ゆでガエル、後ろ髪引かれ、ジリ貧、下手な鉄砲…日本企業に見られる事業ポートフォリオの4類型と問題点とは?
2025年3月3日(月)4時0分 JBpress
サステナビリティへの対応は、今や最も重要な経営戦略と言っても過言ではない。一方で、コストと収益性、短期目標と中長期目標など、両立を図るのが難しい要素も多く、企業はありたい「未来」に向けて、投資家を巻き込みながら大胆な事業変革を断行していく必要がある。本連載では『サステナビリティとコーポレートファイナンス』(砂川伸幸、山口敦之編著/日本経済新聞出版)から、内容の一部を抜粋・再編集(執筆は澤邉紀生と川本隆雄)。サステナビリティに真摯に向き合うレゾナック・ホールディングス(HD)の取り組みを紹介するとともに、財務運営・事業ポートフォリオ戦略の論点を整理する。
今回は、サステナビリティ対応を組み込んだ、全社戦略としての事業ポートフォリオマネジメントの要点を解説する。
全社戦略としての事業ポートフォリオマネジメント
■ 事業ポートフォリオマネジメント
資本の配分が行われる対象となる単位は事業である。事業のくくりは、事業戦略によって決定される。首尾一貫した1つの事業戦略によってまとまる範囲が事業であり、大きなセグメントとしてまとめられる場合もあれば、細かな製品やサービスに近い範囲でまとめられる場合もある。規模の大小を問わず、事業としての競争優位を確立維持する道筋である事業戦略に対応して事業の範囲は決定されることになる5。
事業ポートフォリオマネジメントは、事業単位ごとでの事業戦略の存在を前提として展開される。仮説としての事業戦略の成否を確認する指標は、それぞれの戦略によって異なるのが当然である。これはバランススコアカードで用いられるKPIの多様性からも見て取れる。
前述のように、バランススコアカードでは先行指標としてのIT投資額や人材教育投資額やネットプロモータースコアなどといったプロセス指標などの非財務指標が、遅行指標である財務指標とともに用いられている。
バランススコアカードは、仮説としての経営戦略の成否を、これら多様な指標を活用することで検討可能にし、経験からの学習を促進するような仕組みとなっている。事業戦略レベルでは、このような現場の実践から事業価値を向上するプロセスが戦略をめぐる学習によって進められる必要がある。
5 事業ポートフォリオ戦略の基本的な考え方が、製品ポートフォリオ戦略にも利用できるのは、このためである。経営管理技法的には、製品ポートフォリオマネジメントの手法として開発されたプロダクト・ポートフォリオ・マトリックスが事業ポートフォリオマネジメントに援用されているように、製品ポートフォリオマネジメントの手法が事業ポートフォリオマネジメントに応用されるような形で進んできている。
その学習は、計画をきちんと実現するべく現場の行動を修正するというシングルループ学習にとどまるものではなく、経営戦略や戦略目標の妥当性を検証し修正をはかるダブルループ学習である。
全社戦略レベルでの事業ポートフォリオマネジメントでは、事業を比較することが求められる。ROICは、異なる性質を持っている事業を統一的に比較する指標として、事業ポートフォリオマネジメントで活用されている。
乱暴なアナロジーではあるが、投資家のポートフォリオを構成する金融商品がROEで評価されるのと同じように、全社の事業ポートフォリオを構成する事業がROICで評価されると考えるとわかりやすいかもしれない6。ともに投下(配分)した資本に対するリターンの割合を示す指標として、資本の配分や配分した結果の評価に用いられている。
しかし、企業価値はROICだけで決まるわけではない。前述のように、企業価値はROIC、WACC、成長率によって決まり、それらはトリレンマの関係にある。個別事業のレベルでは、事業戦略によってROIC、WACC、成長率の間のバランスが決定される。
例えば、事業ライフサイクルとして、すでに成長のピークを迎えているような場合であれば、ハーベスト戦略が採用され、高いROICに低いWACCと低い成長率といったバランスがとられる。反対に、新市場開拓のような状況だと、しばらくの間は高い期待成長率と高いWACCと低いROICとなる戦略が採用されそうである。
これらの事業をROICだけに注目し、高いROICのものに優先的に資本を配分すると、成長率が犠牲になってしまう。例えば、成長投資を個別事業部の裁量にまかせてしまうと、小粒の案件しか出てこないといった問題が知られている。
そこで、全社的な事業ポートフォリオマネジメントでは、ROICだけでなく成長率の2軸でもって事業が分類されることが多い。そのうえで、事業ポートフォリオ全体をどのようにダイナミックに組み替えていくかが、事業ポートフォリオマネジメントの課題となる。事業ポートフォリオの表現方法としてよく用いられるのが成長性と資本収益性を2軸にとったうえで事業を4種類に分類する方法である。
6 ただし、金融商品のポートフォリオと比べて、事業ポートフォリオを構成するそれぞれの事業の範囲はより自明ではなく、事業の範囲は事業戦略によって決定されるべきであり、経営者の判断によって左右されるものである。
図表8-6では、横軸に資本収益性が、縦軸に成長性がおかれている。事業ポートフォリオマトリックスの2軸には、さまざまな指標が利用可能であるが、資本収益性の指標としてはROICが、成長性としては売上高成長率などが用いられることが多い。
