ここにも増税の波…「首都直下地震で帰宅困難452万人」受け入れ整備する施設に"冷や水"かける自治体の言い分
2025年2月7日(金)10時15分 プレジデント社
2021年11月にチタン屋根瓦でリニューアルした増上寺本堂(写真=番記者/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons)
■宗教施設が「被災者」を受け入れるための整備をするウラで…
日本各地に点在する寺院や神社など宗教法人の中には社会貢献活動を実施している施設も少なくない。例えば、災害時の避難場所、災害備蓄倉庫の設置、子ども食堂の開設などである。
だが近年、こうした一部施設に対して固定資産税が課税される問題が起きている。課税当局である市町村は「宗教活動のための施設に当たらないから」と説明する。きょう明日にも、大規模災害がやってくるかもしれない緊迫の状況の中、「宗教課税の壁」が立ち塞がっている。
2011年3月の東日本大震災発生当日。東京23区内においてもほぼ全ての区で震度5弱以上の強い揺れを観測し、港区にある増上寺では、街に溢れ出した帰宅困難者を受け入れた。同寺は、冷暖房完備の本堂(大殿)のほか、数百人を収容できるホール、宿泊や飲食ができる会館などを有している。
2021年11月にチタン屋根瓦でリニューアルした増上寺本堂(写真=番記者/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons)
施設の一部が休憩所として開放され、おにぎりや味噌汁などの温かい食事が振る舞われた。増上寺に避難した帰宅困難者は500人以上に上ったという。
中央区の築地本願寺でも震災直後、機転を利かせた職員がSNSを通じて境内地を開放していることを呼びかけた。およそ500人を受け入れて、食事などを提供した。震源地に近い東北でも、多くの宗教施設が避難民を受け入れた。
築地本願寺、東京都中央区、伊東忠太設計(写真=柿代/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons)
国土交通省は、マグニチュード7程度の首都直下地震が30年以内に発生する確率を70%(2020年1月時点)と予測している。その際に発生する帰宅困難者の数は、東京都の試算で約452万人にも上る。街には食料や医薬品、トイレ、休憩所などの提供を求めて人々が溢れ返ることになる。
太平洋側の広範囲の地域で大津波の被害が想定されている南海トラフ地震でも、1000万人近い避難者が発生することが指摘されている。しかし、いずれも避難所の不足が課題になっている。
そこで、神社仏閣、教会などの宗教施設で被災者を受け入れるための整備が進められている。実は全国に宗教施設は17万8500カ所(仏教寺院7万7000、神社8万4000など)もある。東京都内だけでも8000カ所もある。広い境内地を有し、耐震基準を満たし、冷暖房が完備されている建物も少なくない。こうした宗教施設の公益目的利用を促進させていくことが、急務となっている。
内閣府では避難所運営ガイドラインを策定し、宗教施設の積極活用を自治体に促し、宗教界もそれに応えている。例えば、区市町村などの自治体と宗教法人との災害協定を結ぶ動きである。大阪大学大学院の稲葉圭信教授の調査によれば、指定避難所など災害時協力関係にある宗教施設は、およそ4500カ所(418自治体)に上るという。
こうした施設では本堂や礼拝堂、庫裡、葬儀用会館などを一時避難施設として開放することが可能になる。加えて、緊急車両の駐車スペースの提供、井戸水の共用(宗教施設には多く存在する)、マンホールトイレの設置、災害備蓄品(水、食料、医薬品、段ボールベッド、毛布、炊き出し用具、発電機、臨時Wi-Fi設備など)の保管、遺体安置所などの設置ができる宗教施設は多い。
事前に自治体と協定を結び、災害対策をしておくことで、小学校や公民館などの指定避難所と同等か、それ以上の機能を果たすことができる。寺院の本堂や座敷などには、畳が敷かれ、多くの座布団や椅子が既に備わっている。さらに災害備蓄倉庫や消化設備、発電・蓄電器、自動対外式除細動機(AED)などを置いておけば、「地域の命綱」となれる。
2023(令和5)年には渋谷区と、原宿にある東郷神社が協定を結んだ。東郷神社は結婚式場としても人気で、5つの宴会場を避難者のために開放するという。また、写真スタジオとして使っていた部屋を災害備蓄倉庫として整備した。周辺は若者の街として知られ、災害発生時には混乱が予想されている。
仏教や神道、教派神道、キリスト教、新宗教の5つの構成団体と関連団体から構成される公益財団法人日本宗教連盟も、宗教施設の公益活用に意欲をみせる。
「東日本大震災や能登半島地震が契機となり、宗教側の防災意識が高まっている。大規模災害時に宗教施設が果たす役割は大きく、宗教・宗派の垣根を越えた防災の取り組みが必要だ。地域にはせっかく避難所として機能する寺院や神社がたくさんあるのだから、それを活かし、救われる命を最大限守っていくことは社会にとっても宗教界にとっても大事なこと」(同連盟)
