なぜ「ワークマン離れ」が起きているのか…快進撃を支えてきた「カジュアル路線」に潜む意外なリスク【2023下半期BEST5】

2024年2月18日(日)9時15分 プレジデント社

出典=PR TIMES/株式会社ワークマン

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2023年下半期(7月〜12月)、プレジデントオンラインで反響の大きかった記事ベスト5をお届けします。ビジネス部門の第1位は——。(初公開日:2023年11月15日)
作業服チェーン「ワークマン」の勢いに陰りがみえつつある。売上高や客単価は上昇を続けているが、今年4月から10月までの既存店客数では、猛暑だった7月を除いて前年割れとなっている。ライターの南充浩さんは「原因のひとつは『職人客離れ』だろう」という——。
出典=PR TIMES/株式会社ワークマン

■既存店の客数が減り始めた


作業服からカジュアル路線にかじを切り、急成長を遂げたワークマンの業績に陰りが見え始めています。決算ベースでは現在も成長が続いているものの、今年4月以降の月次速報では7月と8月を除いて既存店売上高が前年割れとなっているのです。ワークマンでは「単月の既存店は、当該月末現在に継続して満13カ月以上営業している店舗で算出しております」と公式サイト上で説明しています。


この既存店売上高の前年割れは東洋経済オンラインの記事でも指摘されています。さすがの着眼点と言わねばなりません。ただ、私は既存店売上高よりも既存店客数の減少のほうが深刻ではないかと考えています。というのも、7月を除くとすべての月で既存店客数が前年割れしているのです。ちなみに既存店客単価は4月から9月まですべての月で前年超えを果たしています。


経済メディアや衣料品業界では、全体の業績もさることながら、既存店の売上高、客数、客単価の増減を重視しています。なぜなら、全体の売上高は新店舗の出店数を増やせば確実に増えるからです。


極端な言い方をすると、赤字を垂れ流してでも新規店舗をどんどん出店すれば売上高は増え続けます。ですから新店舗も含んだ全社売上高の昨年対比なんていうのは全く当てにならないのです。一方、出店から1年以上が経過している既存店の業績が伸びていれば、顧客からの支持が続いていると読み取れます。


■客数はブランドの支持を測る最も重要なバロメーター


企業側が発表する月次速報は、売上高、客数、客単価の3つの昨年対比の増減のみを公開しています。金額、人数の実際の数字は公開していませんので、その増減で企業業績を判断するほかありません。


以上のような理由で、決算にせよ月次速報にせよ、その店やブランドがいかに支持されているかを知るには、全体業績よりは既存店業績のほうがバロメーターとして適切だということになります。既存店業績の月次速報の中には、売上高、客数、客単価の3つの指標があります。どれも重要ですが、筆者としては最も重要なのは客数ではないかと思います。


通常、「客数」は「入店客数」ではなく「買い上げ客数」を指します。既存店の買い上げ客数が増えていればお客から支持されているといえますし、客数が減っていれば支持されにくくなっていると考えることができます。


■7月を除く全ての月で既存店客数が減少


もちろん、売上高も重要ですが、客数が昨年と同じでも客単価(買い上げ客単価)が下がれば売上高は減ります。ですから、売上高の増減だけでは一概に判断することはできません。


これを念頭においてワークマンの今年4月以降の月次前年対比を見てみましょう。


ワークマンの月次報告を基に作成

4月から10月において、既存店客数は7月に昨年同月対比で1.4%増となった以外は、全ての月で前年割れが起きており、特に5月と9月は6%以上の客数減少となっています。一方で、既存店客単価は10月を除く全ての月で前年を上回っており、特に7月は6.7%増、8月は6.2%増と他の月にも増して大幅な伸びを見せています。


9月まで一貫して客単価が伸びた理由としては、昨年に「価格据え置き宣言」を発表したものの、値上げした品番もあるので、それらの買われ方によって微増したと推測されます。


また7月、8月の客単価の高い伸び率は、おそらく猛暑対策用品として広まり始めた電動ファン付きベスト(ブルゾンも含む)や今夏初投入された水冷式ベストなどの高価格な商品によるものと考えられます。電動ファン付きベストは9800〜2万円弱、水冷式ベストは1万6800円ですから、1000円前後の衣料品が多いワークマンの中にあっては高単価商品だといえ、これらが好調に売れれば必然的に客単価は上がります。


