三歳児神話は本当に神話にすぎない…4月から0歳児を預ける親に小児科医が伝えたい保育所育児のメリット

2024年3月20日(水)13時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/imaginima

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とうの昔に否定された『三歳児神話』に基づいて、低年齢時の保育所利用は今も否定されがちだ。小児科医の森戸やすみさんは「三歳児神話に振りまわされず、個々の生活や事情に合わせて利用してほしい」という——。
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■未だ話題となる「三歳児神話」


先日、インターネットテレビ局・ABEMA(アベマ)の「ABEMA Prime」という報道番組に出演しました。この番組では、子育てに関するさまざまな問題や課題について放送していて、今回は働く女性が増えている現代において早期から保育所を利用するのは是か非かという観点で「三歳児神話」について話してほしいということでした。


三歳児神話とは「子どもが3歳になるまで母親が家庭で養育しないと、その後の人格形成や能力発達に悪影響がある」とする考え方です。発端となったボウルビィの報告書では、母親が外で仕事をすることを否定したものではなく、「3歳未満の発達初期に戦争などで悲惨な体験をすると精神的な傷害を受け、生涯その傷を癒やせず、後々まで社会的不適応行動を形成することがある」という研究でした。そして、厚生労働省が1998年の「厚生白書」で、三歳児神話には「少なくとも合理的な根拠は認められない」と言及し否定しています。


なぜ私に依頼が来たのかというと、番組スタッフの方が当連載の「0歳から保育所に預けるのは「母親失格」なのか…悩む親に小児科医が語る“保育のすごい効用”」という記事を読んでくださったから、ということでした。この記事は「今や共働き世帯は、専業主婦世帯の2倍。各家庭で育児環境も経済的環境も職場環境も違ううえ、個人的なことなので他人がよいか悪いかを決めるのはおかしい。すでに否定されている三歳児神話にとらわれる必要はない。保育所のメリットも多数ある」という内容です。その考えは今も変わらず、とても大切なことだと思ったので出演させていただくことにしました。


■神話にすぎないのに大切⁉︎


テレビ番組は視聴者にわかりやすいよう、2つの意見を対立させる方法を取ることがありますね。今回は「0歳から保育所に預けることは親失格なのか?」をテーマに、元教育委員長で子育て評論家の方が「三歳児神話賛成」、小児科医である私が「三歳児神話否定」という立場で意見を交わすことになりました。


三歳児神話賛成派としての考えは「国連の子どもの権利条約だって、乳幼時期は親を知り親と過ごす権利が(子どもに)あると書いてある」「0歳、1歳、2歳は母ちゃんと一緒にいたいでしょ。それくらいちゃんと考えろよって」とのことでした。前者については同意しますが、後者はなぜ母親に限るのか疑問です。そしてお子さんを保育所に通わせていても、担任の先生方との愛着はもちろん、親子の愛着を築くことは間違いなく可能です。朝晩や休日などにしっかり関わる保護者のほうが多いでしょう。保育所に通うかどうかではなく、どのような保育所にどう通うかという問題ではないでしょうか。


そして「三歳児神話は神話にすぎないが、大切に守らなければいけない」という意見には疑問を感じます。番組内でもお伝えしたのですが、保育所問題に限らず、「子育てはこうすべき」と他人に強く伝えるのであれば、明確な根拠が必要でしょう。個人的な価値観を押し付けられても困ります。神話は、根拠にはならないのです。


■「保育の質」は制度の問題


家庭での保育がよい理由として、母親が子どもを早く保育所に預けて働けるようにするという雇用政策のために保育の規制緩和が行われ、保育所や保育士の質が担保されていないということが挙げられていました。子どもが安全に育つために保育士の質を担保する、保育所の質を保つということは確かに大切です。目的が雇用政策でもなんでも、仕組みとしてよりよいものにすべきなのは当然で、保育所が心配だから母親が育てるべきというのは違います。


例えば、流山市では自治体が手当をつけることで保育士の給与を増やし、保育士不足などを解消しています(※1)。明石市も第2子以降は幼児教育・保育の無償化をするとともに、事業者や保育士に対しても補助金を出したり研修をしたりしています。そういった子育て支援政策を行う自治体には、子育て世帯が増加しているのです。


また、いずれにしても、入所前に保育士と面談する、保育所の下見をするなどして安全性を確認することは大切です。「11時間が標準保育だというのがいけない」という意見も出てきましたが、0〜3歳の子どもを毎日7時から18時まで預ける親はどのくらい存在するでしょうか。もしも多数いるとしたら、長時間労働が強いられがちな社会のあり方、それぞれのお父さんやお母さんが仕事面、経済面、精神面など、なんらかの問題を抱えていて支援が必要だということも考えられます。非難すれば解決するわけではありません。


写真=iStock.com/kuppa_rock
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※1 流山市公式サイト「保育士就職支援制度


■保育所利用率が上がっても悪くない


番組中で「教師の精神的疾患が増えている」という話が出てきましたが、それは保育所に通っていた子どもたちが大きくなって学校で問題を起こしているからではないでしょう。学校の1クラスの人数が多くて教員による管理が難しかったり、教員の業務量が多すぎたり、社会や保護者から教員への期待や要求が年々高まっているためではないでしょうか(※2)。保育所の利用率が上がったからといって、教師の精神的疾患が増えたとか、学級崩壊が増えたといった事実はありません。


