日本株の「本当の値上がり」はまだ起きていない…日経平均が「真の実力」を発揮するために必要な条件

2024年2月14日(水)9時15分 プレジデント社

実感のインフレ率は「年率16.1%」(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/urbazon

写真を拡大

日経平均株価はこれからどうなるのか。エコノミストのエミン・ユルマズさんは「日本経済は好調だが、円安による物価高の影響で景気後退リスクもある。日経平均は4万円台に向かっていくが、一時的に2万5000円程度まで暴落することも考えられる」という——。

※原則として数値は原稿執筆時点(1月末)のものです。


■業績の悪い企業が出てきている


年明け早々に北陸で大きな地震が起きましたが、今のところ日本経済は順調です。


日経平均株価は年明けから大きく上昇。3万6000円を突破し、バブル時の最高値3万8915円の更新も視野に入ってきました。


日本企業の決算も好調です。『会社四季報 2024年1集・新春号』によると、四季報掲載企業3617社の集計で、今期売上高は3.5%増、営業利益は15.0%増となっています。


ただその一方で、来期売上高は3.2%増、営業利益は8.4%増と減速傾向も見られます。


『会社四季報』には、掲載企業の業績を表す「見出し」をランキング化した「見出しランキング」が掲載されています。そのトップ10のうち、8つが「続伸」「上振れ」といったポジティブなワード。残る2つが「下振れ」「反落」といったネガティブワードでした。


大ざっぱな予想ですが、大体8割の企業が好調、残り2割の企業が業績不振だと考えられます。


業績のいい企業と悪い企業に二極化する傾向も見られるのです。


■実感のインフレ率は「年率16.1%」


企業が好調な一方、個人消費はどうでしょうか。1月17日に発表された日銀の「生活意識アンケート」では、「1年前より景気が悪くなった」と答える人の割合が58.9%と、前回2023年9月調査と比べても3.9ポイント増と悪化しています。


「景気が良くなった」と答えた割合は9.3%で、前回9月調査比で3.2ポイント減少。「景況感DI」はマイナス49.6と、センチメントが大幅に悪化しています。


その理由として真っ先に挙げられるのは「物価高」です。


「暮らしにゆとりがなくなってきた」と答えた人の割合は56.2%と、9月調査に比べて1.2ポイント減少したものの、「ゆとりがなくなった」理由に「物価高」をあげた人が90.8%と、過去最高を記録しています。


また、「実感の物価上昇率」は「年率16.1%」と、公式の消費者物価指数の数字を大きく上回っています。日本の消費者は公式統計を大きく超える激しいインフレを実感しているのです。


写真=iStock.com/urbazon
実感のインフレ率は「年率16.1%」(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/urbazon