また1万円台後半〜3万円くらいするテントなどのキャンプ用品もありますから、夏休みシーズンということでそれらが売れれば客単価は上がるでしょう。夏はワークマンにとっては高額商品が動きやすい時期だといえます。


■今年の猛暑で機能性商品が売れないのは深刻


一方で直近の10月の客数は全店、既存店ともに前年割れとなっており、かなり厳しい数字が出ています。10月は全店売上高が前年同月比7.8%減、客数が同7.1%減、客単価が同0.8%減。新店舗を除いた既存店の売上高は同12.2%減、客数が同11.5%減、客単価が同0.8%減となっており、売上高と客数が大幅に落ち込んでいます。かなり厳しい商況だったといえるでしょう。


ただ、9月、10月の苦戦は季節外れの高気温によるところが大きいことがハッキリしています。ワークマンは吸水速乾や保温発熱などの気温に応じた機能性商品を売りにしているので、秋の高気温は死活問題だといえます。一方、猛暑にもかかわらず7月以外の6月、8月の苦戦、それから4月、5月の春の苦戦は深刻だと言わねばならないでしょう。


■カジュアル路線化で既存の職人客から上がる不満の声


まとめると、4月〜9月の半年間は、客単価が上がっているのに、客数(買い上げ客数)が減ったために、前年売上高実績に届かなかったということです。これはなかなか危険な兆候です。それだけ既存顧客が離れているということにほかならないからです。


写真=iStock.com/lamyai
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/lamyai

もちろん、ワークマンの現在の勢いはすばらしく、巨大なベイシアグループの一員ですから、経営危機の心配はありません。冒頭に述べたように足元に陰りが見え始めたという程度にすぎません。


ちなみに11月6日に発表された24年3月期第2四半期決算(23年4月〜9月)は営業総収入が655億8000万円(対前年同期比8.9%増)、営業利益119億9100万円(同1.4%減)、経常利益122億6000万円(同1.4%減)、当期利益76億500万円(同1.9%減)と増収ながら微減益に終わっています。営業総収入は順調に増え続けていますが、実は23年3月期決算から現在まで減益傾向が続いています。


なぜワークマンから既存顧客が離れつつあるのか。考えられる原因のひとつは「職人客離れ」です。


ワークマンの元々の店舗は幹線道路沿いや郊外に立地し、個人経営の小規模なフランチャイズがほとんどでした。そこに買いに来る職人客も店舗ごとにほぼ決まっており、着古しては定期的に買いなおすという購買行動だったと考えられます。


■カジュアル色を強めたことによる弊害


しかし、近年のカジュアル用途でのワークマン人気の盛り上がりによって各店舗にカジュアル客が押し寄せ、店内が混雑していたり、駐車場に車が止められなかったりということが増えました。また、カジュアル需要の急増によって品切れ・品薄状態も増えました。こうしたことが不満となって職人客離れが起きつつあるようです。


ワークマンは作業服をカジュアル向けにも販売することで業績を伸ばし続けてきました。作業服は元来「安さ」と「高機能性」を兼ね備えた衣料品です。商品デザインを少し工夫することでデイリーカジュアル用途の客が増えると考えて、作業着客とカジュアル客の両方に同じ商品を売ることで成長を実現してきました。


また、作業服はカジュアル服と比べて流行に左右されず、供給サイクルを長めに設定することができるため、他のカジュアルブランドのように売れ残り商品を大急ぎでシーズン末に投げ売り処分することなく、作業服店で値下げせずに売り続けることができるというもくろみがありました。


しかし、成長に次ぐ成長を遂げるに従って、カジュアル色を強めたワークマンプラス、ワークマン女子、ワークマンカラーズなどの業態を派生させて今に至ります。おそらくは作業服店には置けないようなカジュアル向けの品番数も相当に増えているのではないかと考えられます。


出典=PR TIMES/株式会社ワークマン

■カジュアルと作業服を両立させるのは難しい


ワークマンのカジュアル需要が増えれば増えるほど、作業服店とカジュアル店で同一の商品を売るという戦略は難しくなるでしょう。なぜならカジュアル客と作業服客では購買意欲も購買のサイクルも全く異なるからです。


かつてはワークマンのコンセプトに賛同する少数の客だけで商売が成り立ちましたが、規模が大きくなるにつれてコンセプトを理解しない客も増えます。そうなると結果的に従来客からも新規カジュアル客からも不満を持たれてしまうでしょうから、カジュアル専用品番を増やさざるを得なくなります。ワークマンが当初の目的通りにカジュアルと作業服を両立できるかどうかはこれからが正念場ということになるでしょう。


