二度と働けない自分にも、まだ価値はあった…肺がんで余命半年の50代営業マンが絶望から立ち戻れたワケ
2024年2月28日(水)15時15分 プレジデント社
※本稿は、小澤竹俊『自分を否定しない習慣』(アスコム)の一部を再編集したものです。
写真=iStock.com/pondsaksit
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/pondsaksit
■苦しみには、解決できるものとできないものがある
ここからは、自分を否定する気持ちを手放すための4つのポイントのうちの三つ目、「変えられるものと変えられないものを見極め、変えられないものを無理に変えようとしないこと」についてお話しします。
老いや病気により、心や体が弱くなってしまった。
試験や仕事で望むような結果が出せなかった。
家族や友人、職場の人間関係がうまくいかない。
毎日がつまらなくて、何もしたいと思えない。
こうした悩みや苦しみを抱え、自分を否定してしまっている人は、少なくないでしょう。
生きている限り、人は苦しみと無縁ではいられません。
そして、多くの苦しみは、「こうありたい」「こうしたい」という希望と、それが叶わない現実との開きから生まれ、開きが大きければ大きいほど、苦しみや自分を否定する気持ちも大きくなります。冒頭に挙げた悩みも同様です。
いつまでも健康で美しくいたいのに、日々歳をとってしまう。
試験や仕事でいい結果を出したいのに、なかなか思うようにいかない。
周りの人と仲良くしたいのに、喧嘩をしたりいじめに遭ったりしてしまう。
毎日楽しく充実した暮らしをしたいのに、やる気が起きない。
いずれも、希望と現実の開きから生まれていることがおわかりいただけるのではないでしょうか。
■希望と現実の開きを埋める
悩みや苦しみを抱えたとき、私たちはどうすればいいのか。その問いに対する答えは、ニーバーの祈りの中にあると、私は思います。
ニーバーの祈りは、アメリカの神学者、ラインホルド・ニーバー(1892〜1971年)が考えたものだといわれており、「神よ、変えることのできないものを静穏に受け入れる力を与えてください。変えるべきものを変える勇気を、そして、変えられないものと変えるべきものを区別する賢さを与えてください」というものです。
まず、苦しみをもたらす希望と現実の開きには、埋められる(変えられる)ものと埋められない(変えられない)ものがあります。
たとえば、病気なら、良い治療法があれば治すことができるかもしれません。
あきらめず努力すれば、試験や仕事でいい結果を出せるかもしれません。副業を始めたり無駄な支出を減らしたりすれば、自由に使えるお金が増えるかもしれません。自分の言動を改めたり、周りの人との対話を重ねたりすれば、人間関係が改善されるかもしれません。
これらは、変えられる可能性のある現実、埋められる可能性のある開き、解決できる可能性のある苦しみだといえます。
もちろん、すべての問題が解決できるとはかぎりませんが、もし現実を変え、開きを埋めることができれば、苦しみが和らぎ、自分を肯定できるようになるかもしれません。
■人には、絶対に解決できない苦しみがある
しかし、残念ながら、世の中にはどうしても変えられない現実、どうしても埋められない開き、どうしても解決できない苦しみもあります。
病気の中には、現代医学ではどうしても治せないものがあります。勉強や仕事の内容が自分に合っていなくて、どんなに頑張っても結果がついてこないこともあるでしょう。
他人を変えることはできませんし、あなたがどんなに歩み寄っても、対話が成立しない人と良好な人間関係を築くことはできません。過去に大きな過ちを犯したことがあり、ずっと後悔しているとしても、それをなかったことにはできません。
解決できない苦しみの最たるものは、老いや死でしょう。どれほど科学が進んでも、人は老いや死から完全に逃げ切ることはできません。こうした、解決できない苦しみを「解決したい」と思えば思うほど、人は解決できないことに苦しみます。
写真=iStock.com/Kayoko Hayashi
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■人生における選択の大切さ
そして、私は、ニーバーの祈りを、人生における選択の大切さを訴えているものであるととらえ、次のように解釈できると思っています。
「解決できる苦しみと解決できない苦しみを見分ける賢い目を持ちましょう。そして、解決できない苦しみにいたずらに悩むのをやめ、勇気を持って、解決できる苦しみに力を注ぎましょう」
まずは、今抱えている悩みや苦しみをしっかり見つめ、その中から、解決できるものを選択し、ときには勇気を持って解決に取り組み、解決できないものは、静かに受け入れる。
それができたとき、人は自分自身を肯定し、心の平穏を手に入れ、幸せを感じられるようになります。また、解決できない苦しみについても、一度受け入れることで見え方が変わり、苦しみを和らげる方法が見つかるかもしれません。
■解決できない問題があっても、自分を責めなくていい
それでは、人生において選択がいかに大切か、解決できる苦しみと解決できない苦しみをどう見分けるか、といったことについて、考えていきましょう。まず、次の問いについて考えてみてください。
・今、何が一番気がかりですか?