■インフレマインドの広がりが日経平均を押し上げる


また来年の物価について「上がる」と回答した人の割合が79.3%と、デフレマインドが後退し、インフレマインドが広がっていることがわかります。


円安は輸出企業の業績を押し上げます。ただ、日本経済全体を見ると、円安は輸入物価を押し上げるため、家計の購買力が落ち、経済に悪影響を及ぼす面もあります。


インフレマインドの広がりは、円安による物価高というデメリットの影響がじわじわ表れている証拠だと考えられます。


ただインフレマインドが広がっていることは、株などのリスク資産にとっては追い風となります。日経平均が年始より大きく上昇しているのを見れば一目瞭然でしょう。


■本当の株高はまだ起きていない


ただ、これが本格的な株高なのかと言われると疑問が残ります。


日経平均が上昇している一方、「グロース250(旧マザーズ指数)」はほぼ横ばい状態を続けています。


その結果、日経平均とグロース250のパフォーマンスの差が拡大しています。これほど差が開くのはライブドアショック以来の出来事です。


またドル建ての日経平均を見ると、円建てほど上昇していないことが分かります。


つまり、今の株高は円安によるところが大きく、本格的な株価上昇トレンドはまだ起きていないと考えられます。


■円安が個人消費を冷やしている


円安が日経平均を押し上げる一方、個人消費を冷やす「真犯人」も円安です。


2023年に外国人が日本へ来て消費した「インバウンド消費額」が初めて5兆円を超えたことが話題になりましたが、その一方で日本人の消費がどんどん弱くなっています。


外国人旅行客が増え、国内のホテルやエンタメ施設の料金がどんどん高くなっています。ですが日本の実質賃金が下がっているため、日本人が行けなくなっています。


これはまさに円安の影響によるものです。


■円安が進むと政権支持率が下がる


円安の悪影響が目立つ一方、日本の金融当局が円安を問題視していないのが気になります。


このところドル円相場が政権支持率と連動しているように見えます。円安に振れるとインフレが進み、政権支持率が下がると考えられます。一方、円高になると物価が下落し政権支持率が回復するのでしょう。


写真=iStock.com/kuppa_rock
円安が進むと政権支持率が下がる(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/kuppa_rock

2024年に入り岸田政権の支持率は約5ポイント上昇しましたが、これは約3カ月前の23年11月より円高に振れたのと関係するように見えます。


でも今の政府には円安に対する危機感が感じられません。


現時点でのドル円相場は1ドル147円前後です。2024年の年明け以降、約7円も円安になっています。なのに、メディアは何一つ報じていませんし、金融当局の責任を追及するような動きもありません。


円安を誰も問題視しておらず、金融当局に対して、円安をなんとかしろという圧力がかかっていません。


■せめて1ドル=130円くらいを目指すべき


政府はおそらく、円安・物価高に国民が多少文句を言おうとも、最終的には日本経済全体にメリットがあるから、このまま円安誘導を進めよう、と考えているのでしょう。


でも実際には円安が進んでセンチメントが悪化し、内需に悪影響が出ています。ある程度の円安ならメリットがあるでしょうが、いまの相場は行き過ぎです。せめて1ドル=130円くらいをキープできるように、財政・金融政策を調整すべきでしょう。


日銀はもしかすると、金融政策を早期に正常化すると、せっかくの景気を冷ましてしまう、と思っているのかもしれません。


その考え方は理解はできますが、賛成はしかねます。


日本の実質賃金は2023年12月まで21カ月も連続で悪化しています。異次元緩和があまりにも長期にわたったため、金融緩和の効果自体も疑問視されています。


現在の金融政策が変わらない限り、賃上げの動きも本格化しないのではないでしょうか。このまま手をこまねいているより、金融政策の転換を急ぐべきだと思います。


■円安を招いたのは日銀の政策


もう一つ賛成できない点として、日銀のコミュニケーションがあげられます。


植田総裁は昨年秋、「年末から来年にかけてチャレンジングな状況が訪れる」と発言しましたが、市場はこれを「年末年始にマイナス金利を解除するメッセージ」だと受けとめました。


しかし、日銀は動きませんでした。だったら思わせぶりなメッセージなど出さなければいいと、市場関係者の多くが呆れたのです。


もともと「日銀文学」と揶揄(やゆ)されるくらい、日銀のメッセージは分かりにくいことで有名です。それに加えて、植田総裁の言葉はいつもあいまいで、特に海外の投資家には、日銀が何をやろうとしているのか、全く伝わっていません。


写真=iStock.com/jovan_epn
「日銀文学」と揶揄されるくらい、日銀のメッセージは分かりにくい(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/jovan_epn

昨年7月にYCCを実質解除した時も、日銀と植田総裁の発したメッセージは非常に分かりにくいものでした。海外の投資家は、政策変更が金融引き締めなのか、それとも金融緩和なのか、すぐには理解できず、為替相場がしばらく乱高下することになりました。


もちろんこの動きを海外の投機筋が見逃すはずがありません。投機筋が円安を見越したポジションを取り、相場は財務省・日銀が期待したのとは逆に、大きく円安に振れることになりました。


為替の安定を目指すべき金融当局が、むしろ為替相場を混乱させているのです。


■FRBならもっと機動的に政策変更する


日銀に比べてアメリカFRBの発するメッセージはシンプルです。


日銀金融政策決定会合にあたる「FOMC」では、事前予想と異なる結果になることも多いのですが、極端なサプライズはほとんどありません。


市場とのコミュニケーションが機能しているからです。


一方、日銀はメッセージが分かりにくいだけでなく、サプライズを乱発し、為替相場を混乱させています。これは非常に問題です。


為替相場の乱高下は、FX取引をやっている人にとっては「投機」のチャンスかもしれません。ただ、輸出入で外貨を必要とする企業などには大きなマイナスです。金融当局は為替相場の安定のために、もっと努力すべきでしょう。