右上の資本収益性も成長性も高い事業領域が「現在の主力事業」、右下の資本収益性は高いものの成長は見込めない領域が「成熟事業」、左上の資本収益性は低いが高い成長性が見込めるものが「新規の成長事業」、左下の資本収益性も成長性も低いものが「低収益・低成長の旧来事業」として性格づけられている。
PPM(Product Portfolio Management)と同様に、キャッシュカウである「成熟事業」から生み出される資金や「低収益・低成長の旧来事業」を売却することで得られる資金を、「現在の主力事業」や「新規の成長事業」の投資へと活用することで、事業ポートフォリオをダイナミックに組み替えていくことが求められている。
■ サステナビリティ時代の事業ポートフォリオマネジメント
事業ポートフォリオマネジメントは、日本のコーポレートガバナンス改革において、改革の「形式」から「実質」へと深化させるための重要な課題として位置づけられている。環境変化に適応して事業ポートフォリオを最適化する重要性は、2014年の伊藤レポート(経済産業省、2014)からの一貫したコーポレートガバナンス改革のテーマである。
2017年の伊藤レポート2.0(経済産業省、2017)では、企業の持続的成長における企業戦略の重要性を示す具体例として「事業ポートフォリオの組替えや有形・無形資産への戦略投資」が挙げられている。
経済産業省の『事業再編実務指針』(2020年)は、グローバル化の進展やデジタル革命によって経営環境が急激に変化するなかで、日本企業が持続的に成長するためには、経営資源をコア事業の強化や将来への成長投資に向けて集中する必要があると指摘している。事業ポートフォリオの見直しは、この文脈で日本企業にとって喫緊の課題だと位置づけられている。
事業ポートフォリオマネジメントについて戦略とファイナンスを結び付けた立場から検討している佐藤克宏『戦略としての企業価値』(ダイヤモンド社、2023年)では、日本企業によくみられる事業ポートフォリオが、「ゆでガエル型」「後ろ髪引かれ型」「ジリ貧型」「下手な鉄砲型」の4つの類型として整理されている。
「ゆでガエル型」は、昔からの事業を、経済環境が変化しているにもかかわらずなんら抜本的な手を打つことなく抱えてしまっているような企業である。「後ろ髪引かれ型」は、事業ポートフォリオ全体の足を引っ張ってしまう低成長かつ低ROICの事業を抱えてしまっているような企業である。
「ジリ貧型」は、コア事業が少数あるが、それ以外には今後の成長が見込める事業も稼ぐ力を持っている事業もないような企業であり、コア事業があるがゆえに危機意識が芽生えにくいような状態にある。「下手な鉄砲型」はダントツに稼いでいる事業があるため、多くの新規事業に手を出しているが、それらに対するコミットメントが伴っていないような企業である。
4つの類型は、それぞれの企業の歴史と現在おかれている経営環境のなかで、リスクへの対応を先延ばしし、新しい事業機会への挑戦に本腰をいれて取り組んでいない日本企業でよく見られる事業ポートフォリオである。
サステナビリティへの流れは、今日グローバルな長期的メガトレンドとなっている。サステナビリティへの対応を、リスク対応としてだけでなく、「長期的かつ持続的な価値創造へ向けた経営戦略の根幹をなす要素」(伊藤レポート3.0)として、どのような戦略ストーリーを持って経営の本丸に組み込んでいくか、その中心が財務・事業ポートフォリオマネジメントであり、その基本方針たる財務・事業ポートフォリオ戦略である。
社会のサステナビリティ向上に向けた課題から、企業が中長期的に直面するリスクと機会を把握し、それらを事業ポートフォリオ戦略に組み込むことが求められている。サステナビリティを全社的な資源配分の基本方針に織り込み、それを事業ポートフォリオ戦略として可視化し、事業ポートフォリオマネジメントによって実行する。
このような戦略的なサステナビリティ価値創造ストーリーを、投資家や従業員といった利害関係者との対話を通じて磨き上げていけるかどうかが、日本企業の持続的な成長を左右することになる。
<連載ラインアップ>
■第1回 「世界トップクラスの機能性化学メーカー」を目指す レゾナックが定めた3つのマテリアリティと非財務KPIとは?
■第2回レゾナックの「共創型人材」育成 「染ラボ」と世界で4割の従業員が参加する「AHA!」で何が行われているのか?
■第3回 ROIC10%を目指し、9事業を売却 変化に適応するレゾナックの事業ポートフォリオマネジメントと資本政策とは?
■第4回短期と長期、財務と技術…二律背反の要素をどう両立させるか?バランススコアカードによる「経営戦略の可視化」とは
■第5回 「ROIC」「成長率」「リスク」のトリレンマをどう乗り越える?競争優位を保ち、企業価値を高める経営戦略の考え方
■第6回ゆでガエル、後ろ髪引かれ、ジリ貧、下手な鉄砲…日本企業に見られる事業ポートフォリオの4類型と問題点とは?(本稿)
<著者フォロー機能のご案内>
●無料会員に登録すれば、本記事の下部にある著者プロフィール欄から著者をフォローできます。
●フォローした著者の記事は、マイページから簡単に確認できるようになります。
●会員登録(無料)はこちらから
筆者:澤邉 紀生,川本 隆雄