プーチンだけが笑っている…「首脳会談で逆ギレ→決裂」交渉の達人を自称するトランプ大統領が見せた"弱さ"

2025年3月5日(水)8時15分 プレジデント社

ゼレンスキー大統領を制止するトランプ大統領とヴァンス副大統領(写真=The White House/CC-PD-Mark/Wikimedia Commons)

アメリカのトランプ大統領とウクライナのゼレンスキー大統領がホワイトハウスで行った会談は、前代未聞の形で決裂した。実業界では「ディールメーカー(交渉の達人)」として名を馳せたトランプ氏だが、その交渉術が国際政治の舞台で裏目に出た——。
ゼレンスキー大統領を制止するトランプ大統領とヴァンス副大統領(写真=The White House/CC-PD-Mark/Wikimedia Commons

■「ありがとうと言え」感謝を強要した未熟な会談


2月28日、アメリカのドナルド・トランプ大統領とウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領の会談は、近年の外交史上類を見ない激しい口論に発展した。ホワイトハウスの執務室で行われた会談で、トランプ氏とJD・ヴァンス副大統領はゼレンスキー氏を「アメリカの支援に十分感謝していない」と非難。「我々がもたらす平和を受け入れる準備ができていない」と激しく詰め寄った。


トランプ氏は、「和平を結ばないのであれば、我々は手を引く。手を引けば、君たちは戦い続けることになる。それは見苦しいものになるだろう」と畳み掛けた上で、ゼレンスキー氏の行動は「第三次世界大戦(の勃発)に賭けている」とまで断言した。ゼレンスキー氏が反論しようとすると、「君は今いい状況にない」と一方的に遮り、不快感を露わにしている。


会談のムードはその後、さらに悪化した。ワシントン・ポスト紙など米メディアは、報道陣の退出後に予定されていた共同記者会見やレアアース(希土類)取引の調印式を、トランプ氏が一方的に取りやめたと報じている。さらにアメリカ当局者は、ウクライナ側に退去を命じたという。厳しい表情のゼレンスキー氏は黒塗りの車に乗り込み、訪米の主目的であった調印を果たせないままホワイトハウスを後にした。


2025年2月28日、ホワイトハウスでゼレンスキー大統領と会談するトランプ大統領(写真=The White House/CC-PD-Mark/Wikimedia Commons

■ヴァンス副大統領の逆上


会談は冒頭の50分間が報道陣に公開されている。おおむね和やかに進むかと思われた矢先、およそ40分が経過した時点でJ.D.ヴァンス副大統領の発言を受け、ムードは一変した。ウクライナはロシアとの「外交交渉」にもっと努めるべきだとした自身の発言の真意をゼレンスキー氏に質されると、ヴァンス氏は逆上。「この会談で一度でもありがとうと言ったのか?」など矛先を変え攻撃に転じた。ゼレンスキー氏が「何度も言った。今日も」と答えたにもかかわらず、「ありがとうと言え」と命令口調で要求を続けている。


ヴァンス副大統領(写真=The White House/CC-PD-Mark/Wikimedia Commons

トランプ氏はその後、自身のソーシャルメディアへの投稿で、「私は優位に立ちたいわけではなく、平和を望んでいる」と釈明。「彼(ゼレンスキー氏)はアメリカの大切な執務室で、米国を軽んじた」と非難した上で、「平和への準備ができたら戻ってくればいい」と添えた。


■「プーチンは約束を守る」トランプ氏が口走った根拠のない信頼


ヴァンス氏が火種をまいたとの分析が広まる一方、トランプ氏の大統領としての資質に疑問が投げかけられている。


ゼレンスキー氏はロシアによる侵攻を矮小化するトランプ氏らに苛立ち、いつかアメリカもロシアの脅威を感じる日が来るかもしれないと述べた。「あなた方は素晴らしい海に守られているから今は感じていないでしょうが、将来的には感じることになるでしょう」と述べたこの発言が、トランプ氏の逆鱗に触れた。


トランプ氏はゼレンスキー氏の言葉を遮り、「私たちがどう感じるかを決めつけるな」と声を荒らげている。「あなたは今、良い立場にいない。あなたは今、手札を持っていないんだ」と見下すトランプ氏に対し、ゼレンスキー氏は、「私はカードゲームをしているわけではありません」と切り返している。「私は非常に真剣です、(トランプ)大統領。私は戦争中の国の大統領なのです」


