今のロシアは革命前のロマノフ王朝にそっくり…筑波大名誉教授が「プーチン政権の崩壊は近い」と考える理由

2024年3月13日(水)11時15分 プレジデント社

2024年3月5日、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は、ロシアのスタブロポリ州ソルネクノドルスクで農業団地の代表者と会見した。 - 写真=SPUTNIK/時事通信フォト

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2月16日、プーチン大統領の最大の政敵である反政権派指導者、ナワリヌイ氏が北極圏の刑務所で死亡した。筑波大学名誉教授の中村逸郎さんは「ロシア国民の多くが貧困と長引く戦争に強い不満を持っている。ナワリヌイ氏の死をきかっけに大規模な反政府運動が起きる可能性がある」という——。
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2024年3月5日、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は、ロシアのスタブロポリ州ソルネクノドルスクで農業団地の代表者と会見した。 - 写真=SPUTNIK/時事通信フォト

■反プーチンの活動家はなぜ死んだのか


ロシアでプーチン政権を批判する急先鋒の活動家アレクセーイ・ナヴァーリヌィー氏が今年2月16日、死亡した。収監されていたシベリア極北の刑務所での悲劇だった。この3年間、刑務所を転々と移動させられており、挙げ句の果てに今年1月、ロシア北極圏ヤマロ・ネネツ自治管区にある刑務所に送り込まれた。かれの体調や身の危険を心配する声が、半年前からロシア国内の支援団体や欧米諸国であがっていた。


死因をめぐってさまざまな臆測が飛び交っているが、ロシア政府系のメディアは刑務所の周辺を散歩しているときに意識を失って死亡したと報じている。血栓が死因だという。だが、前日に元気そうな表情を浮かべていたという話が出ている。


現在、ロシア諜報機関の関与が疑われるジャーナリストや野党活動家の毒殺や銃殺が、頻発している。じつはナヴァーリヌィー氏の悲報の直前、元ロシア兵マクシーム・クズミノーフ氏がスペインで銃殺された。身体には、12発の銃弾による傷が確認されている。


昨年8月にロシア軍のヘリコプターでウクライナへ亡命し、そのあとにスペインに入国した。恋人をスペインに呼び寄せた奇妙なタイミングで亡くなっており、幸せの絶頂から地獄に突き落とす残忍な手法だ。


ロシア対外諜報庁のナルイシキン長官はロシア国営タス通信に、「裏切り者の犯罪者が道徳的な死体となった」と報復を強く示唆した。


■「裏切り者は地球の裏側に逃げてもトドメを刺す」


プーチン氏はかつて、裏切り者は地球の裏側に逃げてもトドメを刺すと豪語していた。かれが裏切りを容赦しないのは、ソ連時代にスパイとして活動していたことが大きい。スパイは絶えず相手に警戒心を抱きながらも、少しずつ信頼度を高めていく。そうした長年の付き合いで培った信頼関係を裏切るのを、プーチン氏は決して許さない。


わたしは、ナヴァーリヌィー氏は凍死させられたのではないかと疑っている。死亡当日の現地の気温は、零下30度ほどの酷寒。わたしは刑務所のある村を、ちょうど10年前の1月中旬に立ち寄った。気温は零下45度で、体温との温度差は70度以上に達し、まともに呼吸すらできなかった。


ナヴァーリヌィー氏は2021年1月に刑務所に収監されて以降、規律を破るなどの反則行為を理由に刑務所から懲罰房に押し込まれることがあった。その回数はわかっているだけでも27回、収容期間は300日におよんだ。ロシアの懲罰房はふつう、縦3メートルと横2.5メートル、四畳半ほどと狭く、室内には小さな窓、トイレと流し台、机が設置されているだけだ。


わたしの推測なのだが、収監されていた刑務所から少し離れた懲罰房に歩いて移動するさいに反抗的な態度をとったナヴァーリヌィー氏を、刑務官が顔、または胸を殴った。激痛で倒れ、動けないナヴァーリヌィー氏を2時間ほど屋外に放置し、体内の血液が凍ったのかもしれない。