その気がかりは、どうすれば解決しますか?
・イライラしていることはありますか?
そのイライラは、何らかの手段で解決できますか?
・今のまま生きていったとき、10年後のあなたは幸せですか?
どうすれば、10年後も幸せだと思えるでしょうか?
次に、気がかりなことやイライラしていることの原因を詳しく見てみましょう。たとえば、お子さんの成績が気がかりだとしたら。その気がかりは、「子どもに、いい成績をとってほしい」という希望と、現実との開きから生まれる苦しみであるととらえることができます。
あるいは、年齢を重ね、体力が落ちていることにイライラしているとしたら。そのイライラは、「いつまでも元気でいたいのに」という希望と、現実との開きから生まれる苦しみであるととらえることができます。
このように、気がかりやイライラなどネガティブな感情の多くは、実は希望と現実の開きによる苦しみから生まれているのですが、自分が苦しんでいるということに気づいていない人はたくさんいます。
しかし、自分が抱えている苦しみに気づくことができれば、少しずつやるべきことが見えてきます。
■勇気を持って、自分の弱さを受け入れる
それでは、ニーバーの祈りに従い、気がかりやイライラの原因となっている苦しみを、「変えられるもの(解決できる苦しみ)」「変えられないもの(解決できない苦しみ)」の2つに分けてみましょう。
その苦しみは、自分自身の努力や他者からの助けによって解決できるものでしょうか?
それとも、誰にも解決できないものでしょうか?
もし解決できるものであれば、そこに力を注ぎましょう。自分の手に余るようなことであれば、周りの人や医療機関、公共サービスなど、ほかの人の力を借りましょう。
写真=iStock.com/David Gyung
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苦しみの中には、たしかに自分の努力次第ではあるけれど、解決するのが非常に難しいものもあります。たとえば、アルコールやギャンブルなどに依存している人の多くは、自分一人の意思と努力で依存を断ち切ることが難しいかもしれません。
また、「強い自分でありたい」と思っている人、「今まで、何でも自分一人でやってきた」という人は、弱い自分、何もできない自分を認められず、他者に任せたりゆだねたりすることができない傾向があります。
でも、たとえ弱くても、何もできなくても、どうか自分を責めないでください。「今、自分一人でその苦しみを解決することは難しい」という事実を受け入れ、ほかの人を頼ってみてください。
それが、勇気をもって変えられるものを変え、苦しみの解決に取り組むことであり、気がかりやイライラを和らげることにつながります。
■幸せの基準を変えていく
ここでもう一つお伝えしたいのが、幸せの基準を変え、現実に合わせて希望を変えることができれば、希望と現実の開きを小さくし、苦しみを和らげることが可能になるということです。
地位や名誉、お金、才能などがもたらしてくれる幸せ、他者との比較によって感じる幸せ、世間で「幸せ」だとされているものを自分自身の幸せだと考え、「もっと地位や名誉がほしい」「もっとお金がほしい」「もっと才能がほしい」といった希望を抱いている人は、おそらくたくさんいるでしょう。
しかし、それらを失えば、幸せも失われます。
また、自分より強く力のある他者はいくらでもいるため、比較によって感じる幸せを求めても、なかなか満足することができません。その結果、希望と現実の開きがどんどん大きくなり、苦しみが生まれてしまいます。
ただ、幸せの基準を変えれば、希望の抱き方も変わります。もし「心穏やかに生きること」「自分にとって大切な存在と支え合って生きること」「人のために、自分なりにできることをすること」などを幸せだと感じることができれば、無理なく、現実に合わせた希望を抱くことができるようになるでしょう。
写真=iStock.com/yamasan
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■今の自分にできる何かを見つける
「バリバリ働いて、人より多くお金を稼ぐこと」を幸せだと感じていた人が、現代医療では治すことのできない病気にかかり、働くことが難しくなったら、一度は苦しみ、絶望するかもしれません。
