「41坪30万円」千葉県内の激安分譲地に購入希望を出してみたら…登記簿にあった「怪しい社名」の正体

2024年2月16日(金)15時15分 プレジデント社

30万円の売地が広告に出されていた茂原市弓渡の放棄分譲地。道路は舗装されているが、電柱はない(2024年2月撮影) - 筆者撮影

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千葉県内にある「1坪1万円以下」というだれも買わない格安分譲地に、購入希望を出した人がいる。「限界分譲地」を取材するブロガーの吉川祐介さんは「知人が購入希望を出したところ、すでに売約済みだった。詳しく調べてみると、その土地は詐欺事件の舞台になっていた」という——。

■上水道はあるのに電柱は1本もない


筆者のように不動産に関する情報発信を生業としていると、しばしば読者の方やSNSのフォロワー、時には知人より不動産の売買についての相談を受ける。ほとんどの場合は、親族から相続した、あるいは近い将来相続することになる無価値な「負動産」の処分についての相談だが、まれに限界分譲地を購入したいと相談を受けることもある。


3年ほど前、そんな購入希望者の一人である知人のA氏より、千葉県茂原市弓渡のある分譲地について相談を受けた。そこは家屋が1戸もない事実上の放棄分譲地だが、いくつかの区画は今も地主が業者を手配して草刈りなどの管理を続けており、そのうちの1区画を、地元の仲介業者が売地として広告を出していた。


しかし、その売地のある分譲地は、道路が舗装され、上水道が引かれているにもかかわらず電柱がない。これは放棄分譲地ではよくある。家屋の建築は法的には可能だが、電柱がないのでは工事も始められない。


そのためであろう、おそらく分譲当初の価格は数百万円に及ぶと思われるこの40坪の売地は、30万円という捨て値で広告に出されていた。


筆者撮影
30万円の売地が広告に出されていた茂原市弓渡の放棄分譲地。道路は舗装されているが、電柱はない(2024年2月撮影) - 筆者撮影
筆者提供
知人が興味を持って問い合わせた茂原市弓渡の30万円の売地広告(一部修正済み) - 筆者提供

■「41坪30万円」の分譲地を問い合わせてみると…


そこで、A氏はその安さから興味を抱き、広告掲載主の不動産会社に問い合わせたところ、すでに売却済みであるとの返答を受けたという。売却後も誤ってその広告を取り下げないまま放置してしまうのはよくあることだ。


電柱もない放棄分譲地への問い合わせは少ないだろうし、広告主も気が付かず放置したままだったのだろう。僕が奇妙に感じたのは、この土地が売れたという不動産会社からの返答である。なぜならこの分譲地の入り口は、A氏が問い合わせた後もバリケードで封鎖されたままで、広告に出された区画もまったく利用されている気配がなかったからである。


いくら30万円と言っても、今の時代、こんな無価値な放棄分譲地を投機目的で購入する人はいない。買い手の感覚からすれば30万円でも高い。


千葉県の九十九里平野においては、30万円程度の価格で長期間広告が出され続けている土地は他にも多数あり、わざわざ電気を引き込むことができるかもわからない土地を選ぶ理由がないからだ。利便性も悪く、周囲は民家もほとんどない鬱蒼とした雑木林である。


A氏の場合、自作の小屋を建てるための土地を探していたので逆に人家のない環境が良かったのだが、一般人が普通のマイホームを建てられるような環境ではない。また、物件価格に応じた法定の手数料しか受け取れない仲介業者にとっては魅力に乏しい物件であることは間違いない。


そのため当初筆者は、単に業者が応対を面倒がって売却済みと回答しただけなのではないかと疑った。


筆者撮影
売地は複数あるが、利用されている区画は一つもない。 - 筆者撮影

■登記簿に書かれた“怪しい社名”


そこで、その売地の登記事項証明書を取得してみた。確かに平成29年(2017年)に、おそらく分譲当初の取得者と思われる方から、港区芝大門の「野村ハウジング」なる会社に売却されていた。


しかし、その「野村ハウジング」は、購入してからわずか1カ月後に、今度は都内に住む別の男性に転売している。奇妙なことに、所有権移転登記(順位番号3番)は、2年後の令和元年(2019年)6月5日に、所有権抹消請求訴訟の判決が下されて取り消され、所有権が再び「野村ハウジング」に戻されていた。


不動産取引における所有権移転登記の抹消請求は、わかりやすい例としては、地面師などによって偽造された申請書類で実行されてしまった不正な移転登記(不実の所有権移転登記)を、本来の所有者がそれを無効とするために請求したりするケースがある。