そもそも極北の刑務所に収監すること自体、わたしは死刑に等しいと思う。


ロシアで殺害された政治家ボリス・ネムツォフ氏を追悼するデモ行進に参加した野党党員アレクセイ・ナワリヌイ氏(写真=Michał Siergiejevicz/CC-BY-2.0/Wikimedia Commons

■プーチンの焦りが見えた


ナヴァーリヌィー氏がプーチン政権を厳しく非難するようになったのは2011年ごろ。プーチン政権の汚職、腐敗を摘発する「汚職撲滅財団」を結成した。


2021年1月に財団は、プーチン本人が所有するという宮殿を動画で公開した。その建物の資産価値は13億5000万ドル(約1400億円)にのほり、地下にはスケート場やカジノ施設などの娯楽施設が開設されていた。


この動画は世界的な反響をよび、再生回数は当時8600万回に達した。財団の告発動画のなかでもっとも衝撃的な内容となり、文字よりも映像に敏感な若者のなかでナヴァーリヌィー氏の認知度は高まっていった。


公開された映像へのプーチン氏の対応は早かった。学生たちとのオンライン会合で「わたしの財産として挙げられているものは、わたしのものでも親族のものでも決してない」と断言した。全面的に否定したのだが、プーチン氏が自分の汚職疑惑に言及するのは異例であり、焦りが垣間見えたように感じられた。


■プーチン政権=「ロマノフ王朝」


ウクライナとの戦争でロシア経済は疲弊しており、今年2月24日に公表された世論調査(Russian Fieldが実施)では、38パーセントの回答者が戦争に賛成と少数派になっている。


さらに、同月中旬に発表されたロシア世論財団の調査結果によれば、60パーセントの回答者が「貯金なし」と貧窮の声をあげている。クレムリンの南西3キロに住む友人が今年2月23日の夕方、食料品店の様子をビデオ撮影し、わたしに送ってくれた。夕食前の買いだしの時間帯なのだが、店内にはわずか2人の買い物客だけだった。苦しい家計は、ロシア民衆の切実な問題だ。


いまやロシア国民の多くがプーチンを、ロマノフ王朝の「皇帝」のように思っている。プーチンは自分の仲間に貴族のごとく利権をあたえ、「プーチン王朝」という専制支配を確立したからだ。民衆が貧困に苦悩し、不満をつぶやく姿はロマノフ王朝の再現のようだ。思えば、ロマノフ王朝は第1次世界大戦の参戦による国民の困窮がきっかけとなって崩壊した。


帝政ロシア末期の画家、イリヤ・レーピンによる『ヴォルガの舟曳き』。圧政に苦しみ虐げられる民衆の姿を描いた。(写真=lj.rossia.org/PD-old-80-expired/Wikimedia Commons

ナヴァーリヌィー氏のプーチン批判は、そうした王朝に不満を持つ人々を大いに刺激した。


■プーチンがナワリヌイを泳がせていたワケ


それにしても不思議なのは、プーチン政権がナヴァーリヌィー氏の反政府活動を10年間も容認していたことだ。汚職を暴露するかれの言動はずっと以前から、プーチン氏にとって我慢の限界を超えているはずだ。プーチン政権の闇をついており、プーチン氏にとってナヴァーリヌィー氏は最強の政敵といえる。


プーチン政権の思惑を想像してみよう。あえて反政府集会の開催を許可すれば、多くの市民が参加する。治安当局はかれらの顔を撮影し、その画像を手がかりに一人ひとりの氏名、住所、勤務先などの個人情報を炙り出せる。参加者の身元を割り出すことで、勤務先の経営幹部に通報し、解雇をチラつかせながら改心を迫る。