■日銀は異次元緩和に固執しすぎ


日銀が異次元緩和に固執しすぎているのも問題です。


異次元緩和が開始されて10年以上経過しています。日経平均の上昇やインバウンド増加など好影響もありましたが、円安によるインフレを招き、国民の生活はむしろ苦しくなっています。


異次元緩和がムダだったとは言いませんが、固執しすぎではないでしょうか。


日銀は政策変更を大げさに考えすぎています。マイナス金利を解除して金利が急上昇すれば、また利下げすればいい。アメリカFRBならもっと機動的に政策変更しているでしょう。


写真=iStock.com/kuppa_rock
日銀は異次元緩和に固執しすぎ(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/kuppa_rock

■岸田政権の「リーダーシップ不在」が円安を招いた


植田総裁の前任者、黒田東彦氏の時代の方が、日銀のメッセージはわかりやすかった。黒田氏はデフレ脱却のため、あらゆる手段を使って金融緩和する、と言い続けていました。


もし黒田氏が日銀総裁を続けていたら、今の過度な円安を放置することはなかったのではないでしょうか。少なくともそう思わせるくらい、黒田氏にはリーダーシップが感じられました。


安倍元首相も経済運営への明確な姿勢とリーダーシップを持っていました。世論の動向に敏感な安倍氏が今も政権の座にあれば、すぐにアメリカへ飛んで根回しして、為替介入をしていたのではないでしょうか。


一方の岸田首相はまるで存在感がありません。


投機筋はこういう状況を狙ってきます。過度な円安が続いているのは、岸田首相のリーダーシップ不足の影響もあるでしょう。


■誰も円安を止めようとしていない


繰り返しになりますが、円安が絶対に問題というわけではなく、行き過ぎていることが問題なのです。


1ドル=130円程度の水準であれば、インバウンドも伸びるし、内需への悪影響もある程度抑えられていたでしょう。


本来そういう水準で為替を安定させるのが政権と金融当局の仕事です。


なのに政治にはリーダーシップが欠けており、金融当局は機動的な政策運営ができず、市場とのコミュニケーションにも失敗しています。



エミン・ユルマズ『夢をお金で諦めたくないと思ったら 一生使える投資脳のつくり方』(扶桑社)

また、円安の弊害や金融当局の姿勢をマスコミが追及しないのも問題です。


こうした理由で、日本では責任をもって為替相場を安定させようと行動する人が不在になっています。そのせいで過度な円安になり、物価が上がり、国民の生活が苦しくなってしまうのです。


目下の日本経済は好調で、インフレ期待もあいまって、日経平均はさらに上、4万円台を目指すことも考えられます。


しかし、政権が円安を放置し内需が冷え、景気が減速する懸念や、アメリカの景気後退の可能性も踏まえると、日経平均が2万5000円くらいに下がる可能性も見ておくべきでしょう。


----------
エミン・ユルマズ(えみん・ゆるまず)
エコノミスト
トルコ・イスタンブール出身。2004年に東京大学工学部を卒業。2006年に同大学新領域創成科学研究科修士課程を修了し、生命科学修士を取得。2006年野村證券に入社。2016年に複眼経済塾の取締役・塾頭に就任。著書に『夢をお金で諦めたくないと思ったら 一生使える投資脳のつくり方』(扶桑社)、『世界インフレ時代の経済指標』(かんき出版)、『大インフレ時代! 日本株が強い』(ビジネス社)、『エブリシング・バブルの崩壊』(集英社)『米中新冷戦のはざまで日本経済は必ず浮上する 令和時代に日経平均は30万円になる!』(かや書房)などがある。
----------


(エコノミスト エミン・ユルマズ)

プレジデント社

「日本」をもっと詳しく

「日本」のニュース

「日本」のニュース

トピックス

x
BIGLOBE
トップへ