しかしこの茂原市弓渡の分譲地に関しては、地面師は言うに及ばず、ほとんどの人がタダでも欲しがらない無価値の放棄分譲地であり、法を犯してまで無理に取得するメリットがまったくない。むしろババ抜きのババの如く、互いに所有権を押し付け合ってもおかしくないものだ。


おまけに「野村ハウジング」という社名自体、大手不動産業者のそれに似せた、見るからに怪しい社名である。筆者の経験上、大手事業者を連想させるような社名を冠しながら、千葉の片田舎の限界分譲地を扱うような不動産会社にろくな所はないと断言できる。


■何もない分譲地が詐欺の舞台になった


いったいこの土地を舞台に何が起きたのかと、まずは「野村ハウジング」という社名をインターネットで検索してみる。すると、すかさずサジェスト機能で「野村ハウジング 原野商法 逮捕」だの「野村ハウジング 犯人」だのと表示される始末で、労せずとも即座に解答が出てしまった。


筆者撮影
抹消請求が行われていた「野村ハウジング」名義の土地。 - 筆者撮影
筆者撮影
「野村ハウジング」の土地の登記事項証明書。いったんは東京都内在住の男性に売却されているが、その売買登記は判決によって抹消されている。 - 筆者撮影

「野村ハウジング」に関する一連の事件とは何か。資産価値の低い分譲地や山林の所有者に、土地が高く売却できると話を持ち掛けて金をだまし取る詐欺事件である。実際には売却できるどころか、別の土地を高値で売りつけたり、無用な測量費用を巻き上げたりする典型的な手口だ。


例えば千葉県警は2018年7月、栃木県那須塩原市などに山林を所有する首都圏在住の70〜80代の男性6人に虚偽の取引を持ち掛け、計約8700万円をだまし取ったとして、千葉県警は組織犯罪処罰法違反などの容疑で男女7人を逮捕・送検したと発表した。(2018年7月18日付東京新聞朝刊・千葉房総版)。


警視庁は2018年11月、20〜30代の男13人を詐欺容疑で逮捕している。男らは2016〜2018年、栃木県那須町などに土地を所有する千葉県や都内在住の60〜90代の男女4人に、太陽光発電事業のために土地を買い取るなどとうその買収話を持ち掛け、計470万円を騙し取った疑いがあるという(2018年11月28日付朝日新聞夕刊、29日付東京新聞朝刊)。


栃木県那須町は1970年代に膨大な数の分譲別荘地が開発され、今は道路もろとも山林に埋もれたままの放棄分譲地が多数放置されている。土地の名義変更手数料や整地費用、税金対策費用などの名目で大金を詐取されてしまうのはにわかに信じがたい話だが、これも、土地の処分に悩む所有者の焦燥に付け込んだ手口のひとつである。


■所有者は「二次被害」に気づいていない


こうした違法な手数料を詐取する被害は、今も多くの限界分譲地で横行していて後を絶たない。実際に男13人が逮捕された際の報道によると、「同課(警察庁組織犯罪対策4課)によると、詐欺グループの関与が疑われる被害は全国で約4億円に上る可能性があり、都内では191人確認されている」という(29日付産経新聞朝刊)。


この「野村ハウジング」の事例はあまりにも手口が荒っぽく、そのうえ被害額が高額すぎたために摘発に至っている。だが立件されるケースは「氷山の一角」と言える。


各新聞報道では事件の被害者を、かつての「原野商法」の被害者であると報じている。だが事件の舞台となった物件の映像や写真を見る限り、原野と言うよりは、おそらく投機目的で開発・販売された一般の分譲別荘地であると思われる。


「原野商法の二次被害」という呼称に問題があるのはこの点である。別荘地の所有者には、自分がかつての「原野商法」の被害者であるという自覚がない。これらの限界分譲地は、当初から詐欺まがいの手法で販売された北海道の原野と異なり、少数とはいえ今も住民が暮らしている現役の住宅地でもあるからだ。


実際には多くの限界分譲地は、資産価値の喪失という「原野商法」と似た問題を抱えているのだが、道路が敷かれ、住民が暮らしている限り、そこに居住するかどうかはあくまで所有者の個人的な都合にすぎないわけだから、これらの分譲地の購入者が、自分が原野商法の被害者だと自覚しないのは無理もない話だ。


