私はアリ語で寝言を言いました…九州大のアリ博士が調べた「アリはしゃべる」という驚きの事実

2024年3月28日(木)7時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/SergioZacchi

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アリ同士はどうやってコミュニケーションをとっているのか。九州大学持続可能な社会のための決断科学センターの村上貴弘准教授は「アリは体の一部をこすり合わせて音を発することができる。危険があるときは『キキキキキキ』、幼虫のお世話をする時は『ギュンギュン』などシチュエーションによって使い分けている」という——。

※本稿は、村上貴弘『働かないアリ 過労死するアリ ヒト社会が幸せになるヒント』(扶桑社新書)の一部を再編集したものです。


写真=iStock.com/SergioZacchi
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■「アリがしゃべる?」と半信半疑だったが…


「アリがしゃべる」と言われたら、皆さんはどう思うだろうか?


「シジュウカラは文法を持つと言うし、アリがしゃべったとしてもおかしくないし、楽しそう!」


そう思う人がいれば、「アリがしゃべるわけがない!」と一笑にふす人もいるだろう。


会話や言語は人間固有のもの。音声でコミュニケーションを取るのは人間の専売特許。ほかの生物はもっと単純なものであってほしいという願いがあるのかもしれない。


僕自身、最初は半信半疑だった。しかし、2012年9月、パナマ共和国のバロ・コロラド島にあるスミソニアン熱帯研究所の宿舎で、「ハキリアリ」の働きアリを入れた飼育ケースを前に確信した。


アリはしゃべる。


■パナマで最初に見つけたアリがキノコアリ


僕がハキリアリを含むキノコアリを研究対象に定めたのは、大学院生の時だ。修士論文の調査のため、パナマを訪れ、たまたま最初に見つけた記念すべきアリが「ハナビロキノコアリ(Cyphomyrmex rimosus)」というキノコアリだったからだ。


キノコアリはフタフシアリ亜科に属し、新熱帯を中心とした南北アメリカに分布する。現在、20属約250種が記載されている。


キノコアリには、コロニーサイズが100個体前後の社会構造が比較的単純なものから、コロニーサイズは数百万個体、働きアリの役割が細かく分類されているハキリアリまで、連続的に社会の構造が変化しているものがそろっている。


ハナビロキノコアリはその中でもかなり変わった習性を持っているキノコアリだ。一方、子どもの頃の僕のアイドル昆虫だったハキリアリもキノコアリの仲間だけれど、もっとも後から枝分かれした種になる。このようにキノコアリはさまざまな進化の道筋を検証するのに、とても適したアリなのだ。


■アリ語で寝言を言うほど音声データを研究した


僕はこの30年以上、キノコアリの農業——菌食行動の進化や生態などの研究を行ってきた。そして、2012年9月。おしゃべりなハキリアリの巣を前にして、「キノコアリたちを使えば、音声コミュニケーションと進化、社会の複雑性との関係をも明らかにすることができる!」と確信した。


とてつもなく面白い研究テーマを見つけ、僕のワクワクはとまらなかった。


以来、僕は「キノコアリの音声コミュニケーション」を主要な研究テーマに位置づけ、パナマの熱帯林の中で蚊やダニにまみれながら音声を採取し、夜な夜な音声データを分類し、アリ語で寝言を言って娘にドン引きされ、さまざまなアプローチから実験を行ってきた。


この音声コミュニケーションの研究について、前著『アリ語で寝言を言いました』(扶桑社新書)では、論文執筆中で紹介できる部分が限られていた。3年たった今も実は論文がアクセプト(雑誌への掲載を認められること)されていないので、データの深い部分までは紹介できない。が、できるだけ前回よりは詳しく説明してみたい。


■腹柄節と腹部をこすり合わせて音を出す


アリがしゃべるといっても、口から声を発しているわけではない。アリの発音器官は「腹柄節」と腹部にある。腹柄節というのは、アリの胸部と腹部の間にある小さな節のこと。昆虫の中で腹柄節を持つのはアリだけで、アリは腹柄節を手にしたことで腹部の可動域が広がり、狭い土中でも自在に動けるようになった。


アリなら必ず腹柄節がある。その数は一つもしくは二つである。二つ持っているほうがより複雑な構造となり、機能も多様になる。


その腹柄節の一部が弧(こ)状の薄いヘラのような構造になっていて、一方、腹部の第一節に洗濯板のようなスリット構造があって摩擦器になっている。これらをこすり合わせることで、カリカリカリ、キュキュキュといった音を出しているのだ。


