「俺のところに来なきゃ干すぞ」新人議員へ恫喝横行…自民党の派閥解消歓迎の一方で元議員が惜しむ派閥の効能

2024年2月2日(金)14時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/oasis2me

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安倍派などの政治資金パーティーをめぐる裏金事件で自民党の派閥政治に厳しい目が向けられる中、支持率が低迷している岸田文雄首相は岸田派(旧宏池会)を解散し、他派閥もそれに追随した。かつて宏池会所属の参議院議員だった大正大学准教授の大沼みずほさんは「派閥解消にはメリットもあるが、一方で自己主張や承認欲求、名誉欲の強い実力のある政治家をまとめ上げていた“教育機関”を失うという大きなデメリットもある」という——。(前編/全2回)
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■派閥解消の意義


2024年1月18日、私はある女性議員の宿舎で一緒に鍋をつついていたが、岸田文雄首相が「岸田派を解散することを検討している」と記者のぶら下がりでぶっ放したとの報を聞いた瞬間、口にしていたお酒を思わず噴き出してしまった。


「総理が岸田派(旧宏池会)を解散⁉」あまりに唐突、寝耳に水とはまさにこのことで大きな衝撃を受けた。女性議員も「思い切ったことしたわね」と驚きを隠せない様子だった。


翌日には、安倍派、二階派が解散し、しばらくして森山派が解散をし、他の2つの派閥も政策集団として政治資金パーティーなどは禁止されることから、いわゆる自民党内の「派閥」はなくなる。総理は自ら作りあげたものを壊すことで、他派閥に引導を渡したのだ。


大きな賭けに出たわけだが、派閥解消で、どのような変化がもたらされるだろうか。


まず、議員はより自由にさまざまな政策グループに属し、パーティー券ノルマや派閥の弊害から自由になるだろう。気の合う仲間との勉強会や懇親会はよりオープンで、多元的で多層的なものとなる。派閥は掛け持ちを許さないが、今後さまざまなグループへの出入りが可能となってくることで自民党内の交流が活発になれば、党内もより活力にあふれるものになる。人事も、これまでのように派閥推薦ではなくなるので、党内での部会や調査会、国会対策室や幹事長室などでの働きぶりによって評価され、派閥推薦時代の当選数だけ多い“変な人”が大臣枠に押し込まれることも少なくなろう。


そして新人は、派閥からのリクルートで苦しむこともなくなる。私は参議院議員(2013〜2019年)になる前(シンクタンク研究員時代)から岸田会長や林芳正座長、小野寺五典議員などと面識があり、他の派閥からリクルートされない「宏池会の大沼候補」と思われていたようだ。事実、当選した後、同期の議員はいろいろな派閥からの勧誘があり、どこにしようか悩んでいたが、私は清和会(安倍派)や平成研(茂木派)、志公会(麻生派)といった他派閥の議員から「うちにおいでよ」と言われたことはなかった。


ある同僚議員は、地域の事情で本人の意志に関係なく、無理やり入りたくない派閥に入らされたりしていた。先輩議員から「俺のところに来なければ、委員会での役職など徹底的に干してやる」と言われた同僚議員もいた。


派閥の幹部は自分たちの勢力を大きくしたいために新人リクルートに余念がない。しかし、そこに恫喝や嫌がらせが発生していたのも事実である。2つ、3つの派閥の間で迷い、断った派閥の先輩からはにらまれる。そうした意味ですんなり派閥が決まれば問題ないものの、こじれることで政治生活に支障をきたすこともあるのだ。そうした派閥の弊害がなくなることは好ましいことだ。


「政治とカネ」の問題が国民からの大きな不信を招いている以上、襟を正すという意味で派閥解消という決断は間違っていないし、前述のようなメリットもある。ただし、同時にデメリットもある。


■派閥解消で失うもの(1)政治資金


政治にはお金がかかる。これはウソではない。実際に政治活動をした私も痛感したことでもある。秘書などを雇う人件費、事務所費、コピー機、ガソリン代、通信費、さまざまな会合への会合費、国政報告などのチラシやパンフレット、ポスター作り……。


事務所を運営していくのは小さな中小企業を経営しているのと同じだ。国会議員は、個人商店の店主なのだ。国会議員の歳費は月額129万円あまり。年約1552万8000円で、期末手当(賞与)として年額635万円を加算すると総額2187万円超となる。それだけの高額報酬を得ているのに足りないはずがない……と思っている国民は多いが、実際は火の車だ。


事務所を運営していくには年4000万〜4500万円ほどかかる。政治活動は政党助成金(自民党では年間1人1200万円)や文書交通費(現在は「調査研究広報滞在費」、各議員に年1200万円)だけではまかなえず、後援会費や国政報告会などで政治資金を集めなければ政治活動を行うことは難しい。加えて、次の選挙の際にかかる費用も貯めていかなければならない。私の場合、最初の選挙で借金として負っていた印刷代を年150万円ずつ返済しながら、月100万円ほど積み立てていた。


