トランプ関税の"最大の犠牲者"はアメリカ人…米紙が報じた「日本車に勝てないアメリカ車」の不都合な真実

2025年4月5日(土)8時15分 プレジデント社

ホワイトハウスのローズガーデンで関税について発言するドナルド・トランプ米大統領(=2025年4月2日、ワシントン) - 写真=SPUTNIK/時事通信フォト

トランプ政権は4月3日、輸入車や自動車部品への追加関税措置を発動した。2日には相互関税と、全世界を対象とした一律関税を発表した。強硬な関税政策で、アメリカ経済は良くなるのか。米メディアは、かえってアメリカ国民が窮地に立たされることになると指摘する。不安の声はアメリカの自動車業界からも上がっている——。
写真=SPUTNIK/時事通信フォト
ホワイトハウスのローズガーデンで関税について発言するドナルド・トランプ米大統領(=2025年4月2日、ワシントン) - 写真=SPUTNIK/時事通信フォト

■追加関税が車社会のアメリカに打撃


アメリカのトランプ大統領が先月発表した輸入車と自動車部品を対象とした25%の追加関税が、4月3日に発動した。ワシントン・ポスト紙の報道によれば、この政策は米国内の自動車生産を活性化させる狙いがあるという。


しかし、アメリカ国内で売られている自動車の実に半数近くが、海外からの輸入品だ。関税で新車価格が跳ね上がれば、ただでさえ急速なインフレにあえぐ米消費者にとって、生活の足である自動車を一層購入しづらくなる可能性が出てきた。


影響車種は決して限定的ではなく、「アメリカ製」と米国民に広く認識されているような車でさえ、実態として多くの部品を海外から調達している。ウォール・ストリート・ジャーナル紙が明らかにしたところでは、ほぼすべてのモデルの自動車に何らかの輸入部品が使われているという。


価格への影響は甚大だ。自動車業界の専門家たちはワシントン・ポスト紙に対し、今回の新たな関税によって車1台あたり平均6000ドル(約90万円)の値上がりが予想されると警鐘を鳴らしている。コックス・オートモーティブの首席エコノミスト、チャーリー・チェスブロー氏は同紙に、時機としては「すぐにも」上がり始めるだろうとの見方を明かした。


近年ではSUVが売れ筋だが、なかでもコンパクトSUVなどの比較的安い車種は海外で造られていることが多いため、最も大きな打撃を受けることになるとみられる。比較的手頃な価格で愛されている車種ほど上げ幅が大きくなる、皮肉な状況だ。


■フォードの部品は24カ国から輸入…幻想だった「アメリカ製」


トランプ大統領は、懸念の払拭に躍起だ。「アメリカ内で製造された自動車には関税を課さない」とアピールし国民の不安解消に努めているが、ウォール・ストリート・ジャーナル紙の検証によれば、この発言には大きな落とし穴がある。アメリカを代表する車種であるフォードF150ですら、完全な国産品とは言えない状態なのだ。


同紙が詳しく調べたところ、フォードF150には「数千点の部品」が使われており、それらが実に「24カ国以上から調達されている」ことがわかった。たとえば、発電を担うオルタネーターはメキシコ製、タイヤに動力を伝えるハーフシャフトはカナダ製、タイヤ本体は韓国製、そしてデザインを重視したホイールはメキシコからと、いずれも追加関税の影響をもろにうける輸入品となっている。


追加関税を回避するにはサプライチェーン全体を国内化せざるを得ないが、複雑に絡み合った供給網を短期間でアメリカ内にまとめることは、現実問題としてほぼ不可能な状況だ。


自動車業界のある専門家は、ウォール・ストリート・ジャーナル紙の取材に対し、「こうした生産体制をまるごと変えるのは、(東岸の)メイン州全体を(中部)ワイオミング州に移すようなものです」と例え、ほぼ実現不可能であると強調する。完全国産化に至ればトランプ氏も満足だろうが、業界の現実を鑑みるに、ほぼ無理筋といった状況だ。


2022年のニューヨーク国際自動車ショーで展示されたフォードF-150ライトニング(画像=Kevauto/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons

■日本車が直撃を受ける理由


一方、追加関税の影響が最も早く及ぶとみられるのが、日本車だ。


ワシントン・ポスト紙によれば、レクサス、トヨタ、ホンダ、スバルなど日本の自動車メーカーは、アメリカ内に現時点で確保している在庫数が米国内メーカーと比較して少ない。このため、関税による調達価格の高騰は、ほぼ即座に市販価格に反映される見通しだという。


日本企業側としては、アメリカ市場への依存度が高い。このことから、日本企業への打撃は非常に大きくなるおそれがある——と同紙は言う。


日本の輸出産業全体を見ても、自動車は代表的品目のひとつだ。ワシントン・ポスト紙は記事を通じ、トヨタ、ホンダ、マツダ、日産、スバルといった日本の自動車メーカーがアメリカ市場に大きく頼っていると指摘している。同紙によると、2024年の日本の輸出額のおよそ6分の1を自動車が占め、輸出された車の3分の1がアメリカ向けだったという。


こうした状況で25%の追加関税が課されれば、日本車の値上がりとアメリカでの販売落ち込みは避けられない。さらに、自動車業界への打撃は半導体や鉄鋼などサプライチェーン全体に波及し、30年ぶりの勢いで上がり始めていた日本の賃金にも悪影響を与えかねない、と記事は論じる。


■「対抗手段はほぼない」日本政府の苦境


突然の追加関税措置に、日本政府はどう反応したか。石破茂首相は25%の自動車関税に対し、「適切な」対応を取るべく、「あらゆる選択肢」を検討すると表明した。だがワシントン・ポスト紙は、現実として日本の選択肢はほとんどないとの見通しを示している。