■巣に触ったら、大型の働きアリに怒られた


その音の大きさだが、ハキリアリの大型ワーカー(体の大きい働きアリ)であれば、つまんで耳に近づけると「ギーギー」という声を聞きとることができる。いや、もっと大型の個体だと巣を崩すと怒って、ギャーギャー言いながら出てくるので、耳に近づけなくても聞こえる。


1993年に初めてハキリアリの巣を触った時、興奮した大型ワーカーからものすごく怒られて、びっくりしたことを覚えている。そう、多くのアリ研究者はもともとアリが音を出すことは知っていたのだ。


ただ、聞き取れるのは個体サイズが大きいからで、中型ワーカー以下が発する音を、人間の耳で感知することはできない。そのため、僕たちは独自で開発した高性能な録音装置を使って音声を集めている。


写真=iStock.com/FrankRamspott
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/FrankRamspott

■音声を聴く構造はいまだ謎に包まれたまま


一方、アリがどこで音声を聴いているのかというと、意外なことにきちんと調べた報告は非常に少ない。一応、専門書には脚の節にある器官と触角にあって刺激を受容する「ジョンストン器官」で音を察知していると記述されている。しかし、なんとイラストしかなくて、きちんとした構造の解析は21世紀になっても1例しか行われていない。


聴覚の受容器官の場所や構造は昆虫によって異なる。蚊やハエ、ミツバチは触角にあるジョンストン器官で音の刺激を受け取っているし、カマキリは腹部の脚の付け根にある聴覚器官で聴いている。コオロギは脚に鼓膜を持ち、空気振動を増幅して聴覚細胞に信号を送り込んで知覚していて、人間の可聴領域よりも幅広い周波数を感知することができる。


進化的な起源はヒト・哺乳類とはまったく異なるのだが、聴覚の機構や構造は非常によく似ており、「収斂(しゅうれん)」現象の教科書的な事例と言える。


このコオロギの研究は、僕の共同研究者である北海道大学の西野浩史博士が行ったものだ。西野博士は昆虫の「耳」研究のプロフェッショナル。なんとコオロギの聴覚器官を脚からズルズルと引き抜くという神技を駆使したり、免疫染色技術で世界で誰も見つけてない昆虫の微細な聴覚細胞の構造を解析したりするすごい研究者だ。


■人間は「空気振動」、アリは「基質振動」


さて、ここで、ずっと使っている「音」という表現だが、アリと人間では受けとめている「音」の伝わり方、種類が違う。物体が揺れた振動が伝わって音となるわけだが、我々人間は主に「空気振動」で音を聞いている。声は声帯を震わせて、空気を振動させることで発生させている。


アリの場合はというと、空気振動はあまり使っておらず、どちらかというと地面や木の幹など硬いものを伝っていく「基質振動」を主に感知して、「音」と認識していると僕らは考えている。


人間とメカニズムは多少違うけれど、ものの振動を波として受けとめているのは共通だ。むしろ聴覚器官が脚と触角にあることから、人間よりももっと繊細にいろいろな振動を感知しているとも言える。


■人間の足音はアリにとって大迷惑?


「じゃあ、人間の足音はアリにとっては大騒音では?」と思うかもしれない。これは、現段階で確証があるわけではないが、ある閾値(いきち)を超えるとおそらく反応しなくなるのではないかと考えている。


僕はこれまで膨大な数の行動観察を行ってきた。その経験からすると、周囲の空気振動音や基質振動音の大きさでアリの行動が変わるというより、特定の周波数に反応しているほうが多かった。


適切なサイズの音にだけ反応し、ほかの電気信号が伝わらないようになっているのだと思う。人間だって、低周波と超音波を聴くことはできない。年齢を重ねると8000Hz以上のいわゆる「モスキート音」は聞こえなくなる。それらがたとえ爆音で鳴っていても、受容できない周波数であれば我々だって反応することができない。


では、ハキリアリは何をしゃべっているのか? 録音してそれぞれの音を分類し、音素解析したところ、約40タイプの音を抽出することができた。ただし、アリに施した刺激や状況と音の対応関係が明確で、統計的に有意でなくてはならない。


■ゴミ捨て場の近くでは「ワンワンワン」


40の音のうち、すべてで統計的有意差が出たわけではないが、少なくとも10種類以上は異なる音と判別することができた。それらは、次のようなシチュエーションで発せられる声だ。