それまで抱いていた希望と、自分が直面した現実の開きを埋めることができず、それまで幸せだと思っていたものを手にすることも、二度とできないからです。これはまさに、解決できない苦しみだといえます。
でも、その人が「働き、お金を稼ぐことができなくなった自分」を認め、「今の自分にできる何かを見つけること」を望み、実現できれば、どうでしょう。
希望と現実の開きが埋まり、苦しみは和らぎ、それまでとは違う形の幸せを感じることができるようになるはずです。
このように、幸せの基準を変え、現実に合わせた希望を抱くことも、勇気をもって変えられるものを変え、苦しみの解決に取り組む一つの方法だといえるでしょう。
■肺がんで余命半年と宣告された50代男性の変化
「限られた中でもできることがある」という希望や、誰かを想う気持ちが与えられると、人の心も表情も大きく変わります。
以前関わった患者さんの中に、肺がんで余命半年と宣告された、50代の男性がいました。
病気になる前、メーカーの営業マンとして仕事に心血を注いでいたというその患者さんは、最初のうち、自分の病気や余命わずかであることを受け入れられず、自暴自棄になっており、「働くことのできない自分に価値はない」「人に迷惑ばかりかけて、こんな体で生きていても仕方がない」と言っていました。
ところが、ご家族や私たち援助者からのサポートを受けているうちに、少しずつ病気であることを認め、今の自分を受け入れられるようになったのでしょう。
あるときを境に、彼は酸素を吸入しながら、大好きなたばこを吸いながら、毎日便せんに向かい、ご家族へのメッセージを書くようになりました。眼鏡の奥の目をらんらんと輝かせ、「人生において大事なのは、お金でも出世でもない。人は宝だということを、子どもたちに伝えたい」と言っていた彼の表情を、私は今でも忘れられません。
その患者さんは、死が間近に迫っているという究極の絶望の中で、「働けなくなった自分にも、自分の人生で得た教訓を大事な人に伝えることができる」「病気を治すことも死を避けることもできないけれど、変えられるものがある」ということに気づいたのです。
■幸せの基準を変えることは「あきらめ」ではない
みなさんの中には、幸せの基準を変えること、現実に合わせた希望を抱くことを「あきらめ」だと感じる人もいるかもしれませんが、そうではありません。
変えられるものと変えられないものを見分け、変えられるものを勇気を持って変えていくこと。それは、本当に大切なことに気づくことであり、どんな苦しみの中にあっても希望を失わないことであり、本当にあなたらしい人生を歩むことなのです。
そして、ニーバーの祈りは、「自分には変えられないものがたくさんある」と確認するための言葉ではなく、本当に大切なものや希望を見つけ、自分を肯定するための言葉であると、私は思います。
小澤竹俊『自分を否定しない習慣』(アスコム)
心身の健康を損ない、思うように生きられなくなった人、コロナ禍によって仕事を失い、今までどおりの生活を送ることができなくなった人……。みなさんの中にはさまざまな苦しみを抱え、自分自身や自分の人生を否定し、「こんな状況で、幸せになんかなれるはずがない」と思っている人もいるかもしれません。
でも、変えられるものを知り、変える勇気を持つことができれば、自分自身や自分の置かれている状況、自分の人生を肯定できるようになり、あなたの苦しみは半分になるかもしれません。
しかもそれは、あなたに、究極の幸せを与えてくれるはずです。
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小澤 竹俊(おざわ・たけとし)
医師
1963年東京生まれ。87年東京慈恵会医科大学医学部医学科卒業。91年山形大学大学院医学研究科医学専攻博士課程修了。救命救急センター、農村医療に従事した後、94年より横浜甦生病院ホスピス病棟に務め、病棟長となる。2006年めぐみ在宅クリニックを開院。これまでに3800人以上の患者さんを看取ってきた。医療者や介護士の人材育成のために、15年に一般社団法人エンドオブライフ・ケア協会を設立。著書に『今日が人生最後の日だと思って生きなさい』(アスコム)がある。
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(医師 小澤 竹俊)