ブラジルでは「日本の80年代特撮」がいまだ大人気…なぜ「ジャスピオン」「チェンジマン」が熱狂的に愛されるのか

2024年2月21日(水)15時15分 プレジデント社

かつてブラジルで視聴率15%に達した『巨獣特捜ジャスピオン』のワンシーン - ©東映/SATO CO., LTD.

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日本で1980年代にテレビ放送された特撮ヒーロードラマが、ブラジルで根強い人気を博している。日本のコンテンツのどこに引かれているのか。サンパウロ在住フォトグラファー兼ライターの仁尾帯刀さんが取材した——。(前編/全2回)

■特撮テレビドラマに熱中したマンシェッチ世代


1980年代に日本で制作・放送された特撮テレビドラマが、南米ブラジルでいまでも人気を博していることをご存じだろうか。


©東映/SATO CO., LTD.
かつてブラジルで視聴率15%に達した『巨獣特捜ジャスピオン』のワンシーン - ©東映/SATO CO., LTD.

ブラジルのテレビ用語に「マンシェッチ世代」という言葉がある。マンシェッチとは1983年に創業し、経営難によりわずか17年で売却されたテレビ局の名だ。マンシェッチは、日本製の特撮テレビドラマを放送することで、大手局をしのぐ視聴率をたたき出し、旋風を巻き起こした。


巨獣特捜ジャスピオン』『電撃戦隊チェンジマン』(いずれも日本放送は1985〜86年)あるいは『世界忍者戦ジライヤ』(同88〜89年)などの作品は、絶頂期にはほぼ毎日3回放送された。さらに最終回が終わると、翌日から再び同じ作品を繰り返し放送するヘビーローテーション。その結果、当時の子供たちの心をわしづかみにした。彼らこそが「マンシェッチ世代」だ。


そのマンシェッチ世代も今や30〜40代。熱狂はすっかり過去のものかと思いきや、パンデミック中の2020年に現在の大手放送局が『巨獣特捜ジャスピオン』などの過去の人気作から3シリーズを地上波放送すると、同局の全番組の中で最高視聴率2.2%を記録するなど、特撮ヒーロー熱は冷めていない。


受け身の視聴者では飽き足らず、かつての特撮ヒーローの魅力を今に伝える熱いファンも少なくない。コスプレイヤー、歌手兼出版人、ユーチューバーと立場の異なる3人にそれぞれの思いを聞いた。


■「チェンジドラゴン」の仮面の下は英語家庭教師


「今年は辰年ですから、僕にとっては特別な年なんです」と語るのは、ブラジル・サンパウロ市で英語の家庭教師を生業としながら日本語を学習中のダニー・ツルギさん(45)だ。教師は仮の姿で、実は『電撃戦隊チェンジマン』のレッドヒーロー「チェンジドラゴン」のコスプレ歴19年の“ガチ”な特撮ヒーローファンだ。なるほど辰年が特別なのはドラゴンゆえか! その入れ込みようはコスプレのために日々の筋トレを欠かさないほど。


筆者撮影
チェンジドラゴンのスーツでポーズを決めるダニー・ツルギさん - 筆者撮影

1988年、ツルギさんが10歳のときにブラジルの地上波で同時に放送された『電撃戦隊チェンジマン』と『巨獣特捜ジャスピオン』から日本製特撮ヒーローの虜(とりこ)になり、愛好家を貫いてきた。


筆者撮影
10代のときに母親に買ってもらった特撮ヒーローのLPレコードを手にするツルギさん - 筆者撮影

■コロナ禍で太って「脱退」したメンバーも…


ツルギさんは、特撮やアニメのコスプレイヤーが一堂に会するブラジル最大のアニメイベント「アニメ・フレンズ」などでコスプレを披露してきた。これまでチェンジドラゴンを単身演じてきたツルギさんが、他4人のメンバーと戦隊を組んで披露できたのは、2019年のアニメ・フレンズただ1回だけだ。