だが、そこに水を差す動きが見られる。
■ここにも増税の波…取れるところからむしり取る自治体の言い分
一部の自治体が、防災倉庫など救済・支援活動を目的とした施設に固定資産税を課し始めているというのだ。固定資産税は、市町村税として徴収される。
ここで、宗教法人を含む公益法人課税(固定資産税)の前提条件を説明する。宗教法人が、宗教活動に限って活動した事業は原則、非課税となっている。他方で宗教法人が収益を目的として事業をする場合には、その不動産に対して課税される。たとえば、宗教法人が物品販売や、駐車場や賃貸マンション、宿泊施設などを運営した場合には、その該当部分に対する土地・建物には固定資産税が賦課される。
細かい話になるが、自動販売機の設置部分、電力会社の電柱部分、町内会の備品倉庫なども「宗教活動を目的としない不動産」とされ、課税されている実情がある。
防災倉庫以外にも、母子を含むひとり親家庭や経済的に困窮している家庭を支える子ども食堂の設備・倉庫なども、一部地域では課税対象になっている。
課税当局側の理屈はこうだ。宗教法人の境内建物が非課税になっている理由は、宗教法人が宗教の教義をひろめ、儀式行事を行い、信者を教化育成する目的のためにあるから。信者でもない一般人をも対象に含む社会貢献活動のための施設は、それに該当しない——。
つまり当局のいう「宗教活動」とは、檀家や氏子、信者という「メンバーシップ」に限定されるというものだ。「広く一般」を対象にした施設は、宗教法人法の定める宗教活動のための施設とはいえないという。
社会の中には以前から、税金で苦しむ庶民が多いにもかかわらず、宗教法人は税制優遇されているではないか、暴力団が脱税のために休眠宗教法人を悪用しているのではないか、といった批判があり、宗教法人非課税制度を見直すべきと考える人は少なくない。
しかし、この「広く一般を対象にした施設は、宗教法人法の定める施設ではない」という論理では、災害発生時、菩提寺の檀信徒のみが施設を利用でき、非檀家は門前払いされても仕方がないということになる。
写真=iStock.com/Bulgac
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Bulgac
ちなみに、文化庁は「宗教法人が行う救済や支援活動などが、宗教活動であるのか、公益事業であるのか、その判断は宗教法人にゆだねられている。社会に貢献する活動も、各宗教法人の判断に基づき宗教活動と整理することが可能」との見解を示している。
備蓄倉庫などの不動産にかかる固定資産税は、都心の一等地では決してバカにならない金額になる一方で、地方都市では微々たるものといえる。しかし、事の本質は課税の有無や税額の多寡の問題ではない。自然災害はいつやってくるかわからず、課税の議論に長々と時間をかけてはいられないのではないか。
古代インドにおけるブッダの逸話で、「毒矢のたとえ」があるので紹介しよう。
■今、国や行政がやるべきは宗教課税の議論をふっかけることではない
ある時、弟子が回答に窮するような疑問を次々と投げかけた。
「師よ、宇宙は永遠なのでしょうか、有限なのでしょうか」
「師よ、肉体と魂は同じものなのでしょうか」
「師よ、死後の世界はあるのでしょうか」
弟子はブッダから、これらの問いにたいする明解な回答を得るまで修行をしないという。ブッダは次のように答えた。
「毒矢に射られた者が、医者を呼ぶ前に『誰がこの矢を放ったのか?』『その人物は背の高い人物か、低い人物か』『矢の素材は何でできているのか?』などと詮索していたら、その間に死んでしまうだろう。お前の問いかけはそれと同じことだ。この男が真っ先に実践すべきは、毒矢を抜くことではないか」
つまりブッダは解のないような問答を続けるのは時間の無駄であり、そんなことよりも、いまを生きる人々の苦しみや悩みを克服するために自分のできることを実践しなさい、と諭したのだ。
生死に関わる災害が押し迫る中、国民の安全を守る国や行政がやるべきことは、いま宗教課税の議論をふっかけることではなく、災害対策に有益な地域の資源(宗教施設)の活用法を具体的に推し進めること、なのではないだろうか。
----------
鵜飼 秀徳(うかい・ひでのり)
浄土宗僧侶/ジャーナリスト
1974年生まれ。成城大学卒業。新聞記者、経済誌記者などを経て独立。「現代社会と宗教」をテーマに取材、発信を続ける。著書に『寺院消滅』(日経BP)、『仏教抹殺』(文春新書)近著に『仏教の大東亜戦争』(文春新書)、『お寺の日本地図 名刹古刹でめぐる47都道府県』(文春新書)。浄土宗正覚寺住職、大正大学招聘教授、佛教大学・東京農業大学非常勤講師、(一社)良いお寺研究会代表理事、(公財)全日本仏教会広報委員など。
----------
(浄土宗僧侶/ジャーナリスト 鵜飼 秀徳)