記事は日本が報復関税を導入する可能性も否定していないものの、専門家は、日本の反撃の難しさを指摘する。日本の経済が輸出依存の体質であり、また、アメリカとの安全保障同盟を損なう恐れへの懸念があるためだという。


ニューヨーク・タイムズ紙は、日本がアメリカへの報復に消極的な背景に、国内のインフレが影響しているとみる。日本の対米輸入品は主に天然ガスや農産物などの必需品だ。ムーディーズ・アナリティクス東京のシニアエコノミスト、ステファン・アングリック氏は同紙に、「これらに報復関税を設けると(当該品目の価格上昇で)日本自身が苦しむことになるため、現実的な選択肢とは言えない」と述べている。


■7年ローンで無理して購入も…アメリカ国民の苦渋の選択


日本にとって手痛い状況だが、関税の導入で最も苦しむのは、他ならぬアメリカ国民自身でもある。


ワシントン・ポスト紙の報道によれば、自動車価格はコロナ禍以降、すでに2割超も跳ね上がっている。コックス・オートモーティブが集計したデータを見ると、2022年末には車両の平均価格が4万9900ドル(約734万円)を突破し、今なお高い水準のままだ。追加関税の導入で、この苦境はさらに深刻さを増すとみられる。


テキサス州アマリロでフォルクスワーゲン販売店を営むジョン・ルチアーノ氏は同メディアに対し、「4万ドル(約588万円)の車両が一気に4万5000ドル(約662万円)、あるいは5万ドル(約735万円)にまで跳ね上がるでしょう。打撃から逃れる術はなく、新たな関税の影響は私たちを直撃しそうです」と懸念を示している。


買い手側の不安も広がっている。ミシガン州サウスフィールドで自動車販売グループを取り仕切るジョージ・グラスマン氏によると、関税発動前に購入契約を済ませたい客からの問い合わせが殺到しているという。「現代(ヒョンデ)、起亜、スバルなど、うちが扱うブランド全てに(値上げの)影響が及ぶ」と、グラスマン氏は危機感を募らせている。


購入を急ぐ消費者たちだが、手元資金ですぐに購入できる家庭ばかりではない。従来3年が標準的だったローン期間だが、ここにきて、金利負担の大きい7年(84カ月)で契約してでも購入に踏み切る消費者が増えているという。


写真=iStock.com/AvigatorPhotographer
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/AvigatorPhotographer

■「チキン税」が生んだ自動車産業の歪み


大幅な関税強化は消費者を困窮させるだけでなく、長期的にはアメリカの自動車産業全体を弱体化させるおそれがある。類似の関税によって、すでに市場に異変が生じた実例があると指摘されている。


アメリカで1960年代から続く奇妙な制度に、通称「チキン税」がある。輸入ピックアップトラックに25%の関税をかける制度だ。当初はアメリカ政府が、ドイツの鶏肉輸入税に対抗するために打ち出した措置だった。ところが、全米公共ラジオ(NPR)が取り上げるように、この関税は今日まで50年以上にわたり続いている。


その結果、アメリカの自動車メーカー各社は、海外勢との競争が少ないピックアップトラック分野に力を入れるようになった。そして、その反動として、競争の激しいコンパクトカー市場からは徐々に手を引いていった。


レイモンド・ジェームズ社のチーフエコノミスト、エウヘニオ・アレマン氏はNPRの取材に対し「関税の作用の一つに、市場の歪みが挙げられます」と指摘する。「ピックアップトラックへの25%関税がもたらした歪みのせいで、アメリカ自動車業界はコンパクトで安価な車を造りたがらなくなったのです」


また、このような保護貿易の恩恵に浴する企業は、世界市場での競争意欲やイノベーションへの取り組みが薄れる傾向にある。NPRは、アメリカの自動車メーカーは米国内でこそ大型ピックアップトラックで大きな収益を上げているが、こうした車両は世界の他地域ではほとんど通用しないと指摘する。


アレマン氏は語る。「ヨーロッパの道を見たことがあるでしょうか? あそこは古い街ばかりです。アメリカ車は大きすぎて、曲がり角を曲がれないんです」


■「アメリカを再び偉大に」が生んだ代償


貿易の不平等を主張するトランプ氏は「アメリカを再び偉大に」をスローガンに掲げ、関税導入を強行した。だが、そもそもアメリカの自動車が国際的に魅力的であれば、米自動車企業は自ずと、今よりも強い存在感を国際市場で発揮していたことだろう。


The WHITE HOUSEより(CC BY 3.0 US)

そうならなかった原因として、何があったか。米メーカーが世界的競争力のある車を造れなくなった理由の一端に、過去の米政府自身が導入し現在まで残る「チキン税」の関税政策があったというわけだ。今回の追加関税も、車両価格の値上げで国民に負担を与えるだけでなく、米自動車企業に長期的な悪影響を残しかねない。


その一方で、韓国の現代(ヒョンデ)自動車は、米国内の生産能力拡充と1400人超の雇用創出を目指す210億ドル(約3兆1000億円)規模の投資計画を打ち出した。ワシントン・ポスト紙によると、トランプ大統領は「関税政策が非常に効果を上げている明らかな証拠だ」と自賛している。


国外各社がこうした投資に動けば、保護貿易政策は一時的に国内産業を守るように見えるかもしれない。だが長期的には、国際競争力の低下や技術革新の停滞を招く危険性を秘めている。「チキン税」の例が物語るように、市場のゆがみは何十年も続き、産業構造を非効率な状態に固定化してしまうことだろう。


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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)

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