油危機後の1974年だけであった。その1年前、2年前の卸売物価、輸入物価の推移をみると、実は現在の日本経済の状況にとてもよく似ているからである。慶應義塾大学の野村浩二教授が開発した為替レート換算の価格水準指数によると、円ドルレートが150円を切るような場合は日本の生産費が米国の3分の2ほどになり、日本の輸出製品がバーゲンになっていることを示している。そして今、求人倍率や総需要ギャップは改善しつつある。長短金利操作をやめるときのショックには注意しつつ、24年は伝統的な金利運営に返ってインフレに対する防備に備える年であるように思う。


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浜田 宏一(はまだ・こういち)
イェール大学名誉教授
1936年、東京都生まれ。東京大学法学部入学後、同大学経済学部に学士入学。イェール大学でPh.D.を取得。81年東京大学経済学部教授。86年イェール大学経済学部教授。専門は国際金融論、ゲーム理論。2012〜20年内閣官房参与。現在、アメリカ・コネチカット州在住。近著に『21世紀の経済政策』(講談社)。
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(イェール大学名誉教授 浜田 宏一)

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