「名字を変える作業」はあまりにしんどい…じわじわ増えている「事実婚を選びたい人」に立ちふさがる”壁”

2024年2月8日(木)13時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Gyro

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俳優の宮沢氷魚さんと黒島結菜さんの結婚で改めて事実婚が注目されている。日本では事実婚のカップルは夫婦全体の2〜3%とまだまだ少数派だが、若い世代を中心に変化が起きているようだ。なぜ彼ら・彼女らは事実婚を選択したのか。20年前に事実婚を選択したジャーナリストの浜田敬子さんがリポートする——。

■「入籍をしない家族の形」を選んだ2人


俳優の宮沢氷魚さんと黒島結菜さんがパートナー関係にあり、第1子の出産後も入籍するつもりはないという考えを発表したというニュースを聞いて、「時代は変わった」と感じた人は私だけではないだろう。


私自身、20年前に今の夫と結婚をするときに事実婚を選択していることもあって、この数年、20代や30代の知り合いから「事実婚ってどうですか?」「何か不利益や不便はありますか?」と相談を受けることが増えているので、若い世代には法律婚を望まない人たちが少しずつ増えている感覚は持っていた。だが、こうして著名人が堂々と入籍をしない家族の形を公表するようになったことには、やはり時代の変化を感じる。


■あらゆるものの名前を変更するしんどい作業


私は1度目の結婚で法律婚を選んだ。夫婦別姓が認められない日本では、結婚後は夫婦どちらかの姓を選ばなければならない。当時ジェンダーに関する知識も女性としての権利意識も乏しかった私は、世の中の大勢に流されるように深く考えず法律婚をし、夫の姓に変えた。1990年代半ばだったが、当時勤めていた朝日新聞社では旧姓の通称使用も既に可能だったので、何ら不便も不都合もないだろうと考えたことも大きい。


写真=iStock.com/Gyro
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だが、離婚を経て再婚することになったときに、私は迷わず事実婚を選んだ。結婚、離婚の時に銀行口座からクレジットカードの名義、運転免許証などあらゆるものの名前を変更しなければならない気の遠くなるような作業にほとほと嫌気がさしたからだ。そしてもう一つ大きかったのが、日常で2つの名前を使い分けるストレスの大きさだった。


現実として95%の夫婦が夫の姓を選んでいる現実では、この膨大で煩雑な作業を強いられるのはほぼ女性だ。なぜ女性だけがこれほどの煩わしさやストレスを体験しなくてはならないのか——私が事実婚を選択した背景には、こうした理不尽さに対する怒りもあった。


■日々、「2つの名前」に翻弄された


当時は仕事上の名前である「浜田」と当時の夫の名字である本名を、時と場合によって使い分ける面倒臭さに直面するたびにイライラしていた。例えば美容院やレストランに行くたびに通称か本名かどちらで予約したのかから確認せねばならず、当時パスポートには旧姓併記が認められていなかったので、海外出張時には会社から届くはずのFAXが届かなかったこともあった(職場の人はパスポートに記載されている本名を知らなかった)。


こうした一つひとつは他人から見たら「その程度」と映るかもしれないが、私にはこの小さなストレスの積み重ねが堪えた。


極め付きが2001年9月11日に起きた米同時多発テロの取材時の経験だった。朝日新聞のニューヨーク支局はニューヨークタイムズの社内にあったのだが、当時テロ直後で街全体がピリピリしており、警備は一層厳重だった。朝日新聞社から提示されたリストにある人しかビルに出入りができず、しかも入り口では毎回身分証の提示を求められた。


会社から提示されたリストにあったのは、「浜田」という名前。しかし、私の身分証であるパスポート名は夫の姓だ。警備員に「浜田」は仕事上の通称だということをいくら説明しても、埒が明かなかった。結局、支局に電話し社員に事情を説明して、入り口まで迎えにきてもらったが、修羅場のような忙しさの中で仕事をしている同僚たちにこれ以上迷惑をかけられないと、取材期間中は支局に行くことを諦めた。


