転職先の肩書は部長でも課長でもない…割増退職金をもらった年収1500万の部長が就いた「時給1000円」のお仕事

2025年4月3日(木)10時15分 プレジデント社

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石破政権が進めようとしている「退職金課税の見直し」の狙いは、雇用流動化政策や転職の促進だ。人事ジャーナリストの溝上憲文さんは「儲かるのは人材派遣会社や、リストラを推進したい企業だけ。中高年社員は、退職金の課税強化で老後資産が目減りするだけでなく、転職しても年収が下がる悪循環に陥る可能性もある」という——。
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■石破政権が進める「退職金課税の見直し」の本当の狙い


50代のパート主婦は言う。


「夫の退職金はわが家の老後資金の重要な柱です。それに住宅ローンが残っていて、退職金をそれに充てたいのに……」


石破茂首相が3月5日の参院予算委員会で退職金課税の見直しについて「慎重なうえに適切な見直しをすべきだ」と発言したことが物議を醸している。


退職金課税の見直しについては、2023年6月に閣議決定された前岸田政権下の骨太の方針(経済財政運営と改革の基本方針2023)に「退職所得課税制度の見直しを行う」と文言が盛り込まれた。


以来、政府・与党は税制改正で見直しを検討することにしていたが、2025年度税制改正では見送り、26年度税制改正で議論する予定にしている。


改正の背景にあるのは政府が推進する転職を促進し、賃金の上昇を促す労働市場改革だ。


退職所得課税は、勤続20年を境に、勤続1年あたりの控除額が40万円から70万円に増額される。退職金の所得控除が長期勤続者ほど優遇されている現状が転職を阻害しており、控除額の優遇を見直す必要がある、という理屈だ。


石破首相も「これから先、雇用の流動化は賃金の上昇とあわせて図っていかないといけない」と強調している。


控除額を、勤続20年までの人は40万円、同21年目以降は70万円となっている現行制度をどう見直すかは明らかではないが、21年目以降の人の控除額を40万円にするというのであれば、受け取る退職金は目減りすることになる。


この時、発生する問題は2つある。


1つは老後の生活保障を支える資産が少なくなることだ。退職金は退職一時金と企業年金で構成されるが、政府は企業年金を、公的年金を補完する老後の所得保障のための制度と位置づけている。課税強化によって退職金が減ると、老後の生活も不安定にならざるをえない。


そうでなくても退職金は年々減少傾向にある。厚生労働省の「就労条件総合調査」の退職金調査(5年に1回)によると、1997年の平均定年退職金は2871万円。その後、減少をたどり、2023年は1896万円だ(大学・大学院卒)。課税強化によってこれ以上退職金を減らすことは政府の政策に明らかに矛盾するように見える。


■43歳以降の転職で今以上に賃金が上がる保証は何もない


もう1つの問題点は、退職所得課税の優遇措置が発生するのは勤続21年目、大卒入社であれば43歳以降であることだ。仮に退職金控除の優遇策を廃止し、中高年に「転職しなさい」と背中を押しても、今以上に賃金が上がる保証は何もない。


確かに近年は40歳以上のミドル世代の転職者が増加している。リクルートの調査(2025年3月25日)によると、2024年の転職者数は2014年に比べて40、50代は6.05倍に増えている。内訳は40代が5.23倍、50代は12.11倍と50代の伸びが顕著だ。


ただし、絶対数はそれほど多いわけではない。マイナビの「転職動向調査2025年版(2024年実績)」(2025年実績)によると、正社員の転職率は、40代男性は全体の6.2%、50代男性は3.6%にとどまる。40代男性は23年に比べて0.3ポイント増加しているが、構造的な人手不足を背景に採用対象を中高年に広げている企業が多いこともあるだろう。


前述した、転職できても誰もが前職より給与が上がるわけではないということに関しては、リクルートの調査(2024年9月30日)を見てみよう。


これによれば、前職と比べ賃金が1割以上増えた人の割合は2023年度で全体の35.0%、40、50代は27.4%だった。せっかく転職活動しても、それほど増えない。


出典=リクルート「ミドル世代の転職動向 転職時に賃金が1割以上増えた割合は10年間で11.8pt増加転職の背景やキャリアの築き方を事例で紹介

むしろ、70%前後の人が前職と同額ないし下がるといったほうがいい。とりわけ40、50代の27.4%については「ミドル世代でも転職時に賃金が増える方も多いIT系エンジニアの転職者などが、こうした傾向に寄与している」と分析している。非ITで給料上昇は期待薄だ。