トランプ氏は発言の端々でアメリカの国威をちらつかせており、おそらくは“小国”と見くびったウクライナから反駁を食らった苛立ちがあったのだろう。負の感情をむき出しにした会談は、トランプ氏の国際的な評価を急落させた。ある欧州外交官は、米ワシントン・ポスト紙に対し、「吐き気を催すような光景だった」と振り返る。


トランプ氏は会談中、「プーチンは約束を守るだろう」「私は彼と話し、今や長い間彼を知っている」とも主張している。ロシアが和平案を遵守すると仮定することで、目先の停戦交渉のテーブルにウクライナを着かせたい思惑だろう。ウクライナ支援の拠出金を減らそうと意欲旺盛だ。だが、元アメリカ国防長官のレオン・パネッタ氏は、米CNNの番組で、「プーチンは信頼できない」と警告。ロシアにくみする姿勢に疑問を呈している。


■トランプ氏は優れた「ディールメーカー」なのか


交渉の破談は、トランプ氏として想定外の事態だったのか、はたまたゼレンスキー氏にすがりつかせるためあえて一度蹴ったか。真意は定かでないが、結果として破談に終わった交渉を受け、トランプ氏の「交渉者」としての手腕が疑問視されている。


元イギリス議会下院高官のエリオット・ウィルソン氏は、米政治専門紙のヒルに寄稿。これまで実業家で「取引の達人」として名を馳せたトランプ氏だが、その評判も怪しいものだと指摘する。トランプ氏は自己陶酔のきらいがあるほか、本質的に共感力が欠如しており、これが交渉者の資質に決定的な悪影響をもたらしているとの分析だ。


トランプ氏の「交渉の達人」のイメージは、1987年に出版されたベストセラー『トランプ自伝 アメリカを変える男(原題:The Art of the Deal)』で一気に全米に広まった。米ケーブルネットワークのニュース・ネイションによると、この本でトランプ氏は、「私の取引のスタイルは、とてもシンプルで率直だ。非常に高い目標を設定し、望むものを得るためにひたすらプッシュし続ける」と、自らの交渉スタイルを説明している。


■代筆者の後悔「フィクションとして分類し直すべき」


だが、自慢げに交渉術を説くこの書籍は、ほぼゴーストライターの手によるものであることが後に発覚している。ジャーナリストのトニー・シュワルツ氏が代筆したものだ。シュワルツ氏は2019年頃になると、この仕事を引き受けたことを人生最大の後悔だと語るようになった。彼は受け取った印税を「血で汚れた金」とまで表現。トランプ氏を優秀な交渉者として知らしめた同著を、「フィクションとして分類し直すべき」だと述べている。


今回、ウクライナに示した“取引”の内容も、実現性に疑問が残る内容だ。アメリカ側はウクライナの安全を明確に保証しない一方、レアアース取引として、ウクライナの国有鉱物資源による収益の50%を求めている。さらに当初、トランプ氏は予測される収益の一部として、5000億ドル(約75兆円)もの額を要求した。ゼレンスキー氏は即座に拒否している。


インディペンデント紙によるとゼレンスキー氏は、「ウクライナの人々が今後10世代にわたり返済し続けなければならないようなものに、署名はできない」と明言している。その後、両国間で調整が進み予備的合意に達したとされていたが、今回の会談失敗で決裂した形だ。


写真=AFP/時事通信フォト
ホワイトハウスで会談するウクライナのゼレンスキー大統領(左)とトランプ米大統領(2025年2月28日、アメリカ・ワシントン) - 写真=AFP/時事通信フォト

■ロシアに手の内を明かした


専門家たちは、トランプ氏の交渉アプローチをどのように評価しているのか。交渉の専門家はビジネス・インサイダーに対し、トランプ氏の交渉のアプローチには根本的な欠陥があると指摘する。


ニューヨークのベンジャミン・N・カードーゾ法科大学院の紛争解決の専門家であるアンドレア・シュナイダー氏は、「和平を結ばないのであれば、我々は手を引く」など最後通牒を突きつけるトランプ氏の交渉術は、「魔法の交渉人」という彼のイメージを覆すものだと指摘する。