■夫婦でも事実婚を選んだ理由は違う


こうした経験もあって再婚の際には迷わず事実婚を選択したのだが、事実婚を選択する理由は一人ひとり違う。それだけその人なりの思いやそこに至る経験、背景がある。


私はアイデンティティというより別姓が認められていない故の名前に関する不便、理不尽さへの怒りだったが、夫が事実婚を選んだのは戸籍制度そのものへの反発だった。家制度や家父長制の考え方に基づいて作られた制度の成り立ち自体に強い疑問を感じていた。このように夫婦であっても考え方も温度感も違う。


宮沢さんと黒島さんが事実婚を選んだ理由は明らかになっていないが、私の周囲では結婚という制度や仕組みを突き詰めて考えた結果、事実婚という選択に至った人が目立つ。法律婚に比べればまだ圧倒的に少数で、実際受けられないサービスがあるなど不利益もあり、親など周囲に説明する煩雑さもある中で、それでも事実婚をあえて選択するには、それなりの覚悟と動機を要するからだ。


■「夫の姓である自分」が足枷になる


メディア企業で働く女性(38)も再婚の際に事実婚を選択した。1度目の結婚では法律婚を選んでいたが、夫と離婚を前提とした別居期間、気持ちは離れているのに、自身が夫の姓を名乗らなければならないことに強烈な違和感があったという。新しく人生をやり直したいと思っても、離婚していない以上、家を借りるにも再就職するにも「夫の姓である自分」しかいなかった。


写真=iStock.com/Koshiro Kiyota
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「そんな時に運転免許の更新の知らせが来たんです。この状態で更新したら新しい身分証にも夫の姓があと5年も残ってしまう。その時、『自分は自分のままでいたい』と強烈に思ったんです」


再婚した夫は8つ下。プロポーズの言葉は「事実婚であれば結婚してくれますか」だったという。


「周りに事実婚も増えてきていたので、夫の方にもそれほど違和感はなかったようです」


結婚に当たっては弁護士に頼んで、離婚の際の財産分与や慰謝料について取り決めた契約書を作ってもらった。子どもができたら、その時は別途協議するとしていた。


■父親と子どもの親子関係を証明するハードル


私が事実婚を選択した2000年代前半は、事実婚という考えは知る人ぞ知るという感じだった。「事実婚を選んだ」というと相当物珍しがられた。高齢だった夫の両親にはとてもこの関係性は理解してもらえないだろうと考え、入籍したと伝えた(義父母は私たちが入籍したことを疑わず亡くなってしまった)。


結婚から2年後、子どもを出産する段階になって、改めて子どもの姓をどうするかを夫婦で話し合った結果、子どもは夫の姓にした。


事実婚の場合、出産後は自動的に母親の籍に入り、母親の姓になる。さらに母親とは出産を通して親子関係を証明する母子手帳などもある。だが、父親との親子関係を対外的に証明することは難しいだろうと、家庭裁判所で「子の氏の変更」という手続きをし、子どもは夫の姓を名乗ることにした。長時間に及ぶ出産でヘロヘロだった私に代わって、出生届から氏の変更届まで一連の手続きを進めたのは夫だ。


■事実婚の出生届の「プロ」がいる区役所


その後、さまざまな手続きで役所の窓口に行くたびに、私と子どもの姓が違うことの説明を求められた。「事実婚なので」と説明しても、「は? ジジツコン?」と役所の人にでさえ何度も聞き直された。それほどまだ当時は一般的ではなかった。


だが、前出の女性の場合、住んでいる区役所には事実婚の出生届の「プロ」のような担当者もいたという。その区では事実婚の場合、出産直後でも母親が出生届を提出する必要があり、産後1週間、ボロボロになった体をひきずるようにして区役所に出かけなければならなかった。