■売るに売れない…所有者が悪徳業者にだまされる理由


だが、自覚がないということは、例えば国民生活センターが「原野商法の二次被害」について度重なる注意喚起をしても効果は限定的だ。詐欺の被害にまで遭わないにせよ、自分が所有する土地が、実は原野商法の土地と同様の「負動産」であると自覚できる機会もないまま、手放すための道筋すら立てられないことになる。


限界分譲地の所有者の典型的な誤解としてよく見られるのが、固定資産税の算出の目安として市町村ごとに算出される「固定資産税評価額」が、そのまま市場価格として通用するとの思い込みである。


現実にはもはや価格も付けられないような無価値な不動産であるにもかかわらず、数十万円の評価額を根拠に、その価格で売却が可能と早合点し、不動産会社の査定額に不満を述べる売主は少なくない。


1970年代に開発された分譲地の購入者は近年続々と鬼籍に入り、相続が発生している。相続で取得した所有者は、分譲当初と現在の価格差に未練を持っているわけではないのだが、限界分譲地に関する正確な情報を持ち合わせていないために、「原野商法の二次被害」は、相続人も被害に遭うケースがある。


いずれにせよ購入者本人であろうと、相続人であろうと、自分の土地が直面している事態を理解していないと、土地の処分の方法にたどり着けないどころか、悪徳業者の餌食になりかねないのだ。もはや多くの限界分譲地の空き地は、通常の不動産仲介で手放せる代物ではなくなっている。


筆者撮影
詐欺加害者が悪なのは当然としても、根本的に土地に関する正確な情報を持たない限り、処分の道筋は立てようがない。 - 筆者撮影

■詐欺の舞台になった分譲地は、原野に還りつつある


さて話を戻すと、前述の「野村ハウジング」による一連の事件では、首謀者らが被害者に高額で売りつけた土地自体、別の被害者を騙して巻き上げたものであるとのことだが、この茂原市弓渡の30万円の売地に関しては、詐欺の道具として利用する目的で安価で取得したうえで、のちに都内在住の男性を騙して高額で売りつけたものと思われる。そしてその売買登記が、抹消請求訴訟の結果無効となり抹消に至ったという事であろう。


この裁判の詳細を知ろうと、仕事上でお付き合いのある弁護士の方に当該事件についての調査をお願いしたのだが、残念ながら事件番号が特定できず、裁判記録の特定ができなかった。


しかし現在、この弓渡の分譲地は、野村ハウジングが騙して行ったであろう売買登記が無効となったおかげで、土地の所有権は被害者から、再度野村ハウジングの名義に戻されてしまっている。見方を変えれば、司法の手で所有者不明土地を発生させてしまったとも言える。


もちろん野村ハウジングは摘発後解散しており、詐欺の舞台となったこの土地は今は誰も管理することもなく、正真正銘の「原野」へ静かに還りつつある。


■知人A氏は別の分譲地を購入したが…


なお、冒頭で述べた、この茂原市弓渡の土地について購入を検討していたA氏は、結局その後同じ九十九里平野の別の分譲地を購入し、予定通りセルフビルドで自宅を建築して今も暮らしている。新しく購入したその分譲地にも電柱はなかったが、電柱設置の申請を行って1年後、ようやく設置工事が行われている。



『限界分譲地 繰り返される野放図な商法と開発秘話』(朝日新書)

投機目的でほとんど詳細な検討も加えず購入されていた70〜80年代と異なり、今日あえて限界分譲地の土地を購入する人は、A氏のように明確な利用目的を持っているのが普通である。そうでなければ買う理由がない。そんな買い手は当然購入前に複数の物件を比較し、現地の下調べを行うのが常である。そんな数少ない買い手に対し、土地を手放したい売り手の数は膨大であり、圧倒的な供給過多の状態にある。


だからこそ、条件の悪い土地というものは、場合によっては売値を0円にしなければ引き取り手も決まらないほどなのだが、土地バブルの記憶が今もある当初の購入者や、千葉の不動産事情などほとんど関心もないのに相続してしまった相続人は、そんな供給過多の市場についての知識がなく、業者につけ入られる隙を与えてしまっている。


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吉川 祐介(よしかわ・ゆうすけ)
ブロガー
1981年静岡市生まれ。千葉県横芝光町在住。「URBANSPRAWL -限界ニュータウン探訪記-」管理人。「楽待不動産投資新聞」にコラムを連載中。著書に『限界ニュータウン 荒廃する超郊外分譲地』(太郎次郎社エディタス)がある。
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(ブロガー 吉川 祐介)

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