プーチン政権としては、反政府勢力がどの地域に分布し、どれだけの人数、規模なのか、解明できる。まさに、プーチン氏は政敵を最大限に政治利用してきたといえる。


その意味で、ナヴァーリヌィー氏の死は何を意味するのか。今年3月15日からはじまるロシア大統領選を控え、反政府勢力の割り出しの作業が終了したということなのだろうか。ナヴァーリヌィー氏は、プーチン政権にとってもはや用なしとなったのかもしれない。また、大統領選を妨害すると、ナヴァーリヌィー氏と同じ運命を迎えると警告の意味もあるのだろう。


■妻のユーリヤ氏に集まる期待


ナヴァーリヌィー氏の死後、妻のユーリヤ氏は「夫の意思を継ぐ」と宣言した。夫の死亡ニュースを知ったのはミュンヘンで開催されていた安全保障会議の場であり、すぐに怒りをあらわにした。


「夫が死亡したというニュースが本当ならば、すべての責任はプーチン個人にあります。このホールにいる皆さん、そして世界の人々といっしょにプーチンの悪に勝利しなければなりません」


そのあとにユーリヤ氏は、娘といっしょにアメリカでバイデン大統領と面会した。


今年2月21日にバイデン氏はプーチンを「狂った野郎」と罵り、「核戦争の懸念は常にある」と警告している。


ウクライナ軍事支援をめぐって欧米諸国の足並みが乱れているなかで、スウェーデンのNATO加盟が正式に承認される見通しとなった。


北欧諸国とバルト三国、ポーランドに挟まれて、ロシアはバルト海からヨーロッパに抜ける航路を実質的に封じられてしまう。反発するロシアがウクライナを舞台とする戦闘を東欧、北欧に拡大させる懸念が高まっている。プーチン政権が崩壊しないかぎり、戦争を止めることもできず、ロシアによる核攻撃の危険性もつきまとう。


■プーチンを狙った暗殺テロの可能性


そんな状況下で今後、ロシアにはどんな動きがあるのだろうか。私は3つのケースを考える。


ケース1:3月中旬の大統領選での不正選挙を訴える民衆たちが暴徒化し、抗議集会がモスクワだけでなくロシア全土で起こる。


そこではイスラム教徒たちがキーになるのではないか。いまやロシアの総人口の18パーセントがイスラム教徒だ。対ウクライナ戦争で彼らは大量に動員され、戦死している。「プーチンの戦争」に利用された彼らを中心に不満の矛先が地方行政府に向けられて、建物の占拠など、民衆が暴徒化する可能性はある。


ケース2:プーチン個人を狙った暗殺テロ。


政権批判しても潰される事態が続き、閉塞感がより一層強まれば、突破口はプーチン暗殺しかない。その実行者はロシア国内だけではなく、欧米を中心に英雄になれる。


ケース3:ナヴァーリヌィー氏の妻のユーリヤ氏による反プーチン運動の激化


ロシアではエカチェリーナ2世の人気はいまでも高く、女性指導者待望論が根強く残っている。プーチン政権の弾圧で萎縮するロシアの民衆たちの勇気を奮い立たせることができるのは、「悲劇のヒロイン」としてのユーリヤ氏かもしれない。実際に、戦死者の増大を懸念する女性たち(母や妻)の怒りが、ロシア国防省に向けられている。


300年も存続したロマノフ王朝を打倒するために、革命家たちは「イースクラ(火花)」という名の新聞を発行し、民衆たちの不満を爆発させた。硬直するロシア社会の本格的な変革を望む声が高まれば、ユーリヤがプーチン体制を倒す導火線に火をつけ、新しいリーダーになる可能性は十分にある。


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中村 逸郎(なかむら・いつろう)
筑波大学人文社会系教授
1956年生まれ。学習院大学大学院政治学研究科博士課程単位取得退学。モスクワ大学、ソ連科学アカデミーに留学。2017年、『シベリア最深紀行』で梅棹忠夫・山と探検文学賞受賞。『ロシア市民』『ろくでなしのロシア』などの著作がある。
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(筑波大学人文社会系教授 中村 逸郎)

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