そうした意味で、派閥から年に2回支給される「氷代・餅代」は正直ありがたかった。宏池会への会費月5万円を差し引くと1回およそ70万円となる。これらは、5人いた私設秘書たち(公設秘書3人のほかに)のボーナスですぐになくなるのだが、国からボーナスの出る公設秘書と私的に雇う私設秘書との給与格差をいかに縮めるかはどの議員にとっても悩ましい問題であるはずだ。時期的にも私設秘書のボーナスに使っていた議員は多いのではないかと推察する。


派閥解消でこの「氷代・餅代」も消えるわけで、秘書を雇えなくなったり、よほど経費を節減しなければ議員の事務所家計が破綻したりするケースが続出するかもしれない。


■派閥解消で失うもの(2)総裁選に必要なお金


派閥を運営していく中で、派閥が勉強会を開催すれば講師の方への謝金が発生する。懇親会や夏の合宿もお金がかかる(宿泊費などは派閥が負担)。ここは参加者の実費でもいいと思うのだが、それより何よりお金がかかるのが、総裁選である。


議員内閣制の日本において、議席が多数である与党の代表が日本国の総理になる。そのため、現在では、自民党の総裁選挙=日本の総理を決める選挙となる。自民党には全国におよそ112万の党員がいる。党員に総裁候補の政策、人柄を知ってもらうべく、党では機関誌を発行したり、全国行脚して討論会を開催したりする。


総裁選は公職選挙法に定められていない選挙のため、それぞれの総裁候補を応援する各陣営でもちらしを作って郵送したり、電話作戦を行ったりする。その際に電話代、郵送代、リーフレット印刷代など莫大(ばくだい)な資金が必要となる。当然、全国を飛び回る遊説にかかる交通費や宿泊費もかかる。私も山形県で参議院の候補者になる前に、党員選挙を2回経験しているが、県連から交付された資金は数十万円で、約1万人の党員がいる山形県においてその十倍以上の経費がかかった。それを候補者は自腹で払う。


投票してもらうための政治活動は民主主義を支える土台となる。そのため、チラシやはがきで候補者の考えや思いを知ってもらうことや電話作戦で候補者の知名度をあげること、各陣営がそれぞれの地域で座談会などを開催し、候補者と党員の対面の機会を設けることで党員にアピールするのは総裁選勝利の戦略上とても重要だ。


写真=iStock.com/Dragon Claws
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派閥主催のパーティー収入はこうした地道な活動にも使われていたが、今後、派閥を解消するならば、新規に政党法を制定し、総裁選挙で各候補の使えるお金は党本部が準備する必要がある。違反があれば、公職選挙法のように罰則規定を設けるような形だ。


派閥を解消するならば、新規に政党法を制定し、総裁選挙で各候補の使えるお金は党本部が準備する必要がある。違反があれば、公職選挙法のように罰則規定を設けるような形だ。


ただ、党本部からお金をもらって、総裁選を戦いますというのはどこかひ弱な感じを受けてしまう。「権力を奪取しにいく」という勇ましい行為にふさわしくない。そんな感覚を感じる政治家は少なくないのではないか。


総裁選に向けて、党の世話にならず自力でお金集めをして、その力を内外に見せつける。それにより我こそが総裁にふさわしい人物であるとアピールできた。国民からは見えにくいかもしれないが、派閥がお金集めをするパーティーを行う理由、それは自分たちの派閥から総裁候補を出すための「貯蓄」をしておくという側面もあったのだ。


総理候補は総裁選で鍛えられ、総理になるには、政策、人柄、胆力、お金……あらゆるものを乗り越えられた者こそふさわしいというダイナミズムが存在したのも確かだ。


批判を受けるのを覚悟で言えば、派閥のパーティーは個人の政治資金パーティーと同様、大きな商店を運営していく中で、また総裁選への準備という意味で必要なものだったと私は思う。


しかし、安倍派のキックバックはもとより派閥のお金の会計に不信を抱かれるようなことはあってはならず、元会計責任者が略式起訴された宏池会もことを重く受け止めなければならないのは当然のことだ。(以下、後編へ続く)


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大沼 瑞穂(おおぬま・みずほ)
大正大学社会共生学部公共政策学科准教授
慶応義塾大学法学研究科(修士号)修了、NHK報道記者、外務省専門調査員、東京財団研究員、内閣府上席政策調査員を経て、2013〜2019年まで参議院議員(山形選挙区)。
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(大正大学社会共生学部公共政策学科准教授 大沼 瑞穂)

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