■作業服メーカーのカジュアル化は過去にもあった


作業服とカジュアルの両立というワークマンの取り組みは世間一般では極めて斬新だと評価されていると感じるのですが、実は国内作業服業界にとってはこれまで幾度となく挑戦してきた事柄のリメイクに過ぎないのです。


そもそも作業服というのはカジュアルと高い親和性があります。カジュアルの王道アイテムであるジーンズが元々はアメリカの炭鉱夫向けの作業服として開発されたということは広く知られていることでしょう。


ジーンズに限らずオーバーオール(サロペット)やカバーオールジャケット、ペインターパンツ、ベイカーパンツなんていうカジュアルアイテムも元は作業服です。また、ジーンズの先駆者である「リーバイス」、現在はセレクトショップなどでも取り扱いのある「ディッキーズ」と言ったブランドも元は作業服ブランドですし、近年人気が出てきた「ダントン」「ユニバーサルオーバーオール」といったブランドも作業服ブランドとして生まれています。


しかし、戦後、とくに70年代以降の作業服はカジュアル化しませんでした。おそらくは耐久性があってなおかつ安価な素材の開発が進み、デニムなどの綿厚地織物を主体とした昔の作業服とは風合いが随分と異なってしまったことが原因なのではないかと個人的には考えています。


■作業服メーカーにとってカジュアル化は悲願だった


作業服需要は職人の総数が短期間でそんなに大きく増減しないため、安定していて大きく落ち込まない代わりに大きく伸びることもありません。一方、カジュアルははやり廃りが激しく、需要人口が大きいので短期間で大きく売れ残ることもありますが、大きく売上高を伸ばすこともあります。作業服メーカーにとってはハイリスクな一方ハイリターンも期待できるため、ワークマンが脚光を浴びる以前から各作業服メーカーもカジュアル進出に挑戦してきました。


一例を挙げると、ディッキーズというブランドは2000年代前半ごろまで、大手作業服メーカーの「自重堂」がライセンス生産をしていました。現在はVFジャパン社が企画製造販売を担当していますが、かつて2000年ごろのディッキーズの衣料品は自重堂の企画生産だったのです。


結局、今から振り返れば自重堂のディッキーズも成功したとは言い難いのですが、このようにカジュアル進出は作業服業界の長年の悲願でもあったのです。


また、立地的にも作業服業界はジーンズ業界と近しい関係にあります。岡山県や広島県福山市周辺はジーンズの産地として広く知られていますが、同時に作業服メーカーが多く集積する場所でもあります。また大手学生服メーカーも集積しています。一般的にはジーンズに注目されがちですが、産業の成り立ちからいうとジーンズは新参者で、学生服や作業服のほうが歴史は古いのです。


国内でジーンズの縫製が始まったのが1960年代ですが、学生服や作業服はそれ以前から存在します。むしろ、同じような厚地織物を縫い慣れているということから、学生服や作業服の縫製工場やメーカーがジーンズへと転身していまに至ります。ですから、当時の国内作業服メーカーからすればジーンズカジュアルへの進出はそれほど難しいことではないと感じられたのでしょう。


■成長期を過ぎたワークマンは次のステージに順応できるか


メディアも含め一般人からはワークマンが注目を集めていますが、作業服メーカー各社の商品デザインも同じように洗練されカジュアルファッション化しつつあります。一般の知名度はそれほど高くはないでしょうが、「バートル」や「TSデザイン」と言った作業服ブランドの人気が職人客の間では高まっています。こうした傾向の先駆けとなったワークマンの功績は大きかったといわねばなりません。


今後、ワークマンは新店舗出店、新業態開発などで企業規模自体はまだまだ成長するでしょうが、急成長が見込めるような段階は終わりつつあり、既存店顧客もそろそろ減少傾向になっています。急激な成長期が終わりを迎えようとしている今、ワークマンはどんな手を打つのでしょうか。


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南 充浩(みなみ・みつひろ)
ライター
繊維業界新聞記者として、ジーンズ業界を担当。紡績、産地、アパレルメーカー、小売店と川上から川下までを取材してきた。 同時にレディースアパレル、子供服、生地商も兼務。退職後、量販店アパレル広報、雑誌編集を経験し、雑貨総合展示会の運営に携わる。その後、ファッション専門学校広報を経て独立。 現在、記者・ライターのほか、広報代行業、広報アドバイザーを請け負う。
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(ライター 南 充浩)

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