理由としてシュナイダー氏は、トランプ氏の言葉がロシアに対するアメリカの交渉の立場を弱くするものだと分析。「交渉において断じて避けるべきことは、相手側にすべてのカードを与えてしまうことです」と言う。


トランプ氏はメディアに公開された会談の場で、「我々がいなければあなたは戦い続けることになる。それは良くない結果になるだろう」と述べた。つまり、アメリカの支援がなければウクライナは負けるというメッセージを、公の場で正式に明らかにしてしまった。


これは、ロシアを有利にする発言だ。トランプ氏の発言はロシアに、「アメリカはウクライナ支援から手を引く可能性がある」という情報を正式に与えた。交渉の基本は、相手にこうした情報を握らせないことだ。目の前のゼレンスキーを追い詰めることに気を取られたトランプ氏は、今後控えるであろうロシアとの交渉を自ら不利にしてしまったことになる。


■権威を誇示する交渉スタイルが生んだ綻び


コロラド州立大学のカリン・バスビー・アンダーソン教授はカンバセーション誌への寄稿で、トランプ氏は「支配欲」に駆られ交渉に失敗していると述べている。コミュニケーション学を専門とするアンダーソン教授は、ゼレンスキー氏が従順な忠誠を示さなかった瞬間、トランプ氏は交渉を放棄したと分析。その姿勢は、「権威主義者が交渉下手である典型的な例」であると論じている。


同教授によれば、トランプ氏は「有毒な家父長制」を帯びているという。共感力に欠如し、支配を通じて力を誇示し、支配による一種の暴力を当然の手法と捉える傾向があるという。ビジネスの世界であれば、立場の弱い取引相手に対し、こうした極端な態度が有利に運ぶ可能性もある。だが、傲慢な姿勢は、繊細な采配が要求される国際交渉において明らかに問題となっている。


■プーチンに「漁夫の利」をもたらすだけ


決裂に終わった今回の会談は、トランプ氏の政治家としての未熟さを象徴している。ビジネスの場で弱きを追い詰めてきた交渉スタイルを国際政治の舞台にそのまま持ち込み、ウクライナだけでなく欧州を中心とした世界の宰相から失望を買った。


企業の世界では、取引は往々にして力と優位性を誇示し、自社の利益を最大化することが絶対的な目標となる。そこでは「勝者」と「敗者」という単純な二分法が通用することもある。しかし、国際政治の舞台で、とりわけ民主主義国家の指導者として求められるのは、ロシアを含めた複雑な利害関係を念頭に置いた振る舞いだ。ウクライナとの距離感を露骨に示すのみに終わった会談は、プーチン政権に漁夫の利をもたらす危険性さえはらむ。


2025年1月21日、ロシアのプーチン大統領は、中国共産党の習近平国家主席とビデオ会談を行った(写真=President of Russia/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons

「感謝の念を示せ」と命令したり、「カードを持っていない」と相手を威圧したりする交渉術は、国際舞台では単に無礼なだけでなく、自国の国益をも損なう危険性がある。相手の国がロシアによる暴力に晒されているのだからこそ、自国の国力をひけらかすような発言を控え、相手の弱みに漬け込む動きを避ける。どの国も踏襲してきた、暗黙の常識だ。


現状、トランプ氏は個人的な感情からプーチン氏を好み、ゼレンスキー氏を嫌うという外交を展開しているようにも受け止められる。米国外での安全保障費用を削減し、かつウクライナ・ロシア間の和平を取り持つ実績を作りたい功労心が透けて見える。これまでアメリカは、80年にわたる戦後の国際秩序において、世界の警察、あるいは民主主義の守護者の役割を担ってきた。しかし今、トランプ政権の下で、強者が弱者を支配する野蛮な原理による外交が展開されつつある。


このような姿勢により、短期的にはアメリカの「強さ」を打ち出せるかもしれない。だが、より長期的にはアメリカの国際的な信頼と影響力に壊滅的な打撃を与えることだろう。民主主義国家の指導者に求められるのは、相手を支配するのではなく、共通の利益のために協力する姿勢とビジョンだ。ホワイトハウスで巻き起こった前代未聞の騒動を契機に、トランプ氏は得意の“交渉”スタイルを改められるだろうか。


----------
青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
----------


(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)

プレジデント社

「大統領」をもっと詳しく

「大統領」のニュース

「大統領」のニュース

トピックス

x
BIGLOBE
トップへ