年収ベースでもチェックしてみよう。前出のマイナビの調査によると、40代男性の平均は前職の559.1万円から593.5万円にアップしているが、50代男性は587.8万円から585.5万円と転職後の年収が下がっている。


もう少し細かく見ると、40代男性の転職先は従業員300人以下の中小企業が59.3%、50代男性は63.1%を占めている。実は前職も40、50代ともに中小企業が60%超を占めている。前職が従業員1000人以上の企業の出身者は20%程度である。


大企業の社員は労働者の3割といわれるが、その比率を下回り、中高年の転職者の主流は中小企業の正社員であり、しかも転職後の年収で900万円以上の人は40代男性が14.1%、50代男性は9.2%にすぎない。もちろん、仕事は給料がすべてではないが、転職で人生が楽になるとは限らない。


■割増退職金をもらって辞めた人ほど転職に失敗する


そうした中、中高年の転職先として注目されているのがスタートアップ企業だ。組織体制が脆弱なこともあり、人事・経理・法務といった管理部門でのニーズが高い。


2024年1〜7月の40代以上の新興企業への転職件数は2年前に比べて78%も増加している(エンジャパン調査)。


転職後に年収が増えた割合は2019年の22%から50%に増えている。ただし提示年収400万円未満が41.5%、400万〜600万円未満が40.2%と、600万円未満が80%超を占めるなど、それほど高いとはいえない。


以上の事実を整理すると、中高年の転職市場は中小企業の社員が多くを占め、転職後の年収は上がる人がいても、大企業の水準よりも低く、大企業から転職しても前職の年収よりも下がる人が多いということがわかる。


大企業の中高年の転職の理由で多いのが希望退職者募集に応募したリストラ組だ。中高年の転職支援を行っている人材コンサルタントはこう語る。


「この5年の間に希望退職で辞める人、あるいはM&Aのあおりを受けて事業の整理で辞める、倒産で辞めざるを得ない会社都合で退職する50代が増えている」


ただし、割増退職金をもらって辞めた人ほど、転職に失敗する人が少なくないという。


人材コンサルタントは続ける。


「大企業の製造業で年収1500万円もらっていた元部長は、最初に年収1000万円で雇ってくれるところを探したが、100社受けても落ち続けた。失業期間も1年を過ぎ、500万円で雇ってくれるところはあったが、さすがに前職の3分の1ではプライドが許さず、探し回ったが見つからず、失業2年後に見つかったのは時給1000円(当時)の駐車場の警備員しかなかった」


写真=iStock.com/tdub303
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大企業勤務時代の蓄えや割増退職金があり、必死に稼がなくてもよかったため、時給1000円の仕事を引き受けたのかもしれないが、低待遇でも働かざるをえなかった可能性もある。確実に言えるのは、大企業の社員が前職の年収を基準に転職活動するのは危険ということだろう。


「人手不足のために40、50代でも採用せざるをえない企業も多い。当然ながら給与は30代の人と同じ年収になる。500万円でも御の字ということだ」(人材コンサルタント)


もう1つ、石破政権の雇用流動化や転職推進策で危惧されるのは、それを免罪符に従業員のリストラに走る企業を誘発することだ。


上場企業の早期・希望退職者募集が2024年は1万人を超えた(東京商工リサーチ)。しかも直近決算の黒字企業が約6割を占めている。今年に入っても日産自動車がグローバルで9000人の削減を表明しているほか、ウシオ電機、ユーグレナなどの企業が人員削減を公表している。


今後の行方について東京商工リサーチは「経営環境が不透明さを増し、将来を見据えた構造改革に着手する企業が増えており、2025年も上場企業の早期・希望退職の募集が加速する可能性が高い」としている。


前述したように日本の転職市場はいまだ脆弱であり、失業給付などのセーフティネットもヨーロッパに比べて不十分だ。


政府が雇用流動化政策や転職を煽っても、恩恵を受けるのは転職支援会社などの人材サービス会社や、リストラを推進したい企業である。中高年社員は転職しても年収が下がり、さらに退職金の課税強化で老後の資産は目減りするという悪循環に陥る可能性もある。


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溝上 憲文(みぞうえ・のりふみ)
人事ジャーナリスト
1958年、鹿児島県生まれ。明治大学卒。月刊誌、週刊誌記者などを経て、独立。経営、人事、雇用、賃金、年金問題を中心テーマとして活躍。著書に『人事部はここを見ている!』など。
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(人事ジャーナリスト 溝上 憲文)

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