彼女たち夫婦は妊娠した際に「胎児認知」という手続きを踏んでいる。子どもがお腹にいる間に認知の手続きをしておけば出生届に父親の氏名が明記されるので、妊娠中に彼女の本籍地まで届出を提出しに行ったという。


写真=iStock.com/fizkes
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■事実婚は少数派といえ200万〜300万人もいる


私が出産した18年前に比べ、今では事実婚を選んだ場合に子どもを含めてできるだけ不利益を被らないようにどうすればいいのか、知識も情報も行き渡っているし、役所の対応も柔軟になっている。不妊治療一つとっても、病院によって違いはあるものの、事実婚でも対応してくれる施設も増えてきた。「それでも」と彼女はこう話す。


「企業の結婚休暇やペアローンなど、同性婚が対象になっているサービスや制度でも、事実婚は対象外のものもあります。少なくとも同性パートナーに認められているものは、事実婚でも認めてほしい」


2022年の内閣府男女共同参画白書によると、事実婚の割合は2〜3%で、人口に換算すると200万〜300万人とされている。少しずつ事実婚という形が広がる中で、同性婚を想定したパートナーシップ制度を事実婚にも適用を広げる自治体も出てきている。


私がかつて編集長を務めていたオンラインメディア「ビジネスインサイダージャパン」の元インターンで、今は河北新報の記者をしている石沢成美(28)さんも、事実婚を選択している。事実婚を選択した理由は慣れ親しんだ姓をどちらか一方が諦めなければならないことや、改姓にかかる労力や費用を負担に感じたからだという。


■事実婚も「社会に認められる関係」に


石沢さん夫婦は結婚時に2人の関係性を証明する公正証書を作成。その後、勤務地の盛岡市が2023年にパートナーシップ・ファミリーシップ制度を導入したのを機に、この制度を利用した。


盛岡市は東北で初めて、事実婚の異性カップルにも制度の利用を認めている。そのこと自体を「画期的」と捉えて、石沢さん夫婦は異性同士として初めての制度利用者になったことを河北新報の紙面で明らかにしている。制度の利用によって、「2人の間だけで交わされていた契約が、社会に認められる関係に広がったようだった」と書いている。


東京都内では残念ながら事実婚までパートナーシップ制度を適用している自治体は、墨田区や国立市、武蔵野市などまだ少ない。民間の保険やペアローンなどパートナーシップ証明書があれば使えるサービスもある。


■若い世代の「結婚したい」を後押しする方法


今回、事実婚を選択した宮沢氷魚さんはインタビューで、自身の母親が「バイレイシャル」で幼少期はいわゆるクォーターとして、さまざまな葛藤を抱えていたことを告白している。


Esquire「宮沢氷魚インタビュー:映画『エゴイスト』で感じた幸せ」(2023年2月6日)

自身のアイデンティティに悩み模索し続けた宮沢さんだからこそ、結婚とは何かと問い続けて出した答えが事実婚だったのではないかと思う。


法律婚であろうと事実婚であろうと、多様な家族の形を認めることは、少なくとも若い世代の「結婚したい」という思いを後押しこそすれ、忌避する方向には働かないだろう。法律婚という形に疑問を持っている人たちが、なんらかの形でパートナーであることを証明できる手段を整備すれば、もっと結婚を前向きに考える人も増えるのではないか。


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浜田 敬子(はまだ・けいこ)
ジャーナリスト
1966年生まれ。上智大学法学部国際関係法学科卒業後、朝日新聞社に入社。前橋支局、仙台支局、週刊朝日編集部を経て、99年からAERA編集部へ。2014年に女性初のAERA編集長に就任した。17年に退社し、「Business Insider Japan」統括編集長に就任。20年末に退任。現在はテレビ朝日「羽鳥慎一モーニングショー」などのコメンテーターのほか、ダイバーシティーや働き方改革についての講演なども行う。著書に『働く女子と罪悪感』(集英社)、『男性中心企業の終焉』(文春新書)。
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(ジャーナリスト 浜田 敬子)

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