「他の州で暮らすメンバーもいますし、パンデミック中に太って脱退した女性メンバーもいたんです」とスーパー戦隊ものゆえの難しさを嘆く。


筆者撮影
日本製特撮コスプレ専門家に作ってもらったヘルメットとカーニバルの衣装製作者によるコスチューム - 筆者撮影

ツルギさんはコスプレ以外にも、ブラジルの特撮ヒーロー専門ポッドキャスト「特キャスト(Tokucast)」にしばしば出演するなどその界隈のご意見番としての活動も重ねており、特撮仲間との交流が厚い。


「来年は僕にとってコスプレ20周年。今年は記念すべき辰年なので、今から来年に向けて僕の特撮コスプレ遍歴についてのドキュメンタリー映像を撮りたいと思っています」


筆者撮影
昨年は初めて日本を訪問したこともありモチベーションが上昇中のツルギさん - 筆者撮影
筆者撮影
昨年末の日本訪問時にもこのヒーロースーツを持参し各地で撮影した - 筆者撮影

■「JAM Project」準メンバー渾身の「図鑑」


「ブラジルの特撮ヒーロー界のカリスマは?」と問えば満場一致でその名が挙がるのはヒカルド・クルーズさん(42)だろう。2005年より日本のアニソングループ「JAM Project」の準メンバーとして影山ヒロノブ、遠藤正明らアニソン歌手の大御所らとともにマイクを握るクルーズさんは、日本でも特撮・アニソンの世界で名が通っている存在だ。


筆者撮影
刊行されたばかりの『決定版ジャスピオン図鑑』を手にするヒカルド・クルーズさん - 筆者撮影

プロの歌手となるずっと前から特撮ヒーローを愛するクルーズさんは、昨年新たなビジネスとして出版社モズを設立した。


刊行第1弾として今年1月に発売したのが『決定版ジャスピオン図鑑』だ。オールカラー全184ページの本書は特撮テレビドラマ『巨獣特捜ジャスピオン』の世界を余すことなく紹介した一冊で、ジャスピオンをこれほどまでに掘り下げた書籍は日本にもない。


ずしりと重いハードカバーを開くとドラマ全46話の各エピソードの解説はもちろん、ブラジルで製造販売された関連グッズも紹介するなど多角的に作品の魅力をひもといている。さらに読み応えがあるのが本書の独占インタビューだ。日本の俳優、主題歌歌手、スーツアクター、特殊効果担当者のほか、ブラジルからは後編で紹介するかつての配給会社社長、吹き替え声優などの声が紹介されている。


筆者撮影
クルーズさんお気に入りの第18話「破壊しても立ち上がる赤目の戦闘機械人」を解説したページ - 筆者撮影

■東映から未公開写真1000点の提供を受ける


「全部で4000部刷りまして、そのうち1100部をクラウドファンディングで販売済みです」とクルーズさんは語る。すでに出版経費の回収はできている。


日本の東映株式会社から出版権を得て制作された本書がブラジル人ファン垂涎の一冊となっているのは、当地で未公開の写真が満載だからだ。


「1985年放送のジャスピオンって実は日本では人気がイマイチだったんですよね。東映さんには何度もお願いして古いスチール写真を探してもらい、見つかった1000点ほどの写真を提供してもらいました」


未公開写真まで集めて作った一冊。こだわりの理由を尋ねると「僕の人生の道筋を築いた特撮の魅力をブラジルのファンと分かち合いたいんです。やっつけ仕事じゃできませんよ、こんなこと!」と情熱はマックスだ。


今年は第2弾として『世界忍者戦ジライヤ』の図鑑を発売予定。クルーズさんのこだわりがブラジルでの特撮人気に深みを与えていきそうだ。


■「特撮チャンネル世界一」はブラジル人


特撮ヒーローの中心が日本であることに疑いはない。しかしユーチューバーによる人気ナンバーワンの特撮ヒーロー専門番組が、どこから発信されているかご存じだろうか?