そして、もちろんのことですが、若年者の非行率や犯罪率が上がったり、子どもが悪くなったりもしていません。事実、私の印象だけでなくデータとしても非行率は下がり、犯罪率も下がり(※3)、高等教育を受ける割合は増えているのです(※4)。


さらには乳幼児、児童・生徒の健康状態が悪くなったりもしていませんし、日本人の平均余命は伸びています。なお、共働き率の上がった今、小児を外来につれてくる保護者は母親だけという時代ではなくなり、土曜日は父親のほうが多いこともあります。外来でお子さんの様子を教えてくれる人は、母についで父が多く、次に祖母、祖父・ベビーシッター、おばやおじと続きます。そんな中で育った子どもたちは幸せそうです。


※2 教職員のメンタルヘルス対策検討会議「教職員のメンタルヘルス対策について (最終まとめ)
※3 犯罪白書(令和元年版)「少年による刑法犯の検挙人員及び人口比の推移(昭和41年以降)を年齢層別に見ると
※4 文部科学省「大学入学者選抜関連基礎資料集(その3)9.大学入学者数等の推移


■母親の孤立化を防ぐべき


「0〜2歳はエネルギーの塊で、成人の3年間とはわけが違う」という話も出てきましたが、だからこそ母親だけが育児を担うのは大変です。元教育委員長の方も「育児をするのは母親に限らず、父親でもおばあちゃんおじいちゃんでも信頼のある関係の中で育つのならいい」とのことでした。昔の日本では大家族や地域の中で育児が行われていましたが、今は違います。核家族で母親だけのワンオペ育児が多いのです。


国立成育医療研究センターの調査によると、出産後1年間の女性の死因は自殺がトップで、産後うつを含めたメンタルヘルスの重要性が大きいことがわかっています(※5)。産後すぐはホルモンバランスが不安定で、心身ともに疲労しているため、女性だけに育児を押し付けないことが大切です。


「保育士による虐待のリスクがあるのに保育所に預けるのか」という意見も出ました。確かに大きな問題です。しかし子どもの虐待は、保育所よりも家庭で起こることのほうが多いのです。こども家庭庁の調査によると、2022年4〜12月の保育所全体の虐待件数は122件、2022年度の家庭での虐待は約22万件です。調査期間などの条件は違うのですが、いずれにしても圧倒的に家庭のほうが多いですね。エネルギーの塊である子どもをワンオペあるいは閉鎖的な家庭で母親一人が育てるよりも、第三者の目が入る保育所はむしろ安全ではないでしょうか。


写真=iStock.com/kieferpix
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※5 NHK「知ってほしい“産後のうつ”〜92人自殺の衝撃〜


■保育士さんと共に育てる利点


さて、時間に限りある生放送で言えたのは、「現代では我が子を生んで初めて赤ちゃんの世話をする母親・父親が多く、子どもがどうであれば健康なのか、通常の成長・発達はどういうものなのかを知らない人が多い。そんな中、0歳から保育士さんにみてもらいながら一緒に育てていくことはいいことだ」ということでした。


現代の日本は核家族が多く、しかも男性の長時間労働は改善されていません。結果的に、子どもを産んだ途端、まったく初めての経験なのに、お母さんだけが子どものすべてに責任を負わなくてはいけなくなります。これは大変なことで、SNSなどで心身ともに疲弊していることを発信するお母さんは少なくありません。


まして経済的に困っていたり、シングルだったり、配偶者がいても子育てできなかったりした場合、保育所を利用しないほうが子どもを含め家庭全体にとってよくないでしょう。母親だけが3年間も一人で子育てをするのは、どう考えてもいい状況とは思えません。心身の健康や仕事、お金などを失うリスクも考えられます。子育て支援センターなどに通えばいいというものでもないのです。


■家庭にも保育所にもいい点がある


大日向雅美さんの書籍『母性愛神話の罠』によると、アメリカの研究で「母親が働いている場合と働いていない場合とで、乳幼児期の発達状況、児童の認知発達、社会性の発達、行動上の適応や問題点、学業成績等において、いっさい差異が認められないことが明らかにされています。むしろ、働いている母親は子どもに対してより高度な教育的態度を持ち、それが子どもの認知発達や学業成績、社会性の発達を促進していることが明らかにされている」のです。


日本でも同様の研究で、「3歳未満のうちに母親が働いた場合、子どもの問題行動や、母子関係の良好さ、子どもへの愛情への悪影響は認められなかった」という結果だったことを以前の記事でご紹介しました。子育て中であっても、他人がどのように生計を立てていくか、どういった働き方をするかを他人が口出しするべきではないのは言うまでもありません。


保育所を利用せず育てたいと思っていて、それが可能なのであれば、家庭で保育すればいいでしょう。反対に保育所を利用したいと思ったり、利用せざるを得なかったりするなら、子どもを預けることに罪悪感を持つ必要はありません。家庭での保育、保育所での保育には、それぞれよい点も悪い点もあります。どちらがより優れているというわけではないし、最善の方法は家庭によって違います。4月からお子さんが保育所に通われる方も多いと思いますが、新生活をぜひ楽しく過ごしてくださいね!


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森戸 やすみ(もりと・やすみ)
小児科専門医
1971年、東京生まれ。一般小児科、NICU(新生児特定集中治療室)などを経て、現在は東京都内で開業。医療者と非医療者の架け橋となる記事や本を書いていきたいと思っている。『新装版 小児科医ママの「育児の不安」解決BOOK』『小児科医ママとパパのやさしい予防接種BOOK』など著書多数。
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(小児科専門医 森戸 やすみ)

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