・ピンセットでつまむ 「キキキキキキキ」
・オーツ麦(菌のエサ)で埋める 「キキキキキキキキキ」
・マメ科の葉っぱを切る 「ドゥルドゥルドゥルドゥル」
・オトギリソウ科の葉っぱを切る 「キュキュキュキョキョキュ」
・オウムバナ科の花を切る 「トルルルルルルル」
・キノコ畑の上での警戒音 「トトトトトトトト」
・ゴミ捨て場の近くで特異的な音 「ワンワンワン」
・巣穴の入り口付近での警戒音 「ギュギョギュ」
・トレイルで鳴る警戒音 「ギュッギュッギュッ」
・幼虫の世話 「ギュンギュン」
・女王アリの警報 「ザ! ザ! ザ!」


ピンセットでつままれたり、穴に埋まったりした時には「キキキキキキ」とテンポのいい音を発する。「やめろ、やめろ」「助けて、助けて」といったシグナルを発し、仲間に危険を伝達するとともに、自分の身の安全確保という意味合いもあると考えている。


写真=iStock.com/Boogich
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Boogich

■葉っぱが変わると働きアリの音も変わる


室内実験から、ハキリアリが好む植物とそこまでではない植物を明らかにしていたので、それを実験的に与えた時にどういう音を出すかも調べてみた。



村上貴弘『働かないアリ 過労死するアリ ヒト社会が幸せになるヒント』(扶桑社新書)

柔らかなマメ科の植物を切っている時は、「ドゥルドゥルドゥルドゥル」と、とてもリズミカルな音を出していて、「この葉っぱはいいぞ! みんな集まれ‼」という働きアリの訴えかけがよく伝わってくる。


オウムバナ科の花はそこそこ好きな植物なので、「トルルルルルルル」と、やや軽めの音を出す。「まあ、よければ集まってください」という感じだ。


そして葉が硬く、あまり好みではないオトギリソウ科の葉を切っている時は「キュキュキュキョキョキュ」という音を出す。「うーん、この葉は硬くてイマイチだな」といった情報を伝えているものと推測している。


■女王アリの「ザ! ザ! ザ!」の恐ろしい機能


そのほか、幼虫のお世話をする時の「ギュンギュン」や、キノコ畑の上で発する「トトトトトトトト」といった警戒音など、聞いてもらえると、その違いは一耳瞭然だ(本書『働かないアリ 過労死するアリ』P247に掲載しているQRコードから聞くことができます)。


録音した中でも非常に印象深かったのが、女王アリの発する音だ。ハキリアリの女王は1万5000種いるアリの中でも最大サイズ。女王アリと働きアリでは、音質も声の大きさもまったく違う。女王アリの音は周波数に幅があり、高音から低音まで出るし音も大きい。また、言葉のバリエーションはないけれど、メッセージ性は高い。


そして女王は時に「ザ! ザ! ザ!」と迫力のある音を発する。そしてその音には、ちょっと恐ろしい機能が備わっている。


働きアリをその場にフリーズさせてしまうのだ。


■卵を産む女王アリは長生きしなくてはいけない


ハキリアリだけでなく、女王アリは敵に襲われるなど危機的状況に陥った時、まず自分だけが真っ先に逃げる。働きアリにはその場にとどまり戦ってもらわないといけない。特にハキリアリは女王が音でそのことを働きアリに伝えていると考えている。


「女王アリはなんて卑怯なんだ!」と思うかもしれないが、卵を産む女王アリが逃げ延びることができなければ、次世代が生み出せず、働きアリの存在意義も著しく低下してしまう。


ハキリアリの働きアリは卵巣が完全に消失してしまっているため、是が非でも女王アリには長生きしてもらい、卵をたくさん産んでもらうしかない。


人間の常識からすると残酷に見えるかもしれない、この極限状態での女王アリと働きアリの音声コミュニケーションには、「真社会性」昆虫の真髄が詰まっているとも言える。


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村上 貴弘(むらかみ・たかひろ)
九州大学持続可能な社会のための決断科学センター准教授
1971年、神奈川県生まれ。茨城大学理学部卒、北海道大学大学院地球環境科学研究科博士課程修了。博士(地球環境科学)。研究テーマは菌食アリの行動生態、社会性生物の社会進化など。NHK Eテレ「又吉直樹のヘウレーカ!」ほかヒアリの生態についてなどメディア出演も多い。著書に『アリ語で寝言を言いました』(扶桑社新書)、共著に『アリの社会 小さな虫の大きな知恵』(東海大学出版部)など。
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(九州大学持続可能な社会のための決断科学センター准教授 村上 貴弘)

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