©TokuDoc
新旧の特撮ヒーロー作品を自宅から紹介するダニーロ・モードロさん - ©TokuDoc

今年1月に開設10周年を迎えた「特ドッキ(TokuDoc)」は現在チャンネル登録者数が20万超えと、他のユーチューブ特撮ヒーロー番組をはるかにしのいでいる。


不定期で週に1、2本ほど動画をアップしてきたのはマドリードの教育機関「イノベーション研究センター(CEI)」でグラフィック・デザインを教えるブラジル人ダニーロ・モードロさん(43)だ。


「スペインに移住してから番組を始めました。あいにくここでは日本製特撮ヒーローの認知度が低いので、もっぱらブラジルの熱い同志に向けてポルトガル語で番組を発信しています」とモードロさん。ワンオペによる収録は特撮のフィギュアに囲まれたマドリードの自宅の一室で行われている。


「フィギュアは全部で300個ぐらいあるでしょうか。その約半分はフォロワーたちがブラジルの私書箱に送ってくれたものです」


■学校の話題は「チェンジマン」「ジャスピオン」で持ち切り


「僕が8歳だった1988年にブラジルの地上波でジャスピオンとチェンジマンの放送が同時に始まったのですが、当時学校ではその話題で持ち切りでした。その後90年代半ばまで続いた特撮ヒーローの大ブームはブラジルテレビ史上で一時代を築いたと言っていいでしょう」


それでも「特ドッキ」が懐古主義に陥ることはない。昨年日本で上映された映画『シン・仮面ライダー』や今年3月放送開始予定の『爆上戦隊ブンブンジャー』など最新作についての解説動画も随時公開している。


「ブラジルでは80、90年代に特撮テレビドラマの虜になった親と一緒に見て特撮テレビドラマが好きになる子供もいます。今の子供は好きなものを簡単にインターネットで見られるので、古いものばかりじゃない特撮ヒーローの魅力を伝えています」


■貧富の差が激しい国でシンプルな「敵に勝つ」が刺さった


今、ブラジルで日本製特撮ヒーローに絶え間ない情熱を注ぐのは、大方30〜40代のマンシェッチ世代の男性で、ここに紹介した愛好家たちもそろって40代だ。日本の特撮テレビドラマはなぜブラジルの子供たちの心をとらえたのか。


筆者撮影
日本製特撮ヒーローの魅力について熱弁するヒカルド・クルーズさん - 筆者撮影

ユーチューバーのダニーロ・モードロさんは「当時子供番組といったら、アメリカの伝統的なアニメーションしかなかったんです」という。


「そんなときに生身の人間がヒーローに変身する映像に子供たちは夢中になったんです。また特撮ヒーローのおもちゃや文房具など関連グッズにも子供たちは虜になりました」


補足すると、ブラジルでは60年代、70年代に『ナショナルキッド』や『ウルトラマン』などが地上波放送されたが、特撮テレビドラマには放送の空白期があったのだ。


コスプレイヤーのダニー・ツルギさんは近未来的な映像の衝撃が今でも忘れられないという。「ヒーローが操縦する宇宙船がロボットに変形するアイデアがとても斬新だったんです」


歌手のヒカルド・クルーズさんは、ブラジルの社会構造も人気の背景にあったと語る。「ブラジルの現実は貧富の差が激しくて厳しいんですよ。そんな社会にあって特撮テレビドラマはエピソードの内容もテーマ曲も、訴えるメッセージが『敵に勝つ』というわかりやすく強いものなので、たくさんの子供の心に刺さったんだと思います」


始まりは日本から持ち帰った18本のビデオだった...ブラジルで「特撮ヒーローブーム」を作った2人の日系人へ続く)


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仁尾 帯刀(にお・たてわき)
ブラジル・サンパウロ在住フォトグラファー/ライター
ブラジル在住25年。写真作品の発表を主な活動としながら、日本メディアの撮影・執筆を行う。主な掲載媒体は『Pen』(CCCメディアハウス)、『美術手帖』(美術出版社)、『JCB The Premium』(JTBパブリッシング)、『Beyond The West』(gestalten)、『Parques Urbanos de São Paulo』(BEĨ)など。共著に『ブラジル・カルチャー図鑑』がある。
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(ブラジル・サンパウロ在住フォトグラファー/ライター 仁尾 帯刀)

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